NHKの東北発信番組『定禅寺しゃべり亭』に奥州市水沢出身の声楽家でオペラ歌手の福井敬さんがゲストとして出演した。子供時代のエピソードから中学高校と続けた吹奏楽部のことなどを皮切りに、様々な話題に触れた。

 オープニングでは『トゥーランドット』の『誰も寝てはならぬ』を歌い上げ、観客のみならずテレビ画面越しの僕をも感動させてくれた。

 そして、締めくくりとして歌ったのは、陸前高田市出身のソプラノ歌手菅野祥子さんが作った曲、『春なのに』。地震による揺れと津波で失われたかつての故郷を憂い悲しみ、それでも生きようとする『僕』が言葉を綴っていく。

 来場者の中には頬を伝う涙を拭う人の姿もあった。悲しみと未来がないまぜになった言葉たちを福井さんが語る様に歌い上げる。会場で生演奏を聴いた方達はどれほど胸を振るわせたことだろう。


 最後に福井さんは言った。被害に遭われたたくさんの人達が、それでも同じ地で再起を目指して行く。それは、おそらくは世界中で繰り返されていることだろうと。

 僕も思う。辛くても悲しくても、生きる喜びすら見出せなない日々が長く続いても、人々はいずれ前を向く。簡単なことではないし、同じ様な被害に遭っていない僕が言うべき事ではないのかも知れない。また、世界中で起きている事なのだから、一人だけ悲しんでいてはいけないとたしなめているのでもない。


 福井さんの澄んだ歌声が皆さんの心の澱(おり)を少しだけでも流してくれた様に、僕も書き続けたいと思う。


 何気無く繰り返される日常の中にある細やかな幸せ。そして、人々の営みの中に見え隠れする手のひらサイズの温かさ。


 そんな物事を掬(すく)い上げながら、書き続けたいと思う。