実際に絵を見てもらわずに僕の感想を伝えるのは不思議極まりない試みだと思う。しかし、絵を見た時の感情や空気感を文字で伝えようとすると、限りなく言葉に集中する。僕の言葉次第では、『絵が伝わる』のではないだろうか。この文章を読んだ後、絵を見ていただければ幸いである。


 30年ほど前、東山魁夷の画集を見て一枚の絵に心を奪われた。画伯の絵では、画面の奥に森を、手前に水面を配した『白い馬』を思い浮かべる方も多いだろう。例に漏れず私もそうだった。

 ところが、壮年に手にした画集のページをめくりその絵を見た瞬間、その静けさと暖かさに圧倒された。


 画題は『年暮る』。京都を描いた『京洛四季(けいらくしき)』4片のうちの一片である。

 高みから窺(うかが)う町家の屋根が奥まで幾重にも並ぶ。屋根には雪がうっすらと積もり始めて、舞う雪は新年との端境である大晦日の夜を、今年一年を、そっと閉じ込めてゆく。

 月明かりのない薄暗い町の通りに人の気配はなく、ひっそりとしている。家々では家族みんなが食事をし、新年を迎える高揚感に浸りながら、ゆっくりと時を過ごしていることだろう。


 闇夜に家々はひっそりと佇(たたず)む

 子供たちは布団に潜り込む

 程なく除夜の鐘が鳴るだろう

 待ち侘びて もう一献

 雪は降る

 静かに暖かく ふんわりと積もりつつ


 画伯の定宿、京都ホテル(現・京都ホテルオークラ)からの町並み。画伯が、川端康成の『今描いて残さなければこの京の風景は無くなる』という一言から描いたとされるシリーズである。言ったが如く、この町屋の面影は既に無い。

 思いを持つ人と、残す手段を持つ人。互いは重なり、現在を生きる僕たちは、華やかで賑やかな京の、最も静かな夜を愛おしむ。


 どうぞご覧ください。