◆今日の記事はかなりマニアックな上、めちゃ長文でごわす。
マニアック過ぎてチンプンカンプンの方、せっかく遊びに来てくれたのにゴメンなさい。 
もし良かったら、どんだけチンプンカンプンになるか試してみない?笑
流し読みだけでも、ディープなヨーガの世界を楽しんでくれたら嬉しいデス、ウフフ。


私のとっても素敵なヴェーダンタ仲間のうちのお一人が中心となって開催しているヴェーダンタ勉強会に、先週末にオンラインで参加しました。
教本は私達の先生が書かれた【いーしゅわらや なまは】という、ヴェーダンタの基礎を分かりやすく記した本。

↓こんな感じの表紙。

まず、ヨーガには二つの生き方がありますよっていう話題から。
ひとつは、イーシュワラ(世界の秩序とか法則)を知るためのお勉強のみに人生の時間を使うサンニャーサーと呼ばれる生き方、そしてもうひとつは社会生活を営みながらイーシュワラを知るためのお勉強をするカルマヨーガという生き方。

そのオンラインクラスは私にとってとても素晴らしい復習にもなったし、盲点だったことにも気づけ、新しい理解が生まれたし、今まで理解していた事がやはり正しかったと確認出来た有意義な時間でした。
なので私も復習を兼ねて、カルマヨーガについて改めてまとめてみたいなと、こうしてブログ記事にしたのです。

まずは下のリブログ。
ちょうど2年前に書いた、カルマヨーガに関する私の記事です。
読み返したら赤面するほど浅めの理解でごわした、えへへ。
2年経って少し深まった理解を踏まえ、リベンジ的な下心もチラチラ見せつつ、改めて補足をリブログの下に書き出しました。
【行い】とはハプニングにおけるリアクションと書きましたが、さらに言うならば、ハプニングだけではなく置かれた環境を維持もしくは変化させるために生まれた個人の願望を満たす行動。
従ってその次に挙げた【行いの原因】はズバリ個人の願望です。

瞑想の説明が不充分だったのですが、この話題は改めてどっぷり書きたいので、今回はざっくりと補足のみで。
結論から言うと、瞑想はイーシュワラに「ありがとう」を言う時間なんです(ウパーサナの場合に限る)。

イーシュワラ(秩序▪法則。前回ブログでは象徴的なクリシュナ神で例えました)のお陰で私達は生きてます。
ホントにざっくり言います。
人体の決まり事(心臓の動きや循環の仕組み、筋肉、排泄などの生命維持)から世界の動き(政治や経済)から宇宙での星の誕生や死滅、お天気、お友達との関係、自己や家族の成長。
これ、ぜーんぶイーシュワラのお陰。
何故ならイーシュワラこそが世界の秩序だから。
その事への理解がとっても大切です。
どうしてイーシュワラのお陰なのか、イーシュワラって、秩序って何なのかを理解するのに、聖典の言葉と先生の説明は絶対不可欠。
聖典と先生が揃って、さらに自分の頭の中で落ち着いて考える時間を設け、初めて理解する準備が整います。

理解が深まると【ありがとう】の気持ちでいっぱいになります。
瞑想はイーシュワラの存在を、忙しくて忘れがちな日常から思い出させてくれ「ありがとう」と思える時間なんです。
そして「ありがとう」を思えば思うほど好きになっちゃうんです、焦がれちゃうんです、愛しくて仕方なくなるんです。
それが瞑想(ウパーサナの場合に限る)。

カルマヨーガの話に戻りますが、だからイーシュワラに捧げる気持ちで行いをするんです。
私達の行いは、大好きなあの子への愛溢れるプレゼント。 
そしてその結果は、イーシュワラから私達への愛溢れるお返しなんです。
良いことは勿論、やれ財布を落としたとか寝坊したとか3キロ太ったとか笑、本人にとってはネガティブな結果でも全体宇宙から見たら、その結果が最良なのです。
だから【結果を期待するな、期待通りでない結果でも、そこにこだわるな】と言われるんです。
その結果の内容は全体宇宙の中のほんの一部ですから、私にとってネガティブでもそれで世の中が正常に回ってるんです、それが秩序なんです、私が3キロ太ったのも秩序なんです笑。
私はそこで、イーシュワラへのプレゼントとして愛溢れる3キロダイエットを捧げるのです。
ダイエットする▪しないは個人の自由意思ですが、もし私がイーシュワラを理解し、感謝し、最良の贈り物をしたいと思うなら、迷わず健康的なダイエットをイーシュワラへの愛溢れる贈り物として行うでしょう。
ダイエットが成功するか失敗するか分かりませんし、成功させるように全力で頑張るけど、仮に失敗という愛溢れる結果を受け取ったとしても、結果に執着はしません。
何故ならそれが私にとっての最良の贈り物なのだから。
▪▪▪ちょっとガッカリするとは思いますけどね笑。

2年前の記事でも書きましたが、カルマヨーガの定義を知らないヨーガ実践者の多いこと!
学ぶ身分ならまだしも、曲がりなりにもヨーガを人に教える立場の人の
「カルマヨーギー募集」
とか
「こないだカルマヨーガしてきちゃった」
という発言の、なんと多いこと!

■カルマヨーガの定義■
家庭や社会で仕事に従事してその役割をこなしながらヴェーダンタを勉強する生き方。(いーしゅわらや なまは より)

カルマヨーガは行いの名前じゃないんです、生き方なんです。

以前、某南の国で某流派のヨーガ講師養成コース参加中に、某インド人講師に聞かれました。

某「君はコースが終わったらどうするんだい?
どこかのアシュラムに住んでカルマヨーガをするのかい?」

私「いえ、帰国して仕事に就き、家族や友人と社会生活に関わり、ヨーガの勉強を続けるカルマヨーガの生き方をします」

某「え?仕事するの?それ、給料出るやつだよね?じゃあカルマヨーガ出来ないじゃん」

そこそこ立場のある、一目置かれた感じの先生に言われたものですから、ちょっとびっくりしちゃって笑。

彼にとって、というか彼の従事する流派のヨーガの教えでは、カルマヨーギーは報酬もらっちゃダメなんです。
いかなる場合でも受け取っちゃダメなんです。
無私の奉仕の実践のみ(掃除とかご飯作りとか洗濯とか雑用とか)こそがカルマヨーガと呼ばれるものなのです。
そして不思議なことに、カルマヨーガと呼ばれる行いをしている時だけその人はカルマヨーギーと呼ばれ、それが終わるとその人はカルマヨーギーと呼ばれなくなってしまうのです。

そしてイーシュワラが何者かという問題よりも、金品や報酬を受け取るか否かの方がよっぽど重要な問題なんだそうです。

間違った事を遂行する流派の養成コースに来ちゃったんだなーと、ちょっとがっかりんこ。金返せ。ウソ。いい授業料になりました、本当にありがとうございました笑。

真実に出会う事、そこに興味を持てる事、そしてそれを理解しようとする努力。
これらを持てる理由は、私達の過去のプンニャ(過去に行った良い行いのご褒美)のお陰だと言います。
だから、それに見合うほどのプンニャのない人にいくら真実を伝えようとしても、その人にとってその真実には全く価値を見出だせないのだそうな。
それならそれで仕方ない。
だってそれが秩序なのだから。


おこがましいと言われればそれまでなのですが、このような内容を公表して、ちょっとでもビビッと来る人(我こそは真実の理解に見合うプンニャあり!って人)のキッカケになってくれたらなと。
自分の理解の整理にもなるしね。
このような記事が、今の私に出来るイーシュワラへの愛溢れる精一杯の贈り物かなあ、今のところ。
だからまた、こんなネタのブログをじゃんじゃん書きます。ウフフフフフ。

同時にヴェーダンタを学んでおられる有識者の方、私の発言に理解の相違等有りましたら、どうかご教授下さい。


OM





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