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ポットラックパーティーを開催

3月19日の夕方から我が家でポットラックパーティーをおこなった。ポットラックパーティーはご存知の方も多いと思うが、参加者が何か1品持ち寄ってワイワイ楽しくやるというパーティーであり、欧米での気軽なパーティーといえばこれが定番である。


我が家はワイン、ビールなどの飲み物系をメインに準備。こんなものを持ってきてほしいというリクエストは事前にはまったくお伝えしなかったのだが、サンドイッチあり、ご飯ものあり、デザートあり、果物ありとけっこう分散されて、結局そこそこバランスが良くなるのがいつも不思議だ。


今回は、私のジャズピアノつながりのメンバーでおこなったが、非常に有意義な時間を過ごすことができ、ものすごく刺激を受けた。日本を代表するジャズ・ピアニストである福田重男氏とその門下生(私を含む)が約20名ほど集まったわけだが、ベーシストの秋本順二氏も入り、飲み・食い+音楽演奏という形式。門下生といえども、プロとして活躍している人も多く、ライブハウスで聴いているのとほとんど変わらない。私も1曲「コルコバード」を弾かせてもらった。皆半分酔っ払っているので、変なアドリブをやろうが全く気にされることもないので普段よりもずうずうしい演奏だ(酔っ払うとピアノが弾けなくなることを再確認)。私だけではなく、皆もそのようであった(ような気がする)。散会したのは結局11時過ぎ。皆さんお疲れさまでした。

太田忠の縦横無尽-ポットラックパーティー 2009/3/19

私は2007年からジャズピアノに取り組み始めたが、これが面白くて仕方がない。まもなく簡単な音楽サイトも立ち上げる予定である。単に趣味に終始することなく、そこからどんどんはみ出た展開をおこなっていきたいと勝手ながら意気込んでいる。こうしたことを大っぴらにできるのも、組織の中の会社員という足かせがなくなったからである。そういう意味では、今の立場は自由度が高くエキサイティングだ。


私が今年の年頭に立てた誓い

   ― 自分の本当にやりたいことをやる!

これを執拗に徹底して追求していきます。

定年退職後の生活を疑似体験

前職の出社最終日から自分の会社を立ち上げるまでの約3ヶ月の間、非常に自由な時間を過ごすことができ、まことに貴重な体験であった。


もちろん、会社設立のためにやらねばならない作業はいろいろと多くあるのだが、何せ朝起きてから会社に行く必要がなく、1日中自分のペースで平日に生活するというのは大学を卒業した1988年3月以来、実に21年ぶりのことである。最初の1週間は奇妙な感じだった。


そこで再確認したのが、自分の自由な時間を過ごせるものをちゃんと持っているかどうかである。今、団塊の世代の人々が次々に退職する時代に入っており、日本の高度経済成長を支えてきた人たちがこの問題に直面している。たとえ仕事で立派な業績を残したからといっても、会社を去れば途端にかつての肩書きやポジション、そして人脈までも次第に消失していくのが自然な流れである。有能な会社人間が定年退職するとたちまち、老いぼれていったという例を身近にも見ている。


定年退職後、人生はまだ20年もあるというのが平均像だ。そこで本当に楽しく生き生きとすごせるのか、それともやることがなく、あるいはやることが見つからずに生きがいを失ってしまうのか、これは大問題である。誰にでも否応なく突きつけられる課題である。


そのことをこの3ヶ月の間に定年退職後の生活を疑似体験するという形で考えさせられた。明確な目標や目的なく、毎日過ごすのは精神的に疲れそうだ。おそらく、いちばん疲れる生き方だろう。することがなくて「くたくた」になるのである。私のような世代の人間ならば、そう遠くはない将来のことを考えて、今から「生き方」の準備をしておく必要がある。また、健康でなければ何も始まらない。日々の健康管理は生きていく上でのきわめて大事な人生戦略となりうることも痛感させられた。長期になればなるほど毎日自分に問われることになる。



ハンク・ジョーンズ:90歳ピアニストの「やるもんだ!」

2月28日にホテルオークラへ出かけた。今年もハンク・ジョーンズが来日したからだ。昨年は、ブルーノート東京での演奏を聴いたが、今年はディナー・ショー形式のピアノトリオの演奏会があるという新聞広告を12月の初めに目にしたため申し込んだ。


ハンク・ジョーンズは1918年生まれのジャズ・ピアニストであり、今年の7月に91歳を迎える。私がジャズを聴き始めた頃は、ベニー・グッドマン、ライオネル・ハンプトン、ディジー・ガレスピー、テディ・ウイルソンなどのスイング時代の巨匠たちがまだまだ現役で元気にプレーしていたが、90年代に入り次々といなくなる中で、いまだに忙しく演奏している最後の一人といっていいだろう(2007年にはオスカー・ピーターソンも亡くなっている)。


ステージに向かって歩く姿は、もちろんカクシャクというわけにはいかないが、いざピアノの前に座ると年齢を全く感じさせない。公演中の1時間半にわたり集中力が途切れることなく、自由自在にメロディー、フレーズを繰り出していく。ピアノのタッチがソフトで繊細な音色は昔とちっとも変わらない。


演奏会が始まる直前に「今日のお客さんはアラカンね」と妻が言った言葉が最初理解できず、「なぜ唐突に、嵐寛寿郎の話が出てくるのか」と不思議に思ったが(ちょっと古すぎるか)、「アラフォー」の還暦バージョンであること知り納得した。顧客の平均年齢は60歳を超えていたのだ。やはり彼のキャリアの長さがこの現象をつくっているのだろう。私が大学生の頃、ハンク・ジョーンズが「The Great Jazz Trio」を結成して来日していた時にはすでに67歳くらいで、もはや彼自身が還暦をとっくに超えていたのだった。私の頭の中では「昔から年寄り」であるはずのその人がまだ目の前で熱演しているのだ。なんともいえない不思議さを覚えずにはいられなかった。


早い時期に申し込んだためか、今回はステージ中央の最前列の席で彼の姿を2メートルくらいの間近な距離で見られるという大変な幸運に恵まれた。


演奏中の達磨大師を思わせる風貌が印象的である。


歓声に応えてアンコールを4曲(!)もこなし、公演が終わった後も「ファンのためにサイン会をしたい」という本人の希望で約1時間にわたってサービスをしてくれた。これはすごいことだ。


ステージ挨拶でマイクを握って「やるもんだ!」という彼のお得意の日本語のセリフを聞きながら、いや、まさに、あんたこそ「やるもんだ!」のチャンピオンだと思ったね。聴衆250名の中の最年長である長老の口からこんなセリフを言われては、皆大いに励まされたに違いない。


100歳でも現役でプレーして、世の中をあっと言わせてほしい(本人は150歳まで生きてもっとうまくなってやる、と本気で言っている)。


比較的地味でスロースターターだった存在が、いまやジャズ界にとどまらず人間として燦然と輝ける星である。大いに感動をもらった。ありがとう。


太田忠の縦横無尽 2009.3.14

ハンク・ジョーンズ:90歳ピアニストの「やるもんだ!」