富士見の「丘」ならぬ富士見の「道路」
急速に春めいてきた。高知では桜が満開だそうである。先日の日曜日に駒沢オリンピック公園に散歩に行ったときの桜はまだすべて「つぼみ」の状態だったが、今週末からは咲き始めそうだ。
さて、我が家から歩いて1分のところに、富士山を眺めることのできる「丘」ならぬ「道路」がある。といっても、今のような乾燥して空気が澄んだ冬場から春頃の季節だけであるが、完全な平地にもかかわらず、世田谷区の住宅街から富士山が見えるのだ。
通常はありえないことである。マンションの10階に住んでいるならまだしも、地平線上では何か建物の陰となって到底見えることはないのだが、駒沢から弦巻の方面へ向かって一直線にのびている道路(幹線道路ではなく、住宅街を通り抜けるための道路)は、何ら視界を遮るものがなく、晴れて乾燥した日には雪を戴いた富士山がくっきりと見える。
今から8年前、この地に引っ越してきた時にすぐに気がついた。初めて見たときは信じられなかった。あれから8年たったが、未だに遮るものが何もない。別にこの道路が「富士見の道路」として有名であるわけではないが、地元の人なら大概知っているはずである。
「世田谷駒沢、静域の至邸」 ―。
我が家から徒歩1分のところに新しくマンションが完成することになり、その広告にも「現地付近から富士山を望む」というキャッチフレーズが写真とともに紹介されていた。これはマンションの販売会社の人が気がついて驚き、掲載したものに違いない。そういえば、先日もケータイで写真を撮っている人がいるのを見かけた。
こういう記事を書きながら、肝心の写真を掲載するのを忘れた。というか、あまりにも日常のことなので写真を撮ったこともないのだが。
いつまで富士見ができるのか、気になるところだ。
太田忠の縦横無尽 2012.3.28
『富士見の「丘」ならぬ富士見の「道路」』