『1969』(由紀さおり) が欧米でヒットチャート上位に
1969年-。
日本人がまだまだ貧しく、高度経済成長のレールに乗りながら「明日はもっと良くなる」と思っていた頃である。当時5歳の私にとっては、まだ人生の「夜明け前」の時代であったが、由紀さおりの『夜明けのスキャット』が発売されたのが1969年である。
『夜明けのスキャット』といっても、おそらく若い人は知らないと思う。深夜のラジオ番組のテーマソングであり、歌詞のない“スキャット”だけで歌う1番が番組で流れ、その斬新さや物悲しくも神秘感漂うメロディーラインの美しさが人々の心を捉えた。結局のところ、1969年のオリコンの年間ヒットチャートでトップとなった大ヒット曲である。
その1969年という大阪万博を翌年に控えた年に発売された曲目をカバーしたのが『1969』という新しいCDアルバムであり、10月に発売されるやいなや瞬く間に欧米のヒットチャートで上位に食い込んでいるのだ。
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プロデュースしたのは、アルバムの演奏を担当しているピンク・マルティーニという米国のジャズ・オーケストラである。ピンク・マルティーニは1940年代から1960年代にかけて世界中で流行したジャズ、映画音楽、ミュージカルのナンバーなどを主なレパートリーにしている12人の小規模編成のグループである。グループのリーダーであるトーマス・ローダデール(1971年生まれ)がレコードショップで、たまたま40年前の由紀さおりのLPを手に取り、そのジャケットの美しさで衝動買いし、透明感ある歌声に魅了された。今回の由紀さおりとのコラボレーションに至ったきっかけはすべてこの「たまたま手に取った」ことから始まるのである。
収録されている12曲はジャズ風アレンジがほどこされ、オリジナルとは少し異なる雰囲気を持っている(1曲を除いてすべて日本語で歌っている)。が、こうしたアレンジがあってこそ欧米で日本の歌謡曲がより受け入れられやすくなる下地をつくっているのだろう。収められている曲は「夜明けのスキャット」「ブルー・ライト・ヨコハマ」「夕月」「いいじゃないの幸せならば」などは私にとっても懐かしい曲であるが、知らない曲もあり興味深かった(「季節の足音」のみ2011年の由紀さおりのオリジナル曲を収録)。
1970年前後の日本の歌謡曲はもはや日本人にとっても「遠すぎる時代」で忘れ去られた存在であり、世界的には全く知られていない領域である。だが、レベルの高い楽曲が数多く、こうしたことがきっかけで日本だけではなく「Kayou-Kyoku」として認知度が高まることは喜ばしいと思う。「何でもお手軽にできる便利な時代」がこうした「何をするにも不便だった時代」の良さにうすうす気付き始めていると私は考えている。便利すぎる時代に生きること、実はそれは自己喪失の時代に生きることを意味していると私は思う。
太田忠の縦横無尽 2011.11.28
『「1969」(由紀さおり)が欧米でヒットチャート上位に』