無題 | Tempo rubato

Tempo rubato

アニメーター・演出家 平松禎史のブログ

 

京都アニメーションで働いていた若者たちに何の落ち度もなかった。

 

33名もの人が亡くなり、10名が重症だという。これ以上増えてほしくない。

 

男は自作小説をパクられたと恨みをつのらせていたらしいが事実確認はできていない。

 

少なくとも前日までにガソリンや包丁などを準備して現場近くに来ていたらしい。

 

男も大やけどを負っていることから放火でどうなるか想像していなかったのだろう。

 

どれだけの人がそこにいてどれだけの人が死んでしまうのかも想像しなかったのだろう。

 

男は自分も死ぬ覚悟だったのではなく逃げている。

 

自分の恨みを晴らして逃げおおせると思っていたのか。

 

明確な殺意があった。

 

しかも手前勝手な怒りを肥大させ殺意を埼玉から京都まで鎮めることなくもってきた。

 

その間さまざまな人を見てきたはずだ。

 

子供連れの家族や孫をもつ老人を見てなんとも思わなかったのか。

 

何も目に入らなかったのか。

 

現実の人々の背後に無限の物語があることを想像しなかったのか。

 

男の世界には自分の恨み怒りしか存在しなかったのか。

 

想像を絶する。

 

誰がこんな事態を想定できただろうか。できないだろう。

 

対処のしようがない。

 

悔やまれるのは屋上に出る扉が閉鎖されていたか開かなかったこと。(未確認のため訂正)

 

もし屋上に逃げられれば死者は半分だったかもしれない。数で考えたくない。

 

悔やんでもどうにもならないが避難路の確保は教訓にしなければならない。

 

これは自然災害じゃない。

 

事故じゃない。

 

殺人だ。

 

悲しい、ただただ悲しい。

 

悲しみが怒りにかわってしまう。

 

その怒りをどこかにぶつければ、放火犯とかわらなくなってしまう。

 

葛藤でどうにかなりそうだが、葛藤しなければ人でなくなる。

 

葛藤が人を育てる。そう教えてくれるのが物語であってアニメーションだったはずだ。