平成二十七年 年頭所感:その一 | Tempo rubato

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アニメーター・演出家 平松禎史のブログ


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改めて、明けましておめでとうございます。

年末に着手できなかった大掃除をぼちぼち始めたのが元日でした。
昨日今日は仕事をしつつ、本を読んだりして過ごしてましたが、キーボードが薄汚れていたのでこれもピカピカに。

キレイにすると色々と気分が良いです。

さて、年頭所感としてあまり気分の良くない話から始めます。

「戦争」が議論される年
政府 武力行使の新要件 法案明記へ検討
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150101/k10014381581000.html
「政府は、集団的自衛権の行使を可能にする安全保障法制の整備について、密接な関係にある他国への攻撃であっても、日本の存立が脅かされる事態であれば、自衛隊による武力行使を認めるなどとする、武力行使の新たな要件の内容を法案に明記する方向で検討しています。」

シーレーンは、ホルムズ海峡からマラッカ海峡経由で南・東シナ海を北上する道と、マカッサル海峡経由でフィリピンの東側を回る道があります。
どちらも、現在チャイナが膨張を続けている海域で、ホルムズ海峡やインド洋域に議論を絞るのは妥当ではありませんね。

4月の地方選挙後に法案提出を目指し、早ければ1月中に全体像を示すそうです。

マスメディア、野党は手ぐすねを引いて待っているでしょう。

集団的自衛権の行使は国連憲章にも個別的と並んで明記されている国家の安全保障上の権利です。
集団的自衛権の行使に反対するとなると、ヒト・モノ・カネが国境を超えるグローバルな時代に逆行することになります。
つまり、エネルギーはもちろん貿易や観光や企業の相互な誘致などで国際的につながりを深め、各国が犠牲を払いながら相互連携を守っている現実があるのに、同盟国の危機に知らんぷりをすれば国際社会の信頼を失います。

日本の場合、戦後ずっと安全保障をアメリカに依存しているのですから尚更です。

対アメリカだけでなく、欧州や親日的なアジア・太平洋諸国からも信頼されなくなるでしょう。
東南アジア諸国にとって日本が信頼できないとなればチャイナの利益となり、それは日本にとっての不利益です。

アメリカの戦争を拒絶するには、アメリカに守ってもらっている現状を変えなければ不可能です。

一方で、アメリカとの同盟関係さえ堅持すれば大丈夫という考え方も、疑問符を付けざるをえない現実が迫りつつあります。

集団的自衛権の話の前に(と言いつつ殆ど書いちゃってますが、これだけでは不十分なので)まず「戦争」について振り返ってみます。

二国間の戦争は十九世紀の話
 多国間の総力戦は二十世紀前半までの話
  二十一世紀は?

戦争は、どこかとどこかの二国間で起こると思われがちです。
日本なら、チャイナとかね。

国家としての戦争は十九世紀から何度か大きく形を変えています。

二国間の戦争は日本の場合(二十世紀初頭ですが)日露戦争までです。
ここまでは、お互いの軍隊の損耗度合いを見て「このへんで止めておこう」と、民間人から遠いところで行う古来からの戦(いくさ)的な戦争でした。

航海・航空・情報技術の進歩で貿易とともに戦争もグローバル化していきます。

それ以降は、第一次、第二次世界大戦という多国間の戦争に変化します。
ここで、戦争目的として(欧米中心の)「民主主義」「人権」といった理念が再登場します。

世界大戦では民間人を巻き込んで徹底的に叩き潰すスタイルに変化し、第一次の時はドイツが、第二次ではドイツは国家が分裂し、日本は二度と立ち上がれないほど叩かれました。
日本には核爆弾が二発も落とされています。

その後は米ソ冷戦が始まります。
核兵器を米ソ両国が持っていたために、直接戦争は避けられ、両国の要衝であった朝鮮半島やベトナムが戦場となりました。
民主主義と社会主義。理念の激突です。

ベトナム戦争では、第一次大戦以降国際連盟で成文化された宣戦布告を伴う「戦争」が起きなくなり、紛争へと形を変えていきます。
「戦争」は第三国の中立規定(例えばA国と貿易を行うB国が中立の立場を取る場合、A国との国交を断つ必要)があり、講和条約で終わらせるなど決まりがありますが、紛争は始まりも終わりも曖昧で泥沼化しやすい、戦争より質の悪いものです。

冷戦がアメリカ(民主主義)の勝利で終わって、勢い「民主主義」と「人権」という理念、価値観が国際的平和の重要かつ守るべき最上の価値として揺るがせない状況となります。

その後はアメリカが「民主主義」と「人権」を守る「警察国家」として覇権を握る事になり、国連安保理の承認を得ずに行われたコソボ紛争や中東への武力介入など、アメリカの理念が国際通念として上位となった時代になります。

2015年 アメリカの覇権が終わる時
イラク戦争後に中東情勢は泥沼化します。
「民主主義の敵」として、サッダーム・フセインを殺し、ウサーマ・ビン・ラディンを殺しても泥沼状態は収まりません。
中東地域の「民主化」には程遠く、宗教対立が激化してしまい、手がつけられない状態になってしまいました。

「アラブの春」を端にシリア騒乱が始まり、2013年夏頃には化学兵器が使用される事態に至った。
アメリカ、オバマ大統領は「レッドライン」を超えたとして武力行使をほのめかしたものの、議会にかける消極姿勢で、結局はロシアの仲介で武力行使を引っ込めることになった。

この件で、アメリカの軍事的影響力が国際的に懐疑の目で見られるようになった。

シリアへの武力行使を反対したロシア、チャイナのその後の行動は、明らかに、アメリカの覇権が後退したことを物語っていて、立て続けにアメリカを試しています。

ロシアによるクリミアの編入。
チャイナによる尖閣諸島への挑発。南シナ海への侵攻。
チャイナとロシアの連携。

しかし、さすがのオバマ大統領もこれ以上の後退を見せるわけには行かなくなりました。
アメリカ人を二人も殺した「イスラム国」と、イラクへも空爆を始めたのです。

しかし、厭戦気分の強いアメリカ国民に配慮して無人機を使用していることは、かつてのように「正義」でアメリカ国民を団結させ、他国を管理する「覇権力」「警察力」がなくなっている現状を示唆してますね。

中東から手を引き、アジアへ軸足を移す「アジア・ピボット戦略」は中東の終わらない泥沼化で足を引っ張られている。

トラフィック権限を大統領に付与するTPAは議論されず、TPP交渉でオバマ大統領は議会の顔色を見ざるをえない状況です。
アジア経済への覇権力も叶わず、泥沼化ですね。

一方アジアでは
東アジアでもアメリカを悩ませることが次々起こります。

習近平政権は太平洋をアメリカと分け合いましょうと提案。
もちろん、日本はチャイナに飲み込まれる想定。

アメリカが手を出しにくい南シナ海の南沙諸島で、フィリピンが領有を主張する環礁に空港や軍事基地を建設するなど領土的野心の膨張は止まらない。

安倍首相は靖国参拝でチャイナを刺激してアメリカを困らせる。
 靖国参拝はアメリカにとってチャイナの膨張と同じ危険行為と見えてしまいます。

アメリカは、東ヨーロパや中東への影響力を保持しようとするロシアと、東南アジア~東アジアで地域覇権を狙うチャイナに振り回されている状態です。

もはや、アメリカに両者を抑えこむ「覇権力」「警察力」はない。

中東の泥沼が続く限り、アメリカは東アジアに力を注ぐことができませんから、チャイナを地域覇権国として立て衝突を避けるでしょう。

2014年11月の会見でもオバマ大統領の「どっちつかず」は続いています。
http://www.nikkei.com/article/DGXLASGM15H2O_V11C14A1FF8000/

それでも最悪の事態は起き得ます。
EUが瓦解しロシア・東ヨーロッパが政情不安を極め、中東の紛争が広がり、南シナ海で紛争が勃発し、アメリカが何も対処できなければ、日本も何もできずに東シナ海~尖閣へと広がる紛争に巻き込まれていく可能性は否定できません。
その時、沖縄がチャイナに与すればさすがにアメリカも黙ってはいないでしょうが、遅すぎます。
日本は対外的な侵攻に加えて内的な混乱にも見舞われかねない。

あくまで想定ですけどね。

戦争と経済は切っても切れない関連がありますから、最悪の事態を避けるためには、各国が経済的に安定していくことが望まれます。

世界経済が陥っている「デフレ化」と「緊縮財政」の罠から、日本が最初に脱し、アメリカにもチャイナにもロシアにも欧州にもお手本を示せれば、最悪は回避できそうな気がします。
日本は上手く相手を立てながら、それぞれに違う目的を調整していけるんじゃないでしょうか。

と…一旦は希望的に考えてみる。。。

ようやく集団的自衛権の話
日本は、安全保障面でアメリカの「保護国」扱いですから、影響力はありません。
経済政策でもアメリカに都合の良いように変えられます。

良くも悪くも世界各国はグローバル化されていますが、その中で、日本は憲法上も、パワーバランスの上でも、独立国とは言えず、そのことは主要国はとっくに承知でしょう。

そもそも、集団的自衛権行使の根拠となっているアメリカの状態を無視して議論は成り立ちません。

アメリカにとって東アジア戦略はチャイナとの衝突を避け連携をどう取るか、という話になっています。

日本にとって尖閣諸島は固有の領土であり、豊富な資源と、文化の刻まれた譲れない土地です。
しかしアメリカにとっては数個の無人島に過ぎません。
太平洋半分こは許さないとしても、グアムから西であればチャイナの地域覇権を許容しないとは言い切れなくなっているんじゃないでしょうか。
チャイナも核武装国ですし。

となれば、集団的自衛権の行使云々自体が、日本にとって無意味になります。
一方で、集団的自衛権の行使要件の絞り込みは、アメリカにとって、チャイナとの連携の阻害要因となる日本の武力行動を制限することが出来て、とても都合が良い事になります。

集団的自衛権の議論は、日本が独立国ならばどうすべきかを議論する必要がありますが、右・左、保守・革新ともにアメリカが最強の国という前提でされることが多い。

左派・革新はアメリカの軍事力を憎みつつ日本の(特に軍事的)独立をも嫌う。
右派・保守は日本の自主防衛を求めつつアメリカの軍事力(日米同盟)を頼みの綱にする。
方向性が違うだけでやっていることは同じこと。
両方の共同作業によって「戦後体制」は維持されています。

東西冷戦が終わり、アメリカの覇権が終わっても、第二次世界大戦後の秩序は継続します。
これを覆すにはもう一度戦争を経て日本が戦勝国にならない限り変わらないでしょうが、多大な犠牲を伴う戦争に期待することは出来ません。革命は更に酷い悲劇です。

非常に時間のかかることです。めんどうなことこの上ない話。
そして理想的な解決法などないと思います。

当分はあがくしかないとボクは諦めつつ、あがき方には前向きであろうと思ってます。

日本がデフレから脱却し、長いこと世界を支配している経済思想を見直させる契機を作れれば、戦争を経ない平和的な「準・戦後体制からの脱却」になり得ると思います。

残念ながら、安倍政権には期待極薄ですが。



集団的自衛権の行使はできて当たり前で、抑止力のためにも必要だと考えます。
が、アメリカの軍事力や政治判断に依存するのなら、日本のためになるとは限らない。

大事な議論が抜けているのです。



そんなことを頭の片隅に置いて、新聞やテレビでの集団的自衛権の話題に耳を傾けてみてください。
すぐに「戦争」を持ち出したり、理想論を振りかざしたり、簡単明瞭なことをいう人は、(善意の)ウソつきかもしれません。


参考文献
世界を戦争に導くグローバリズム (集英社新書)/集英社

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