人の感じ方ってほんとうにいろいろだなぁ、って思うんです。
....と、離れて考えるには少し時間がかかりましたけれど....。
じつはわたし、司会者姉妹とは感じ方がまったく違っていました。
姉妹は長女でしたので、末っ子のわたしは教えてもらっている間はなんの違和感もなく「姉妹〜。」と頼り切っていました。
そして、集会にも出るようになってきたとき姉妹は本当に細かに会衆ルールや、知らない人のことなどをたくさん教えてくれました。
わたしは霊的なことなんだと思っていたので、気遣いがすごいな、できるかな、そう近づけるように頑張ろうと、そのときは思っていました。
イエスの贖いも知り、バプテスマを受ける決心もついた頃、姉妹はこう言います。
「姉妹!バプテスマを受けると必ず二人の関係はおかしくなるから、覚悟しててね。今まで教えた人必ずそうだったから。」
この言葉の意味することはすぐに経験することになりました。
聖書の教えをを深く知れば知るほど程、わたしの方は???と思うからでしたし、姉妹は会衆ルールとご自分ルールで私に対してきびしくなったのでした。
最初は悩みました。群れの監督に相談することもしましたが、私流の聖書研究でだんだんと離れて見ることが出来るようになりました。
そして、客観視できるようになった時、人の感じ方ってこうも違うんだと分かったのでした。
そんな例をいくつか....。だいたいは二人きりのときです。
○ある美男美女の長老夫妻について。
姉妹: K姉妹は言う言葉きっついのよね、傷つくのよ。それに体弱いからって、奉仕休むこと多いけど、兄弟も姉妹の話よく聴くし...。
わたし: そうなんですか?ただ、ハッキリ言うタイプなだけなんじゃないですか?それに御夫婦仲良くていいじゃないですか!
○同じ群れの若い伝道者姉妹について。
姉妹: あの姉妹、甘ったれた話し方なんとかならないのかしら。
わたし: あ、私同じ経験ありますよ!小さい時母に鼻が悪いのかって心配されて耳鼻科に連れて行かれましたもの。
姉妹: 何言ってんの!何才だと思うの?
○子供との会話を話した時
姉妹: 子供の話なんて聞いちゃいけないよ!
わたし: エッ!どうしてですか?
姉妹: 子どもだからよ。
○わたしが理屈で考えないと頭に入らないと話したとき
姉妹: 姉妹は左脳優位ね!私は右脳よ!
○あちこちの庭のバラの香りを嗅いだとき
姉妹: このバラよく香るのよ!
わたし: (内心)む、そうでも無い。
姉妹: そのバラは香らないのよ。
わたし: (内心)そお?ちょっと香るんだけどな。
〜このときに一番感覚の相違にびっくりして、深く考えるきっかけになりました。〜
○車の運転
姉妹: 前後左右全部に眼があるくらいに会衆の仲間を見つけられる。
わたし: 前しか見てないので、あの場所で見かけたよと言われてもわからない。
こんな感じだったので、あるとき思わず、ポロッと言葉が出てしまいました。
「姉妹とわたしって真逆ですよね!」
瞬間、姉妹は言葉もないくらいグッときたみたいでした。
言ったわたしはそんな気持ちは感じはしたけれど、ただ事実を述べただけで、批判でもなんでもないわけで脳天気なのでした。
次に会ったときには、納得したようなしないような、「え、まぁ、逆、、、ね」と言っていました。
そう、そう言うしかないですよね。だって、批判と受け取るなら自分自身が自分を下げてみているということだから....。
人の感情は、その人のものだと思うのです。「感じさせられた」なんて思い過ごしで、一瞬一瞬で自分が選んでいるのです。感じるものはその人の心が織りなすもの。
その心をフラットに、白く清くするなら、全くの善である神を信じることに繫がると考えます。
姉妹は正直な人なのだと思います。
わたしにそのままを見せてくれたのですから....。
今は、この姉妹が司会者だったから、聖書を深く知ろうとしたとも言えるなと思っています。
姉妹の前から黙って消えたけど、いろいろありがとう。
すすめてくれた祈りがきかれて、JW辞める決心の日から主人と幸せでいますよ。