大州小学校は2009年からカンナ大使校

10年来のカンナ大使校は5年目から街の中にもカンナを植えました。
2013年、大州小学校からマツダスタジアムの花壇まで
1.5kmの
「カンナロード」ができました。
通学路にカンナがつながったのです。


2018年夏の球場のカンナです。

2011年には、マエダ投手がカンナリレーに参加してくださいました。
被災地カンナ・プロジェクトの一環で、
ファンへのチケットに添えて送ってくださいました。
このご縁をつないでくださったのは、
モンサンミシェルでご一緒した方からでした。

マエケンさんは、ご自身のプログに
カンナ・プロジェクトのリンクまで貼ってくださっていました。
検索好きの友人が教えてくださりずいぶん後に知りました。

マエケンさんのプログ

カープとカンナはご縁ですね。
どちらも
「赤」ですね。
そして、カープの球団のコンセプトとも近いものがあるように感じます。

ただ・・・少し残念なのは・・・
大州小には、カンナ・プロジェクトの看板も文言もなくなり
マツダ財団からいただいたような看板になっているのです^^;
💧
カンナ・プロジェクトをここまでつないできた
大切なコンセプトやストーリーは大事にして欲しいです。

 

この活動を始める時、広島にも雪の積もるところもあることを知り、
子供達が失敗しないようにと、探し求めた雪国のカンナなのです。
3年も諦めず越冬を成功させたと言う意味あるカンナなのです。
私はこのカンナこそ、原爆に負けないで咲いてくれたカンナにふさわしい
と購入を決めたカンナなのです。
このカンナを育てていた須坂市の田辺さんが、
カンナ・プロジェクトに感動してカンナを提供してくださったのです。
皆の平和への思いのこもった
「平和のバトンを繋ぐカンナ」たちなのです。
この世界にもつないだカンナリレーは、
同じカンナを株分けした球根たちなのです。
このつながりが最も大事なコンセプトなのです。


カンナリレー国内33都道府県16カ国
 

このストーリーこそが大事なのであります。
お店で買ったカンナではないのです。
本当に苦労して株分けしてつないでいるカンナなのです。
そこを理解していただけると良いのですが・・・
田辺さん亡き後は、須坂市長が協力を申し出てくださいました。
物事にはストーリーがあります。
この学校からのカンナも被災地などにもバトンしています。
2015年の6年生にはオバマ大統領へのご縁の体験も提供しました。
貴重な体験をしています。

目的は、同じカンナの球根を分かち合い、
バトンをつないだお互いが思いを馳せ合えば、
その相手の国に原爆を落とすことなどできない。
それこそが、最大の核の抑止力となると私は考えています。
二度と同じ過ちを起こさないために・・・
そこだけは忘れないでいて欲しいのです。



今年の大州のカンナたちです。蕾のカンナもありました。

今年、校長先生が代わりました。
お電話の感じでは、今回は校長会や職員会議などが入っていて、
お会いできそうにないと感ました。
残念に思いながらも、それ以上には申し上げませんでした。

と、と、ところがです。
こちらの学校とのご縁を下さった元PTA会長Oさんから
「橘さん、会いましょう!学校に行きますので待っていてください!」
とご連絡をいただいたのです。

カンナの花壇でお話しすればいいという気持ちで出かけて行きました。
すると、職員会までの間、校長先生もおいでくださいました。
思いがけず、Oさんのご提案のおかげで、校長先生にもお会いできたのです。

私はいつも多くは望まないです。
きっと必要なことはつながると信じています。
本当に大事なことはつながると信じています。
神様はいてくださいます。

教頭・カンナ・元PTA会長Oさん、H校長先生

「初めてお目にかかります。カンナ・プロジェクトの橘と申します。」
「実は、橘さん、初めてではないのです。」
「えっ・・・」
「幟町小学校でお目にかかっています。」
「2009年に幟町小にもカンナをリレーしていますが・・・。」
「あの時、お会いしました。」
「えっ!!」
その後もご挨拶にも伺っているのですが、お留守の時だったようです。
あのあと、カンナ大使校幟町小の教頭先生となり、
今年、大州小の校長先生になられたそうです。
やはりご縁があるものなのですね。

それならば話は理解していただけるはずです。
お話させていただきました。
「この学校は、この10年間毎年、6年生への講演を続けてきました。」
6年生卒業の折に、6年生が5年生に「リレー式」をして伝えています。
その6年生にまた、私から直接お話ししています。
これを繰り返しを10年です。
できれば、今年も6年生に直接お話しさせていただけたら・・・。
特に2020年に向けての子ども夢プランのことは伝えたいことを話しました。
ご一緒してくださったカンナ大使T元校長先生が、
そこのところをさりげなく話してくださいました。
とても嬉しかったです。ストーリーは大事です。
T元校長先生は、一番最初にカンナ・プロジェクトを導入された校長先生で、
2012年に定年退職で校長職をご勇退されてからは、
個人的にカンナ大使として
ご一緒してくださっています。
本当にありがたいことです。

この学校にはたくさんのエピソードがあります。
校長先生は今回で5人目です。
Oさんとの出会いのもとはといえば、
2004年の平和推進課Y課長との出会いからの不思議なご縁でした。
ご勇退後、大州地区の公民館館長に就任されました。
そのお祝いに駆けつけた公民館に、
たまたまコピーを取りにいらしていたのがOさんでした。
私の話に「仲間に入れて!」と言われたのがOさんでした。
その夜の私の講演会に、当時の校長先生と参加して下さいました。
2013年にはカープ球場との大々的な式典にも参列しました。
この時点ですでに3人目の校長先生でした。
この校長先生とも、実は共通の不思議なご縁がありました。
2015年には校長が異動になり、カンナもここまでか・・・と思ったら
カンナ大使校上温品小のS校長先生でした。
本当にご縁があるのですね。
しかも、このあと区役所の食堂で昼食を取った際に、
ばったりエレベーターホールでS先生が向こうから歩いてらして、
ご挨拶することができました。
本当に不思議なご縁です。

神様が引き合わせてくださるように感じます。
カンナが導いているように感じます。
カンナ・・・やはり必要なことなのだと改めて思わされます。

橘・元PTA会長Oさん・T元校長・Yさん・Kさん

カンナリレーをつないでくださった学校を「カンナ大使校」
カンナ・プロジェクトを現地でお手伝いいただける方を「カンナ大使」
と呼んでいます。
今回ご一緒してくださったお二人のカンナ大使Yさん、Kさんとは、
2010年の廿日市〜モンサンミシェル姉妹都市でカンナをつないだときに
廿日市の学校をご案内して下さったカンナ大使さんからのご縁で、
その夏、弊立神宮の「五色祭」にお誘いをいただき知り合いました。

2011年はそのおかげで、カンナ大使Kさんがご案内役を申し出て下さいました。
実はこの年は、どなたもご一緒くださる方がいませんでした。
タクシーでの移動だなぁ〜と覚悟した時でした。
2012年からはT元校長先生がご勇退をう変えられ、
学校周りのご案内をお申し出て下さいました。
カンナ大使Yさんは2011年から影で支えてくださいました。
2013年からカンナの預かりを申し出て下さったお寺のご住職の退職により、

継続不能となったたくさんのカンナを、
Yさんが昨年から預かり育てて下さっています。
昨年からは、学校回りにも同行下さっています。
本当に感謝ばかりなのです。
この活動をしていて、いつも「ありがたい。ありがたい。」とつい出てしまいます。
本当にありがたいです。

ご縁だけでつながってきたカンナ・プロジェクトなのです。
感謝感謝のカンナ・プロジェクトなのです。


あっ、そうそう、
この学校からのカンナが「原爆の火」の「星野村」にもつながっていますよ〜。

山本拓道さんのお父様が原爆の火を持ち帰りました。

この記事はこちらです。
https://ameblo.jp/tachibanariho/entry-11326380379.html


https://cannaproject.wordpress.com