かんなちゃんより


オバマ大統領が広島訪問が決定しましたですよ

かんなねこの写真のカンナの精なのです
1945年8月6日、原爆は一瞬でした

何が何だか判らなかった。でもね

もう一度咲かなければと思いました

そして また 芽を出し グングンと伸びて

1ヶ月後には松本栄一さんと言う記者さんが私を見つけてくれました

それがこの写真なのです

そのあと、フィルムは隠されました

ようやく皆さんの前にこの写真がでましたのは

畑口さんという資料館館長さんのリニューアルのときです

でもね・・・

出口の壁のようなこの白黒にこの写真はに

足を止めてくれる人はあまりいませんでした

かんなね 「ねぇ、見て!みて!」と言いましたが

聞こえないですね

ある日一人の女性が私を見て「ありがとう。もう大丈夫ね」

と言ってくれましたよ

かんなね とてもうれしかった

そうしてらね

それからはたくさんの人がかんなを見てくれるようになったの

その女性が カンナの事たくさんたくさん話してくれたよ

子どもたちと 私を又咲かせてくれたよ

広島の土を吸って咲いた私を、いろいろな所にバトンしてくれたよ

かんなね 株が4倍~5倍に増えるんです^^;;

日本26都道府県にバトンしてくれたよ

世界にもバトンしてくれたよ

バチカンのローマ法王様からも持って来てと頼まれて行ったよ

北はカナダから南はオーストラリア、タンザニアにもバトンしたよ

もちろんアメリカにもね

5大陸にカンナはバトンされました

かんなね、1945年 広島で咲いて 

皆に生きる勇気をあげられたみたい

でもそのあとね 瓦礫と一緒にすてられちゃったんだ^^;; 

だからね 夾竹桃や青桐みたいに被爆植物にはしていされてないんだ・・・

でもね かんなは怒らないよ

天国からずっと地球の平和を見守っていられたから

天国からの方がよく見えるんですよ^^v

そしたらね

その女性が広島の子どもたちとかんなをさかせるときに

広島も雪が積もる事を知って

雪に強い球根をさがしてくれたよ

長野県の須坂って言うところに真っ赤なカンナ街道を見つけたよ

そして、球根を買いに行ってくれたよ

このかんなのリレーはすべてその女性がお金をだしてるんだよ

そしたらね 田辺さんという カンナの持ち主が

「いいことしてるね、球根はあげるから持って行きなさい」

と言ってくれたよ

田辺さんは亡くなりました

その時、広島の子どもたちは奇跡を起こしてくれたんだ

その話は後でね

その後は須坂市が球根を女性にあげました

みんないい繋がりだね

かんなね、天国で田辺さんとカンナ街道作ってるんだけど

いつも あたたかい人間たちの事をみてるよ

カンナ・プロジェクトを見ています

女性は私の人形を作ったよ

たくさんの子どもたちが夏休みの宿題で作ってくれたよ

そしたら、それを見て、

市長さんが「ゆるキャラにしたい!」と言ってくれたよ

かんな、ビックリ!!でもうれしかったよ

だって、いつも、天国から見る事しかできなかった子どもたちにあえるからだよ

なでなでできるからだよ 

一緒にあそべるからだよ

かんなね、今、とても幸せ!!^^:: 

ゆるキャラにしてくれてありがとうでございますですよ

かんなね、ひとつだけねがいがあるの・・・・。広島に行きたいな~。