大根を一本買って見送らる  西尾千佳子 


文政年間(1818年~29年)漫録(著者不詳 発行年代不詳)に、

野菜の棒手振の生活が詳細に書かれています。


『菜籠(ナカタマ)を担て晨朝に銭六、七百携へて、

蔓菁(カブラナ)・大根・蓮根・芋買、』


「蔓菁めせ、大根はいかに、蓮も候、

芋や芋や」 と、


『我力の有るかぎり肩の痛むも屑(カス)せす、

巷に声ふり立て』 売り歩きます。


『日の足もはや西に傾きころ家に還るを見れば、

菜籠に一掴ばかりの残れるは、

明朝の晨炊の儲けなるべし。』


一日売り歩き僅かに明日の朝食用に野菜を残して

疲れて家に帰ります。


『家には妻いぎたなく昼寝の夢未だ覚めやらず、

懐にも背にも幼稚き子供等二人とも横堅並臥たり』


この辺りは少々感情的で妻の子育ての苦労には

触れていません。


それでも夫は黙々と竈に薪さしくべ、

『財布の紐とき、翌日の本貸を算除、

また家賃をば竹筒へ納めなどする頃、


妻眼を覚まし精米の代はと云ふ。

すはと云ひて二百文を擲し与ふれば、

味噌もなし醤もなしと云ふ。又五十文を与ふ。


妻小麻笥を抱えて立出るは、精米を買に行なるべし。』


子供にも菓子代十二,三文与え子供たちも

外に飛び出していきます。


『然るに猶残る銭百文余または二百文もあらん。

酒の代にや為けん、


積て風雨の日の心充にて貯ふらん。

是其日稼ぎの軽き商人の産なり。

但し是は本貸を持し身上なり』


となんとも遣りきれませんが、

これでも良い部類に入ります。


棒手振の多くは毎日仕入れの都度、

その日の仕入れの資金を借りて商いました。


江戸物価事典(小野武雄編著 展望社)の試算によでば、

一日七百文借りて、一日の利息が二十一文(3分の利息)

活用資金は六百七十九文です。


これで商品を仕入れて二倍になっても、

生活費、店賃を引くと手に残るのは

四、五文という生活です。