箱根関(はこねのせき)
かつて箱根にあった関所である。
江戸時代交通史の重要な遺跡、箱根関所。
 
 
↑ 旧箱根街道 ↓
 
 

よみがえる箱根関所
きっと多くの人が遠足、社会見学などで訪ねたことがあるであろうこの施設。
 
 
 
 
新たな史料の発見に基づき、平成19年春、その復元にもより精緻な姿に当時の匠の技や道具を使いおよそ140年の時を経て再び復元されました。
 
在りし日の関所の姿を学ぶことで、およそ300年続いた徳川幕府の姿、江戸時代の庶民の暮らしぶりが見えてきます。
 
その堂々とした佇まいは、感動させ、まるで江戸時代に迷いこんだようです。関所であるがゆえの、眺望豊かな立地場所はまさに、箱根芦ノ湖の旅の玄関口。

箱根関所は、訪れる人を、歴史ロマン溢れる箱根の旅へと誘います。
 
 
 ↑ 丘の上にある「遠見番所」  矢場 ↓
 
 
弓を射る所。弓術のけいこ場。弓場(ゆば)。射場(いば)。「楊弓場(ようきゅうば)」に同じ
 
 
 
江戸口御門
高麗門という形式の門で、その高さは6.1mで、大番所・上番休息所をしのいでいます。
 
屋根や外観は「栩葺」、「渋墨塗り」です。江戸方面から来た場合には、この門から中が箱根関所の構内で、西へ向う旅人はこの門の前で身支度を整え、関所の中へと入りました。
 
 
↑ 旅姿の二人連れは見学者ではなく通過する人だった ↓
 
 
 
 
 
足軽番所 検札所
井戸 足軽番所と呼ばれ、日中は足軽が詰め、夜は寝ていた場所です。
 
 
建物内には足軽の為の部屋や休息所、不審な武士などを留め置く「揚屋(あがりや)」、関所破りをし た罪人などを一時的に拘置する「獄屋(牢屋)」などがあります。
 
 
 
 
↑ 「獄屋」は格子で囲まれており、とても頑丈に造られています ↓
 
 

通行手形とは
関所では、通行(関所)手形の判を予め届けられている判鑑(はんかがみ・照合用に登録された花押や印影の見本)に照合して、相違がなければ通行させました。
 
通行手形は、性別により男手形と女手形の二種類あります。男性は女性と違い、通行手形の携帯義務がなく、簡単な取り調べを受けるだけで関所を通ることができました。
 
男手形は住んでいる村の名主が作成。また、通行手形は基本的に関所で取り上げて保管します。
関所は、江戸幕府の治安維持のために全国五三か所に設置。主に江戸に大量の武器の流入、大名が江戸に置いた人質の逃亡を防止するために(入鉄砲出女・いりでっぽうおんな)を検閲しました。

狭義においては江戸幕府によって元和5年(1619年)から明治2年(1869年)まで、相模国足柄下郡箱根(現・神奈川県箱根町箱根)の芦ノ湖湖畔に設置された東海道の箱根関所(はこねせきしょ)を指す。
 
広義における「箱根関」は江戸時代以前に箱根山山麓に置かれた関所及び江戸幕府が東海道と並行して走る脇往還に設置した関所も含んでいる。