政治は無欲でなければ駄目。 | 脳溢血からのゆうき

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 生かされた人生 まだまだ捨てたもんじゃない。自信に繋がるリハビリ 頑張ろう

おはようございます。


今日は、世界の三聖人を少し書いて見ます。


まず一番目が儒家の孔子、次が仏教の釈迦、そして哲学者のソクラテス。この三人を何で三聖人と呼ぶのか、その定義は解かりませんが、この三人は同時代の紀元前500年頃の人達とされています。中国では春秋時代ですね。その後には、キリストもいればモハメッドもいます。孔子は儒家の元祖ですが、中国では儒学と呼び、わが国日本では儒教と呼びます。


釈迦はあまり民族闘争などにも関わらず、欲も余り無かった人のようですが、孔子は3000人もの弟子を連れて、中国のほとんどの国々を回っています。これは孔子の地位や名誉や金などの欲ですよね。その上、多分に弟子を食べさせたかった事もあるのでしょう。


司馬遷の『史記』の中に春秋時代の「菅晏列伝」がありますが、その中で孔子が清の国へ行って清の王様が孔子を雇おうとしますが、晏子に断られる事が書いてあります。晏子とは晏平仲嬰(あんへいちゅうえい)の事です。時の清の国の大臣です。私は中国史上で一番好きな人です。


孔子廟には毎年180万人の人が参っていますが、晏子廟には毎年320万人もの人達が参っています。何で2500年経ってもこれだけの人気があるのかと言えば、晏子には私利私欲が無かった。この人の生年は定かではありませんが、没年は紀元前500年です。逆算すると70~80歳ぐらいまで生きていた様です。当時とすれば相当長生きですね。とにかく質素な人で、父親の葬儀も当時の慣習に囚われず、無駄を省いて質素な葬式をして、国民から非難をされますが、その後が凄い。城外に茅葺の掘っ立て小屋を建てて、その中で“かゆ”だけで3年間の喪に服します。その間には、晋との戦争があり両軍が戦っているのに、平然として小屋から出てこなかった。両軍の兵士も喪中だと知ると、誰一人この小屋には近ずかなかった。中国人は孝子には寛大ですね。この事で晏子が唯の吝嗇ではないと言う事が解かり、中国中にその名が知れ渡った。死後調べたら、個人の財産はほとんど無かったと…。凄い政治家ですよ。


日本の政治家は、金は残すし、土地は買うし国民を見ないで自分の欲徳ばかり。政策より、政局ばかり、3000年も前の菅中という人が言った「経世済民」と言う言葉をを最初に唱えた人です。経済を本当に今の政治家は解かっているのですかね?晏子の人気はこれからもますます上がりますよ。そしてソクラテスですが…、申し訳ありませんが、私はあまりソクラテスの事は知りません。哲学者というくらいですか。機会があったら今度調べて見ます。


今日も少しリハビリを少しやります。



また書きます。