凄かった、商王の雨乞い。 | 脳溢血からのゆうき

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お早うございます。


昨日は、真夏並みの暑さでした。

毎度の事ながら天候の移り変わりだけは、人間の力では如何ともしがたいですね。今日から又雨の日が続くみたいです。

古代中国では夏王朝の最後の王の傑王を滅ぼして、商王朝(殷)を樹立した【湯王】が、紀元前1562年(1579年、と1751年の説もある)に、政権交代をした後、何ヶ月も(文献では3年ともいわれてる)雨がまったく降らず、民が困窮したとあります。

その時、湯王は己を縛り、私の政治に芥子(けし)ほどの乱れがあれば(天)が私を焼き殺すであろうと火あぶりになると、張り付け柱に縛られて、火を附けて雨乞いをしたら、あわや焼け死ぬという時に雨が降り出したと…、『呂氏春秋』『春秋左氏伝』『竹書記年』などの文献に出てきます。

何故か司馬遷の『史記』には出てきません。

いわゆる[火杭変成池](かきょうへんじょうち)です。火のあなが池になれと強く念じたと…。英雄ともなれば不思議な事が起きるものなのでしょうか?


今の政治家にこれだけの信念を持たれている方が果たして居ますかね…?

この湯王は、普段から聴政の場でも何処でも「聴け」「聞け」と、これが口癖だったとか。古代でも王朝をひらく人は、やはり民の声が一番大事だと考えていたのでしょう。古代中国で名君と言われて、現代にまで名を残している人は、

全部民が元になっている政治をしています。

当たり前と言えば、しごく当たり前なのですが、為政者とは大変な事ながら、やはり「天」に選ばれた人なのですよ。


今日はこれから病院です。


又書きます。