・コミックス28~29巻<”「いま支度する じい」”から”「あんなやつのことなんか…!」”まで>
真澄30歳、マヤ19歳
・「気になってマヤちゃん?」
真澄の見合い後、マヤは割と早い段階で真澄と遭遇します。美しい女性をエスコートしながら優し気な笑顔を浮かべる真澄を街角で見かけるのです。プラネタデート後初めて真澄の顔を見るわけですが、いつもと様子の違う真澄にマヤは戸惑います。(ちらっとしかみえなかったけれど…きれいなかんじの女の人だった…なんだろあの冷血仕事虫がなんだかやさしそうな顔して…女優やタレントにはあんな顔しないし…)不思議そうな眼差しのマヤを、背後で真澄に書類を届けに来た水城が見ていました。「気になってマヤちゃん?」マヤは水城に真澄と一緒にいた人は誰なのかと尋ねます。水城は真澄の本心を知っている数少ない人間。真澄が本心を偽って見合いを受け入れたのが不本意なのでしょう。腹に一物があるような表情を浮かべていますが、マヤも知っておいたほうがいいと考えたのか、冷静に答えます。「真澄さまお見合いをなさったのよ 今の方はそのお相手」
聞かされた事実に、マヤは雷に打たれたかのように驚き白目をむいています。(お見合い…!あのひとがお見合い…!結婚するかもしれない。あの速水さんが…!それであの笑顔…!あの笑顔…!)世界が終わったかのような衝撃をうけて立ち尽くすマヤ。この雷が走った背景はプラネタデートで真澄が受けたものと同じですよね。マヤの驚きぶりにさすがの水城も何か感づいた模様。マヤが里美茂に恋してる事をマヤのそぶりだけで見抜いた事のある水城は、非常に鋭い感性の持ち主なのです。今のマヤの態度だけでマヤ自身も知りえないマヤの心の内が読めてしまったのかもしれません。「あの…あのそれでもうお決まりなんですかあのひとと…」震える声で尋ねるマヤ。「いいえまだよ でもきっとそうなるでしょうね。この結婚はあの方と大都芸能にとってもプラスになるものだし、会長であるお義父さまが大乗り気なの」
水城が去った後も、マヤは寒気が収まらない様子。(お見合い…あの冷血仕事虫が…!結婚ですって!?どうしたんだろ…あたしヘンだ…なんだか…心の中が突然空洞になったみたい…どうしたのあたしいったい どうしたのよー!!)マヤの背景はまるで寒風吹きすさぶオリゲルドの白の牢獄みたいになってしまいました。寒そうに両腕を抱えるマヤ。さてマヤは、どうしてしまったのでしょうか。
真澄のような立場で三十路近くの年齢なら恋人のひとりやふたりいても当然ですし、結婚するのも自然な流れです。しかしマヤは納得いかない様子。マヤは"あの冷血仕事虫が結婚だなんて"と、いう言い方をしています。マヤからすると速水真澄とは、どんな酷いことも、仕事のためならなんでもやるあくどい人物なのです。事実自分は彼の所業を目の前で見てきたし、されてきたし、ずいぶん泣かされても来た。そんな人間が女性に愛されるわけがない、女性を愛するわけがない、結婚だなんてありえない!!…と、こんな風に真澄を低く見ていたのではないでしょうか。
ところが真澄は女性に向かってマヤが見たこともないような優し気な笑顔を浮かべている。マヤは一度も真澄からあのような笑顔を向けられた事がないのです。彼にはマヤの知らない別の顔があって、本当は女性に優しくできる人間なのだと、マヤは初めて思い知ったのだと思います。
・「なにかおれにいいたいことがあるのか?」
この後マヤは、新しい芝居の稽古に入り、話の本筋は本来の演劇マンガの方に戻っていきます。役に集中することと、相手役がかつてマヤに告白したことのある桜小路であることもあって戸惑ったりと、マヤはまた真澄のことなどすっかり忘れてしまっています。
これまで真澄は、口実を作って積極的にマヤに会う機会を設けてきましたが、見合い以降(プラネタデート以降)はその回数は減っています。次のアクションはマヤからでした。真澄がお見合いをしていつも寄り添う女性と婚約間近であることを、週刊誌の記事で知らされるのです。"週刊誌で知る"というのが、この時のマヤと真澄の立ち位置がいかに遠いかよく分かりますね。週刊誌を読んだマヤの心は嵐のように吹き荒れます。
(あのひとだ…!写真ではよくわからないけど きっと前にみかけたあのひとだわ お見合いしたっていう… うそみたいあの冷血仕事虫がデートなんてひとなみなことするなんて…そうよあんな冷たい男…やさしい顔してた…あのとき…速水さん…うそだ!あのひとが本気で恋人つくったり結婚したりするわけないわ!お見合いだってきっとみせかけの…へんだ…あたしヘンだ…なんであんなやつのことがこんなに気にかかるの いつだってあたしのことからかっていじめてばかりで…どうしたんだろあたし なんでこんなにいらだしいんだろ なんだかおちつかない…!なんでよ…!)
週刊誌で真澄の近況を知った稽古の帰り道、気が気でなくなり、ついにマヤは電話ボックスから大都芸能に電話をしてしまいます。交換手が繋いでいる間、マヤはどうしようもなく落ち着かない様子。(どうしようあたし…!電話しちゃった 速水さんが出たらなんていおう なにをはなそう…どうしよう…!)思い立ったら、後先考えずに、行動が先に出てしまうところがいかにもマヤらしい。
電話の相手がマヤだと知ると、真澄は電話の向こうで『ー!』と、反応していますのでかなり吃驚したのでしょう。自分の事を「二度と許さないから!」とまで宣言した彼女がいったい何の用事でかけてきたのかと、(また何か傷つけられるような事を言われるのかと)身構えたのではないでしょうか。しかし当の本人は、電話をしたのはいいが、何といって切り出してよいのか分からず、予定とは違う事を話し始めます。「え…と えと…その… 月影先生の行方 なにかわかりましたか?」「ああ いやまだだ」事務的な話だったので真澄も事務的に応じます。「手がかりを調べているところだ わかりしだいきみにはしらせるよ」「…」この話が終われば、マヤは真澄と話す話題が殆どないのですよね。前回会った時は、意味不明な呼び出し方をされて一日デートまでしたのに、そんなことはまるで百年前の出来事のようだといわんばかりに忘れちゃっているのでしょうか。
話をつづけないマヤに「まだ他になにか?」と尋ねるこの真澄のビジネスライクなしゃべり方が、なんだか以前より距離がある感じ。「あの…あたし 今度またお芝居に出ます 「忘れられた荒野」狼少女を演ります!」と、なんとか話をつなぎます。前回、アンナ・カレーニナの劇場で、真澄が席を立とうとするマヤの手をとって必死に引き止めた事がありましたが、今回はその逆で、マヤが必死に真澄を引き止めているかのように見えるのが面白い。「狼少女…!それはいい 楽しみだな きみにはお似合いの役じゃないか 招待はしてくれるんだろうね」以前と変わらない、人を小ばかにした、そして面白そうな口調で応じる真澄。「お…おのぞみなら」いつものマヤなら「あなたが吃驚するようなリアルな狼少女を演じて見せるわ!」ぐらいの事を言いそうですが、それどころではありません。「お…おのぞみなら」などと、およそマヤらしくない返答の仕方をしています。(ほんとにいいたいことはこんなことじゃない こんなことじゃないのに…!)真澄から揶揄い口調で話しかけられると、マヤはいつも本音を言えなくなってしまうのですよね。言いたいことが言えず、だんんだんといら立ちMAXになってゆくマヤに挙動不審を感じた真澄は尋ねます。「どうした?なんだか変だなチビちゃん。なにかおれにいいたいことがあるのか?」
口しようと思っていた言葉を見抜かれたかのように感じたのでしょうか。マヤは真っ赤になって「いいえ!!どうかお幸せに!!」と、叫んで結局何も訊きだせないまま電話を切ってしまいました。さすがの真澄もマヤが何にイラついているのか分かりかねたようで(なんだ?いったい どうかお幸せに?どういう意味だ)と、心の中で呟いています。
かつてマヤは、月影の具合が悪いから先生の事を頼むと、真澄に電話をかけてお願いしたことがありましたが、マヤの方から真澄に電話するのは今回二度目。この時マヤは未だ真澄に対して警戒感を緩めていないにも関わらず、真澄自身の事を尋ねるため、それだけのために電話をしているのです。ものすごい心境の変化、ものすごい進歩ですよね~。プラネタデートのあの夜、あの時のレストランで、たとえ真澄がマヤに決死の告白ができたとしても、マヤ心境はここまで至らなかったでしょう。
かつて作者は里美茂の存在で、真澄の本心を引き出したように、今度は見合い相手という結婚を前提とした女性をマヤの目の前に用意して同じことをしました。その点では、マヤは今回非常に焦っていますから、予想通りの効果があったと言えるでしょう。しかしそうはいっても、真澄の場合はマヤの時より事態はもっと深刻で、里美とは大きく事情が違っています。里美とマヤは若いふたりの清い交際で将来を約束するものではありませんでしたが、真澄は、マヤに対する気持ちを完全に蓋をし、結婚をほぼ覚悟して、ガチな見合いをしているのです。
(ばかなことしちゃった…!あたしったら電話でいったいなにをきこうとしていたの?お見合いしたってホントですか?週刊誌のあの記事はホントですか?もしホントだったとしてもそれがどうしたっていうの?どうでもいいじゃない あんなやつのことなんか…!あんなやつのことなんか…!)
マヤさん、"あんなやつのことなんか"なんて言っていてよいのでしょうか?と、全国の「ガラかめ」ファンからのクレームの声が聞こえそうです。今後、残念なことに、この状態がまだまだ続いてゆくことになります。そればかりか、マヤが自分の気持ちに気づかないばっかりに、真澄は益々見合い相手との結婚に没入してゆくことになるのです。