人事という名のカオス

 

また注目された新政権の人事では、前トランプ政権の国務長官だったマイク・ポンぺオにも国家安全保障問題の補佐官だったジョン・ボルトンにも声がかからなかった。ポンぺオは対イラン強硬派だった。イランとの関係を改善する前提条件として、同国がのめるはずもない条件を列挙した。ボルトンは、もっと強硬だった。超強硬派だった。イラン攻撃を進言した。

 

前政権でイラン政策に関与して今回の政権にも招かれると思われていたのがブライアン・フックだった。前政権ではイラン担当特使を務め同国に対する最大限の圧力を主張した。そして経済制裁の強化を実施した。今回は政権移行チームの一角を占めていた。CNNとのインタビューで、トランプはイラン攻撃は考えていないが、最大限の圧力政策を再開すると説明していた。

 

ところが、大統領に就任すると、トランプは初日にブライアン・フックを政権に招かないとSNSで通告した。フックが政権移行チームから外されたとの情報は、その前から流れていた。これで「正式」となった。

 

なぜ、フックは外されたのか。一つの解釈は、トランプはイランとの交渉を検討している。ところがフックは先走ってメディアに対して「最大限の圧力政策」を喧伝(けんでん)して、トランプの外交を事前に自分の提案している対イラン政策の枠に押し込めようとした。トランプが、それを嫌ったのだ。

 

また、その直後にポンぺオ元国務長官とボルトン元国家安全保障問題補佐官、そしてフック元イラン担当特使へのシークレット・サービスによる警備を停止すると発表した。対イラン強硬派の3人を公然と辱(はずかし)めた。かつての対イラン強硬政策そのものをむち打つような警護の解除だった。これはイランに対するメッセージではないか。物事を深読みするイランの文化からすれば、そう解釈されるだろう。時には「深読み過ぎる」場合もあるが。

 

外されて3人の対イラン強硬派を紹介したが、それでは、トランプは誰を要職に指名したのか。国務長官にはマルコ・ルビオを指名した。対イラン強硬派、対中国強硬派、対キューバ強硬派である。そしてルビオの下にはジョエル・レイバーンの国務省幹部への就任が噂されている。伝統的な国際情勢認識を抱いている人物だ。つまり対イラン強硬派だ。

 

またホワイトハウス直属の国家安全保障補佐官にはマイク・ワルツが就任した。対イラン強硬派である。その下の要職にはエリック・トレイガ-の任命が噂されている。やはり対イラン強硬派である。

 

興味深いのが、国防総省である。国防長官にはピート・へギセスが就任した。新国防長官は上院での承認獲得に苦戦した。承認に賛成と反対が50票と50票で割れ、最後には副大統領の賛成票で承認された。理論上の最低限の支持票であった。アルコール依存症、女性問題など、話題には事欠かない人物だ。とりあえずは対イラン強硬派だろう。

 

興味深いのは政策担当の国防次官のエルドリッジ・コルビーだ。対中国に国力を傾注すべきとの論者だ。したがってイランとの戦争や対立に興味はない。その下に中東担当の国防次官補としてマイク・ドミノが就任した。やはり対中国に国力を傾注すべきという主張で知られる。イランとの戦争は論外という論者だ。

 

こうしてみると、対イラン強硬派の国務省と国家安全保障補佐官などと、対イラン戦争回避派の国防総省の幹部という対立の構図が見える。対イランという視点から見ると一貫性がない。これが偶然の人選の結果なのか、全ての選択を排除せず混乱と混迷と混沌のカオスの中で政策を決断を好むトランプ流の人事なのか不明だ。

 

重要なのは、SNSで首を切れる国防長官や国務長官たちではないだろう。信頼の厚いトランプ周辺の人々の動きだろう。前政権では娘婿のジャアレド・クシュナーの動きが、たとえば注目された。今度の政権は、誰だろうか。まずは、ガザ停戦で手腕を発揮したウィトコフだろう。トランプは、そのウィトコフをイラン担当に指名した。トランプは、イランと交渉するつもりだろう。

 

 

交渉

 

交渉そのものは、早期に開始する必要がある。そうでなければ、その前にイスラエルが動きかねないからだ。少なくとも大きな枠組みを早期に合意してイスラエルの動きをけん制しなければならない。トランプ政権が交渉していれば、イスラエルも戦争は始められないだろう。

 

先に解説したようにバイデン政権はイランとの交渉を先延ばしにした。その結果、交渉がまとまった時には、既にイラン国内で強硬派が台頭して交渉は結実しなかった。

 

反対の政権発足直後に外交に力を入れて歴史に名前を残したのは日本の田中角栄だろうか。北京に飛んで日中国交回復を実現した田中角栄によれば、政権は発足直後が、いちばん力が強い。トランプ政権も、そうだろう。イランの最高指導は高齢だ。いつまでも交渉の機会が続くわけではない。急げトランプ!

 

*2025年1月27日(月) 記

 

-了-