フォックス・ニュース
さて、そろそろ、この大学の教員の子として生まれたブテジェッジ自身に話を戻そう。ブテジェッジに最高の舞台を提供したのがフォックス・テレビだ。
世界のメディア王と呼ばれたルペルト・マルドックが、オーストラリアやイギリスで成功した後にアメリカに創設したフォックス・テレビは、中立の振りさえしていない。ガンガンの共和党支持で知られる。ということは現在は同党を牛耳っているトランプの応援に徹している。トランプの応援団長的な存在だ。
このテレビ局が、ときおり興味深い番組を放送する。民主党系の進歩的な政治家をインタビューするのである。たとえば2016年と2020年の民主党の大統領候補指名を求めて、2016年にはヒラリー・クリントンに2020年にバイデンに敗れたバーニー・サンダース上院議員のインタビューなどである。同局の主要な視聴者である保守的な層に、いかに民主党が「リベラル」かを示して、「やはり共和党だね」と印象付ける狙いなのだろうか。なおアメリカの保守層にとっては「リベラル」というのは、否定的な意味の言葉になっている。
しかし民主党系の出演者にとっては、共和党の支持層に訴える貴重な機会でもある。政治的傾向によって見たり聞いたり読んだりするメディアが偏っているアメリカでは、そうした壁を越えるチャンスともなる。
最近、そのチャンスを生かしたのがブティジェッジ運輸長官である。フォックス・テレビに出演して、司会者の意地悪とも思える質問を切り返して、黙らせてしまった。たとえばトランプは、2016年の大統領選挙では高い経済成長率を公約したが、実現していないと指摘した。司会者が、それはコロナ伝染のせいでと反論すると、コロナ発生以前から成長率は低かったと押し返した。移民が増えて、凶悪犯罪が増えているとの議論に対しては、トランプが大統領を務めた時期には犯罪率は上昇したが、バイデンになってからは下落していると切り返した。
そしてトランプが公約を守らない「嘘つき」だと公言して視聴者に自分で事実を確認するように訴えた。トランプが嘘つきなら、それを伝えないフォックス・テレビも信用してはならないと言っているようなものである。今後も、ブティジェッジのインタビューを繰り返したらフォックス・テレビの視聴者が共和党の支持層から民主党支持層に入れ替わりそうな勢いだった。
この運輸長官を副大統領候補にという声も上がっている。ただ民主党には他にも有力な副大統領候補者は多い。ハリス自身が主要政党の大統領候補者としては初めての黒人の女性である。ブテジェッジは、自ら同性愛者だと公言している。アメリカ国民に黒人女性と同性愛者の大統領と副大統領の組み合わせを受け入れる準備があるだろうか。そうした、疑問と躊躇があるだろうか。
ちなみにブティジェッジというマルタ系の名前が興味深い。マルタ語は、アラビア文字こそ使わないものの、アラビア語の一方言ともいえる。ローマ字で表記しているが、アラビア語はアラビア語である。ローマ字のアラビア語を読むと、カタカナで表記された英語のような感覚を受ける。そのアラビア語の「アブー・ドッジャージ(ニワトリの親父)」のマルタ語訛りが、ブティジェッジだろう。となると今回の選挙には、ふさわしい名前だろうか。トランプを揶揄(やゆ)する際にドナルド・チキンと呼ぶ例があるからだ。ニワトリの親父ならチキンに勝って当然だろう。副大統領候補になろうが、なるまいが。民主党の声としてのブテジェッジの活躍が続きそうだ。
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