東京の北区十条にクルド料理のレストランができたという話を聞いたので、出かけてきた。埼京線で池袋から二つ目の駅である。列車の窓から「カフェメソポタミア」という大きな文字がビルに描かれているのが見える。十条駅を出て直ぐのビルの3階にあった。


駅の周辺を歩くとトルコ料理屋もあった。北区から埼玉県にかけて多くの外国人が住むようになっている。そしてトルコからのクルド人も多く住んでいる。良く知られているように蕨市にはトルコからのクルド人が増えた。ワラビスタンとさえ呼ばれるほどである。この十条と蕨市は、JRで20分ほどの距離である。


このクルド人とはだれか。クルド人はイラン、イラク、シリア、トルコの国境地帯を中心に生活している。独自の歴史と文化とアイデンティティをもつ人々である。ところが国際政治の巡り合わせが悪く、自分たちの国をもっていない。イランでもイラクでもシリアでもトルコでも少数派としての生活を余儀なくされている。トルコではPKK(クルディスターン労働者党)という組織が1980年代から独立を求めトルコ政府と戦ってきた。現在もトルコ軍とPKKはきびしい対立状態にある。


そして、そのトルコからクルド人が日本にもやって来て難民申請をしているわけである。


クルド人の日本での職業の一つが飲食業である。レストランという立派な構えがもてなくて車で移動して中東の食べ物を販売したり、ちょっとした間口を借りてのサンドイッチ屋さんのような形態が多い。


しかし、クルド料理と言っても日本人にはなじみがうすい。そこで多くがトルコ料理という体裁で商売をしている。ところがこの店では、クルド家庭料理との看板を高々と掲げている。その心意気やよしである。


店内に入って見ると、まさに中東の普通のカフェに行った雰囲気である。違うのは、女性が一人で仕切っている感じである。イラク北部のクルディスターン地域政府の旗やクルド地域の写真が壁にかけてある。メニューにはクルド人の土地の地図が描かれている。食事はとても美味しかった。ワインもアルメニアからの輸入品などもあり、楽しめる店である。十数人も入れば一杯になりそうなスペースだが、私以外にもう一組、3人の女性客がいた。お店の方と知り合いらしく、話し込んでいた。どんな人たちかと思いを巡らせた。レストラン内での会話から、すぐに職業が知れた。というのは、丁度そのとき、お店の方の娘さんだろうか、10代の女性が入って来たからだ。


「定時制高校にいらっしゃいよ」と女性客が声をかけている。若い女性の方は、「日本語ができないから」と日本語で答えている。「できなくても大丈夫よ」の会話が聞こえた。その会話から定時制高校の先生方だとわかった。


現在の日本で大きな教育問題が生じている。日本で暮らす外国人の子息の教育である。


たとえば日系人がたくさん働いている地域では、子どもたちが日本の学校教育についてゆけなくなる現象が指摘されている。しかも日系人の場合、母国であるラテンアメリカ諸国の公用語であるスペイン語やポルトガル語でキチンとした教育を受けているわけでもない。読み書きの能力を獲得することなく成長してしまうのである。会話ができても日本語の読み書きができなければ、日本社会での成功はむずかしい。たとえば公団住宅への応募一つにしても、それなりの日本語の読み書き能力が必要だ。トルコからやってきたクルド人の若い世代の間でも、同じ問題が発生しつつあるのだろう。


政府は外国人労働者の受け入れを推進する姿勢だが、同時に外国人労働者の子どもたちの教育に十分な手配をしなければ、何語でも読み書きのできない世代を育ててしまう結果となる。それが大きな社会問題となるだろう。そうした現場の問題に取り組もうとする定時制高校の先生方が、外国系の若い世代に働きかける現場にちょうど居合わせたわけだ。


十条のレストランでは、クルド人の故郷のクルディスターンの料理ばかりでなく現代の日本の風景も味わえる。


※連載エッセイ「キャラバンサライ第81回クルド料理のレストラン」、『まなぶ』(2018年9月号)40~41ページ