翌朝、朝食を食べられる場所を求めて外に出ると、路地には意外と屋台が多く出ていることに気付く。台湾と言えばやはり屋台。前回の訪台は何せ春節中だったので、どの通りも静まりかえっていて何も体験できなかった。夫婦共働きが多い環境ゆえか、屋台は依然需要が高く、朝食に利用する人々で賑わっていた。ここでふと足を止めたのは「飯団(ファントゥアン)」と呼ばれる台湾風おにぎり。

日本のような三角形ではなく、海苔で巻いてもおらず、どちらかと言うと筒状だ。ただ、中身の具を選べる所は日本のものと同じ。具は10種類程あったが、無難に肉と山菜を選んでみた。一口食べるとなぜか選んだ具材は現れず、餅米風のごはんの中から甘い田麩と何やらパリパリした麩菓子のような、かりんとうのようなものが登場。これらはどのおにぎりにも入っており、真ん中より下の方まで食べ進んで初めて選んだ具材にありつけるのだ。僕達三人、このおにぎりが大変気に入ったのだが、日本の台湾料理店でも滅多に見かけない正に屋台の味である。そのお菓子っぽい食感がすっかりしーちゃんの心を掴み、以降彼女は台北にいる間中「パリパリおにぎりが食べたい!」とねだるのだった。屋台は姿を現わす日時や場所が一定でないので、困った課題が一つ増えてしまった。

 

 

さて、今日一日は三才にして初海外となったしーちゃんのための時間を作るべく台北動物園に行くことにした。動物園までは文湖線で直行なので、地下鉄やはり便利である。地下鉄と言っても動物園までの路線は高架の上を走るので、むしろモノレールに近い。今回乗車時に気付いたのは、僕達が乗った優先席車両の扉近くにいた女性がベビーカーや老人の乗り降りを手伝っていたこと。親切な人だなあと思っていたが、よく見ると腕章を付けており、どうやら係員のようなのだ。日本なら車椅子の人が乗る時にホームでサポートする駅員が出てくるが、こちらは逆に車内に配置するという発想か。他の路線では見なかったから、動物園という特殊な行き先ならではの特別措置なのかな。

ともあれ終点の動物園に無事到着。ここは何せ東アジア最大の面積を誇る動物園。地元の幼稚園から中学生までが遠足に来ており、平日なのに賑わっている。最初にあった台湾固有種動物のコーナーは、どれも奥に引っ込んでいるか暗闇に潜んでいるかでほとんど姿を確認できない肩透かしを食らったが、改装の関係でほぼ同じ敷地内でのんびり共存していた象とカバ、真っ黒な姿で奇声を発しながら飛び回るホエザル等の動物や、広場の地面を水面に見立て、ちょうど水に浸かっているように見えるリアルなカバやワニのオブジェ等、退屈させないアイテムが揃っていたので、しーちゃんも元気に歩いていた。コアラは一見大きな建物を構えているようだったが、中に入る形ではなく小規模。こちらではパンダほど目玉動物にはなっていないのか。ここにずっと留まって見ていた二、三組の人々は全て日本人。意外といるもんだな。一方のパンダ館は螺旋状の見学レーンを歩きながら三階まで上がれるようになっていたが、肝心なパンダは神出鬼没でなかなか姿を見せない。現れても何かの陰になってて見えやしない。以前北京動物園で見たのは白い所も黒く汚れ、延々と寝ているだけのヤツであったが、つくづくパンダ運はよくない。館内には本物以上にパンダのオブジェが多く、リアルなものからマンガチックなものまで色々あったのでしーちゃんを立たせて写真だけ撮ったら先に進む。歩く距離的にも動物の顔ぶれ的にも多摩動物公園とイメージがかぶる部分が多々あったが、おおよそ見ることができたので園内バスに乗って南出口へと向かった。

 

動物園に隣接してロープウェーの乗り場があり、ここから山頂の集落「猫空(マオコン)」に行くことにした。初めて乗るロープウェー、時折ガタンッ!と揺れる度にビクンッ!となるしーちゃんであるが、何せ終着点の猫空までは約30分。のんびり揺られていくうちに空中散歩にも慣れていってくれたようで、だんだん言葉数も増えてきた。やがて眼下に古そうな寺院と段々畑が見えてくる頃、急に肌寒くなってきた。

台北郊外にこんな高原地帯があるのか。到着した猫空は山肌を切り開いたような螺旋状の道一本の集落で、ロープウェー乗り場近辺には軽食屋台が並んでいたが、そこから少し離れると何も無い登り道が続く。どこぞのレストランまでここから徒歩30分なんて看板も普通にあったりする。子連れでここを彷徨ったらほとんど遭難だ。早く座れる場所を探そう。

幸い10分ほど登り坂を歩くとすぐに視界が広がってきた。

日本のものとは少し違う濃いピンクの桜が所々に咲き、薄い霧の下に茶畑が広がるミニ桃源郷といったところか。深呼吸してから周りを見渡すと、ログハウス風のおしゃれなカフェといかにも中華な感じの食堂が並んでいた。僕達の気分としては断然カフェ。中は空いていたので奥窓際の席を確保した。店員がやたらと英語で対応したがるのが少し鼻についたが、僕となーこは産地とれたての鉄観音や高山茶の極上の香りと味を堪能し、しーちゃんはチョコレートアイスを美味しく頂いたのだった。

帰りのロープウェーに乗る前にウイグル風の羊の串焼きの屋台を発見。中国に住んでいた頃は必ずウイグル族が売る屋台で買うというマイルールがあったが、ここは台湾だからそこは目をつぶろう。そして駅中のコンビニではロンリーゴッド(浪味仙)というポテトスナック菓子を入手。かの旺旺グループの商品なので中国ではしょっちゅう食べていたお気に入りスナックだ。帰りの30 分は一人懐かしい味に浸ろうと思ったが、三人旅ではそうはいかない。特にロンリーゴッドはしーちゃんにほとんど奪われそうになったぐらい、その甘じょっぱい野菜テイストが大ヒットだったようだ。「しーちゃん、これ、気に入った!」と宣言までされてしまい、日本では入手困難な辛い現実を受け入れてくれるか、今から心配になる。そんなこんなで無事動物園南出口まで戻って来た頃にはしーちゃんすっかり夢うつつ。静かにバギーに乗せ、後は速やかに地下鉄で移動した。時間も揺れ具合も程よかったためか、移動中グッスリ、ホテルに着く少し前にお目覚め(しかも割と機嫌良く)という、親とすればラッキーな流れ。

 

少し休憩したらもう夕食の時間である。今回行こうと思った店は「清真中国牛肉麺食館」。ホテルから徒歩10分ぐらいなので昨日みたく彷徨うこともなくすぐに見つけられた。

ここはホイ()族と呼ばれるイスラム系住民による料理店だ。忙しそうに餃子をこしらえる厨房が見える店頭から席に案内される。地元民はもちろん、話し方から大陸中国人とおぼしき人々やアラブ人風の客の姿も見られた。そもそも彼等ホイ族の生活基盤は宗教以外普通の中国・台湾文化と変わり無く、メニューに並ぶ料理は至って普通の中華だ。ただイスラム教徒も安心して食べられるハラールの措置がされているのだろう。僕はハラールフードを食べたかったわけではなく、北京時代ほぼ毎日食べていた大好物料理、京醤肉糸(ジンジアンロウス)と言う千切り豚肉の甘味噌炒めを楽しみにしていたのだ。出発前、これを台湾で食べられないかネットで調べたら、たまたまこの店に行き着いたのだ。しかもこのロケーションとくれば行かない手は無い。中国でさえ北京以外では滅多にお目にかかれないこのローカル料理をワクワクしながら注文した。庶民的な雰囲気の店内。小さ目のテーブルに大皿に盛られた餃子、空心菜炒め、エビの揚げ物、そしてハラールフードゆえ「京醤肉糸」ならぬ「京醤牛肉糸」が次々と並ぶ。メイン所の料理が牛肉になってもほろ甘く柔らかい口当たり、そして味噌と絶妙に絡んだ肉汁の旨味は変わらない。しーちゃんもなーこもほったらかしにして束の間中国時代のノスタルジアに浸ってしまった。

でもなーこはなーこで、この店の看板料理である牛肉麺、それも真っ赤な激辛風味が気に入ったようだ。これを食べるだけのためにまた台北に来たいとまで言わしめた。ともあれ、美味しい台湾グルメを自分達で目一杯満喫できた気がして大満足。長く楽しい一日だった。