好きだから、CDを買うのだと言う人がいる。
AKB48商法はすさまじいものに見える。
AKBという偶像、アイドルが好きだからファンはそれこそCDを何枚でも買ってしまう。
翻って我が身を見てみればどうだろうか。
好きだから、CDを買うのだろうか。

既に自分の中で解決済みの問題がある。私がCDを買うのはなんのためなのか。という問題だ。
それは、その音楽に買う価値を見出した時、だ。手元に置いておきたい、何度も繰り返して聴くほど好きだと感じたときにのみCDを買うと決めた。そうでなくては、お金が足りなくなってしまう。

でも、とすこし考えてしまう。
買うには至らないまでの欲しい。買うほどの欲しい。
買う欲しいは間違いなく著作権の権利者を守っている。相手にお金が届く。
買わない欲しいでは、相手にお金は届かない。私は我慢する。
ただ、それはそれほど価値のないものだったといってしまえばそれまでの話だ。
私に合わなかったというだけの話しだ。


でも、好きな気持ちは確かにあるんだけどなあと思ってしまった冷たい夜。

そろそろやろうかな。とは思うのだけど、

なかなか始まられず‥。


今日大学でよさげなバイトを発見!

いっこはニュースの撮影補助でテレビ局のお仕事★

こっちは1年生が対象で4年生までは続けてほしいんだって。

今から縛られちゃうのは辛いかも;

時給は900円。んーまあ、そこそこいいよね。


もういっこは、インターネットについて説明する仕事★

日給1万円って高いのかな~?

でもなんかよさそーかも!こういうの好きだし!

土日祝日、年始年末とか休日だけらしいのもいいかもー。

でも今年は帰りたいっ。もうちょっと様子見ようかなー。

「命を食べる」という映像を授業で見た。

生き物が食品へと加工されるために、狩られ、集められ、収集されていく映像だ。

機械で管理された冷たく見えるその空間の中で、まるで機械の一部分であるかのように

動物が存在している。人間が食べるために、彼らは計画的に飼育され、管理され、そして殺される。

それは非人道的なことのようにも思えるが、その結果私たちのもとに届く食品がある。

人間が生きるために必要な行為、社会で必要とされる食料を満たすための合理的な行為であるとは思う。

だが、現状のままでいいのかというとそうではないと思う。どうしてそう思ったのかを

追求してみると、動物を食物にする過程の多くを機械が担っていたからだろう。

人間にとってこの映像は目を背けたくなる類の事だろう。

その生命を奪う過程を見ない振りをして、汚いものとして扱い、機械に押し付け、立場の弱い人に押し付け、

さも自分はキレイですと言わんばかりに、正義を語る人が個人的には好きではない。

映像の中で生き物はただ人間の食べ物となるためだけに利用されていた。

命の重みなど、知らない風に。命の重さは同じ?違う、他の生き物を一方的に人間が利用している。

そんな風にしか見えない映像だった。人間にとって都合のいいように扱われる存在が、動物だった。

その映像の中では。


多くは望まないし、それを要求する資格も持ち合わせていない。

だが目を背けるな、と私は言いたい。見ろ、現実を見ろ。

辛い、しばらく肉が食べれない、それは今まで向き合ってこなかった証拠ではないのか。

錆びた血の匂いも、生々しさも何もないただの映像にすぎない。

だが、重い。


もし、災害が起こったとき、どれほどの人間が生き残れるのだろうか。

人間は退化しているのではないか。

それともヒカリゴケ事件のように、極限状態まで陥れば人間何とかなってしまうのだろうか。悪い意味で。