1154th  死んでもらっては困る | おはこの「大切なことは唯ひとつ」

おはこの「大切なことは唯ひとつ」

人は何のために生まれてくるのか。
そして、何のために生きるのか。
10数年ほど前のある日、僕はこの人生最大のテーマに対する一つの答えを見つけることができました。
「大切なことは唯ひとつ」だったのです。

僕はよく生きていてもしょうがないと思うと書いていますが、その意味は霊的修行者ではない方とは本質的に違います。

地上の価値観に基づいて生きている意味がないと考えるのでありません。

もちろん、肉を着て、肉の脳を使って生きているとは言え、一面においては幽体や霊体を成長させる技法を毎日行なっているのですから、地上の価値観や地上で必要とされていることがあまりにも馬鹿馬鹿しく感じてしまうことがありますが、それだけではない何かもあるのです。

何かとは、要するに霊的修行者として、非常に高度な霊的な技法を教えて頂きながら、なんの役に立つこともなく、のうのうと生きていることが腹立たしく感じられることです。

目先のやれることをと思い、このブログを更新しているのですが、もっと効果的なことをじっくりと時間を使ってやるべきではないかと毎日のように思っています。

しかし、思うだけで何年も経ってしまっているのです。

自由意思ですから、肉体が滅びるまでは生きるか死ぬかは自身の判断に委ねられるわけですが、今の状況では到底生きている価値はないと思っています。

ただ、他の奥伝までいかれた霊的修行者の方にお聞きすると、死んでも存在は残るので、消えてしまいたいと仰る方が少なくありません。

その理由はさまざまでしょうが、死んでも幽質界に入るということを心から信じておられる方がほとんどでしょうから、それでは本質的になにも変わらないと思われるのでしょうか。

実際に僕などはどの面さげて守護霊や指導霊に会うんだという自責の念があります。

そう考えると消滅してしまうのが一番幸せだと僕も感じてしまうことがあります。


さて、このブログを読まれて何かを感じられた方は、是非、今日からすぐに始められる霊的トレーニング を実践して頂き、水波霊魂学 早わかり わかりやすい霊魂学 霊魂通信(「霊魂イエス」「ムーの大神人」) 霊をさぐる 弁慶と弟子 ねこメット動画 (修行仲間の方々が作られた動画が全て見れます)などをご覧になって頂ければと存じます。


ところが、そんな状況でも高貴な方々は霊的修行者に期待されておられるようです。

地上でしか出来ない霊的な活動があるからです。

それは、より多くの方々の霊的目覚めのために活動することです。

幽質界に居ては、人と言う霊的生命体のために出来ることは非常に限られているのです。

全く異なる世界だからしょうがないのですが、だからこそ、キリストは神に逆らってまで地上に降りられたのです。

そうなると、もう今地上で生きている霊的修行者に期待するしか選択肢がないのです。

死んでもらっては困るのです。

出来ることならば死んだ人でも生き返らせたいようです。


霊的な目覚めにしか救いはありません。

本当に必要なのは神伝の法だけです。

肉は維持しなければなりません。

しかし、維持することだけが目的であれば意味はありません。

人は本来動物ではなく、地上の存在でもなく、霊質界に入ることを目指す、幽質界の存在だからです。

それを知らずに本当の幸せを知ることなど絶対にありません。


大切なことは唯ひとつ・・・・・。

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