自分と同じ人が世界には三人いて、他の二人を見ると死んでしまうという話があります。
これは恐らくドッペルリンガーと何かの話が混ざって、そのようなことが言われるようになったのだと思います。
ドッペルリンガーとは、自分の姿を第三者が違うところで見るまたは、自分で違う自分を見る現象のことで、自ら自分の「ドッペルゲンガー」現象を体験した場合には、「その者の寿命が尽きる寸前の証」という民間伝承です。
ドッペルリンガーは医学的に脳の障害が言われていますが、個人的には霊的な現象の場合もあるのかと思っています。
霊魂学では、人の肉体と幽体が完全に離れてしまった状態が死ですので、そのちょっと前にそのような錯覚のようなものを肉の脳が知覚するということはあり得るのではないかと考えるからです。
それでは、自分と同じ人が世界に三人いるという話はどうでしょうか。
これは根も葉もない話だと思われる方が多いでしょうが、僕は霊的な視点で見れば、あながち間違いではないと思っています。
実は再生の仕組みというのは霊魂イエスで触れられているよりも更に複雑で、幽質界にいるいくつもの本体も自分であるとするならば、そこからほんの一部が地上に再生された自分というものは一人だとは限らないからです。
これ以上のことはネットでは書けませんが、お互いに憎みあい、殺してやりたいとまで思っている二人の人間が、実は霊的には同一人物だということはあり得る話なのです。
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人は自分自身の正体を知りません。
そして、残念ながら地上で生きながらそれを知ることは出来ないでしょう。
肉の脳の理解を超えているからです。
幽体のことは幽体の脳でしか分かりませんし、霊体のことは霊体の脳でしか分からないのです。
そうなるとそれをも全て超越したところに存在する自分自身の正体など知りようもないのです。
しかし、その一端は直感として分かる場合はあると思います。
霊魂学が間違っていたらどうするのですかと問う方がいらっしゃるでしょうが、だからどうということはありません。
あの世など無くて、肉が滅びれば全てが消えるというのであればそれはそれで大歓迎です。
煩わしいことが全て本当に消えるのですからこれほどの幸せはありません。
問題は、霊魂学のいう霊的世界と事実がかなり異なっていたケースでしょうが、それもしょうがないと考えています。
自分が心から信じた結果ですし、そもそもこの世でもあの世でも強く望むことや本当の拘りなどというものが感じられなくなっていますから、違っていたらそれはそれでその時に対応するしかないなと思っています。
霊的トレーニングをやったからといって、それに対するご褒美を期待する気持ちは全くありません。
ただ、霊魂学を信じていますし、霊的トレーニングの積み重ねで実感していることがあるので、何とかやるべきだと思うことくらいはちゃんとやっておきたいなと思っているだけです。
決して不真面目ではないつもりですが、肩に力が入るという感覚は全くなくなってしまいました。
せっかく今の時代に日本に生まれて、霊魂学や神伝の法を知るところまでいらっしゃったのであれば、何とか目覚めて、もう一歩二歩と前に進んでくれる方がもっともっと増えたら良いのになあと思っているだけなのです。
人に自由意思がある以上、そんなことを思いながら、少しばかりの霊的活動をさせて頂くほか出来ることはないのです。
大切なことは唯ひとつ・・・・・。
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