念 | おはこの「大切なことは唯ひとつ」

おはこの「大切なことは唯ひとつ」

人は何のために生まれてくるのか。
そして、何のために生きるのか。
10数年ほど前のある日、僕はこの人生最大のテーマに対する一つの答えを見つけることができました。
「大切なことは唯ひとつ」だったのです。

昨日、念についてちょっと触れたので今日はそのことを書かせて頂きます。

まず、最初におさらいですが、人間は、物質界で生活していますから、当然物質の身体である肉体を使って生活しています。

この肉体が滅びることを死とされているわけですが、肉体にも個我があり、意識があるので、当然肉体は自分自身であるその身体が滅びることに対しては最大の恐怖があります。

だから、誰でも死に対する恐怖があるのです。



さて、肝心なのはこの先で、何度も書かせて頂いているように人間という霊的生命体の本来の住みかは、幽界です。

したがって、そこでは幽体という幽質の世界の波長にあった身体を使うわけです。

幽体は、食事も睡眠も生殖活動も欲しませんから、物質界でほとんどの方が望む物は必要とされません。

もちろん、身体維持のためにお金がかからないのですから、物質界のような仕事はありません。

上層や上級幽界では、霊的進歩、向上のための仕事がありますが、物質界のような労働はないのです。

大きな意味での修行が仕事のようです。



人間は、物質界に生まれ変わってきても、本来の身体である幽質を併せて持っています。

この幽体は、肉体とタブって存在し、霊的に健全であれば、間気というものが接着剤の役割となって、肉体と幽体はくっついています。

逆の言い方をすれば、この間気によって、肉体と幽体はきちんと密着しているのが正常な状態なので、間気の不調や不足によって、肉体と幽体が密着していない状態になると、霊的な不調を起こして、幽体から正常なオーラが出なくなります。



そのような状況になれば、当然、守護霊 や指導霊といった、自分にとって霊的に必要な高級霊魂とは交流ができなくなり、邪霊や未熟な霊魂たちとの交流ばかり深まって、霊的にはもちろんのこと、現実の生活でも霊障といわれる不幸な出来事が次から次へと起こってくるわけです。



本題に入りましょう。

昨日書いたように、いわゆる人間社会で善人とか人格者と言われる方であっても、或いは有名人や成功者と言われる方であっても、霊的な状況は悪いということはあり得ます。

現代社会においては、霊的状況が悪い人のほうが圧倒的に多いでしょう。



一般的な宗教からイメージされる倫理観や道徳観で判断すると、善行を繰り返して、本当にみんなから尊敬されている人がなぜ霊的に悪い状況になるか、とても不思議に感じる方は多いはずです。

ところが、現代社会では、常に競争にさらされています。

小さい頃から勉強で競争させられ、社会人になってから、さらに厳しい競争にさらされます。

競争をして、他の人よりも良い結果を得るということは、そうではない人からの妬みや嫉妬、あるいは競争でつぶれてしまった会社があれば、その会社にいた人からの激しい憎しみなど、生きるために、家族のためにがんばったことは、逆に多くの人の不幸を生みます。

ある意味、成功すればするほど、より多くの人を不幸にするのです。



そして、わけのわからない逆恨みもあります。

勘違いで、真剣に他人を呪う人までいるのです。



従って、普通に、善良な市民として生きていても、人間同士の摩擦が全くなく生きていくことはできませんので、他人からの悪い念を常に受ける可能性が高く、その念の力で幽体が損傷してしまうのです。

そして、ここが一番大切なところです。

幽体も肉体同様に怪我をしたり病気になったりするのです(正確には物質ではないので怪我や病気とは異なりますが、同じように損傷したり、不調をきたしたりする、という意味です。)。

幽体自体がとても元気で力があれば、ある程度自然治癒ということもあるのかもしれませんが、ほとんどの方は幽体自体の力も強くないので、損傷したり、不調をきたしたりすれば、悪化することはあるにしても、治るということは普通ありません。



こうなると昨日書いたように、幽体から正常なオーラが出なくなるので、自分の人生において最も交流をしなければならない守護霊 や指導霊からはあなたのことは全く見えなくなり、助けるにも助けようがないという状況に陥ります。

そして、幽体のレベルが落ちれば、その落ちたレベルに合った、未熟な霊魂や邪霊というべき霊魂がやってきて、更に幽体のレベルが落ちるわけです。

そうなれば、当然、現実の生活もどんどん悪くなり、最悪なのは、死後、幽体の低いレベルに応じた下層幽界で生活することになり、まさに地獄の苦しみを、物質界での時間に直すと何百年、場合によっては何千年も味わい続けるのです。



現代社会では、幽体を健全な状態にするには、霊的トレーニング 、特に「神伝鎮魂法の初伝」を日々行うほかないと僕は思っています。



残念ながらこれが現実です。

信じるも信じないも、まさにあなたしだいですが、ご興味を持たれた方は、是非、わかりやすい霊魂学 霊魂イエス を読んで下さいと申し上げておきます。

今、この瞬間も未熟な霊魂や邪霊の影響で、とても危険な状態にある方が多くいらっしゃると危惧しています。

だからこそ、少しでもご自身の感性が霊魂学 に何かを感じられるのであれば、すぐに行動されることをお薦めします。



一瞬の右か左かの判断が、人生を大きく変えてしまうことは、どなたでも経験上よくご存知のはずです。

人生にマッタはありません。



今がまさにその瞬間なのかもしれません。


大切なことは唯ひとつ・・・・・。



※ 契山館 霊魂学 霊的トレーニング 日々の生活における修行 について更に詳しく知りたい方は、契山館 が管理する以下のサイトをご覧頂ければと思います。



霊をさぐる  

たましいの帰り道  

霊的世界への探求  

大霊力  



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