初めてのオペ~肺動脈バンディング~ | にこにこ花火

初めてのオペ~肺動脈バンディング~

姫が入院してから、毎日片道1時間かけて、病院へ通いました。


姫が入院した病棟は、心臓病の子の入る循環器病棟でした。


愕然としました。


酸素マスクが必要な子、寝たきりの子、極端に小さい子…。


お兄ちゃんはここまで順調に育ってきただけに、目にしたことのない


状態の子供達がたくさんいました。



後からわかったことですが、姫の病室は通称「重症部屋」。


ナースステーションの目の前の、何かあってもすぐに飛んでいける場所だったのです。


オペ直後でICUから一般病棟へ出てきたばかりの子だったり、


まだ月齢が浅い赤ちゃん達が入る部屋でした。



病状が安定してきたり、落ち着いたりすれば、ナースステーションから少しずつ


離れた病室へ移っていきます。病棟のお母さん達はそれを「出世」と呼んでいました。



みんな小さな体に何かしらの機械をつけて、部屋は機械の「ピッ、ピッ」という音で


うるさいくらいです。


姫もサチュレーション(ってみんな言ってた)の機械を付けていました。


血中の酸素飽和度を見るためのものです。健康な子ならば98とか99とか


100に近い値を示すらしいんだけど、姫は70前後でした。


泣いたりすると、あっという間に50近くまで下がり、機械がピーピー警報を出します。



こんなに酸素が行き渡らない状態だったんですね。ミルクもろくに飲まないで、


よく体重を増やしたもんです。



姫はまだ生後1ヶ月。ミルク飲んで、泣いて、寝て…の繰り返しで、私はベッドのそばで


いろんなことを考える時間がたくさんありました。


あの時期はものすご~く後ろ向きで、悪いことしか考えつかなかった。


精神的にもかなりまいっていて、頭痛がおさまらなくなりました。


頭痛というか、すごく頭皮に近いところが痛いんです。ひどいときには耳まで痛くなる…。


私の母は、「具合が悪ければ姫のことは看護婦さんにまかせて家で休みなさい。


事故でも起こしたら、元も子もなくなるよ。」と言っていましたが、そんなことできはしないのは、


わかっていたみたいです。



心療内科にもかかって、安定剤を出してもらっても痛みは取れず、毎日鎮痛剤を飲んで


がんばっていました。



3月3日、お兄ちゃんを保育園へ送って、いったん家に戻ると、実家の母から電話がありました。


母「今、先生(循環器の担当医)から電話があったよ。家に電話しても留守電だったからって。」


私「ええっ!何だって?姫になんかあったの?!」


母「わからない。病院に向かってると思うっていったら、それならいいですって切っちゃったから…」


私「!!!!!」


もう半泣きです。姫になにかあったのか?だって昨日は何ともなかったのに…。


あわてて病院へ電話すると、しばらく待たされてから先生が電話に出ました。


オペ室が空いたから、急だけど3月6日にオペができることになった。予定の都合はつくか?


とのことでした。



・・・・・・・・・。よかった~。何かあったわけじゃないんだ。・・・・・・・・・ほんっとによかった~。


都合なんてつきます!っていうかつけます。お願いします。っていうノリでお願いして、


電話を切りました。すぐパパの会社に電話して、休みの都合をつけてもらい、姫の元へ。



到着すると、姫はすでにバタバタとオペ前の検査に追われていました。


「肺動脈をキュッとしばって、圧力を下げるだけのちょちょいのオペ」だったのですが、


もちろん、術前の説明では考え得る合併症など、恐ろしくなるような話をたくさん聞かされ、


それでもやります。というサインをさせられました。



ここまでは鮮明に覚えているのに、肝心のオペの日のことは、またしても覚えてません…。


何時間だったのかも定かではない…。ただ、このオペの後、あれだけいろんな薬を飲んでも


治まらなかった頭痛がケロリと治ったことだけはちゃーんと覚えています。