至誠塾 過去の日誌 タイキダス

太気拳至誠塾の 塾生による本部・支部の過去の稽古日誌
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気の拳法! 太気拳!

至誠塾の 気の戦士たちによる

本部・支部の過去の稽古日誌

太気拳珍道中

東京柴又本部道場、高田馬場での最新ニュースと 修行の様子を日誌形式でレポート!
(2010年4月分まで)

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ナニワ拳法道

大阪支部の最新ニュースと修行の様子をレポート! (2009年分まで)

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猪名川牛の穴日記

大阪支部の武田氏による日誌 (2010年4月分まで)

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みちのく太気晩成「漂えど沈まず」

2007年3月18日に支部開設となった山形支部 山形支部の皆さんが稽古の様子をお届け致します!(2009年分まで)

2007年分  ・2008年分  ・2009年分

 

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 (入塾の際の・期待や不安等・質問受付中です(^^♪)

 

太気拳「気」と「立禅 」 気(意念)というものを重視し、 型をなくした革新的な拳法  気の覚醒~発揮!    気の覚醒へ・・一撃必殺の技は気なくしては望めない。   

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「最後はすべてが太気に・・。」「最後はすべてが太気になる」 拳聖:澤井健一の言葉です。脳と神経をつなげるという能力開発を行う 次世代武術・・気の覚醒・・太気拳は、我々の代で、 途切れさせてはならない 後世に伝えていかなければならない:貴重な文化遺産です。太気拳至誠塾では、ホーームページで・・こう謳っています。 後世に伝えるために・・ツイッター フェイスブック ユーチューブ等で・・太気拳至誠塾tokyoブログと連携させて 広報活動を始めました。多くの方々の閲覧・・感謝いたします。ありがとうございます。  皆様と直接の窓口は・・以前と同じように・・メール とさせていただいております。 来るべき太気拳30万人時代への道を、 至誠塾で、ともに歩みませんか。

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最近では、私にとっての太気拳は、武術に留まらず、思想や哲学のような存在となり、毎日の暮らしに欠かす事が出来ない"教え"となってきました。
この間、「身体操法」・「瞑想法」・「呼吸法」など、太気拳の持つ素晴らしさを、存分に体験することができましたのは、 高木先生をはじめ、諸先輩方のご指導の賜物と、感謝しています。


巷間の道場では決して学ぶことができない"心身を鍛える"ノウハウをこの至誠塾で、具体的に学べたことは大きな収穫でした。
今後は、この教えに乗っ取り、じっくり、マイペースで「心・技・体」をバランス良く強化していきたいと思います。
 
そもそも、三日坊主の私が、今日も太気拳を続けられるのは、太気拳のメソッドが 私にフィットしていたからだ と思っています。

 

例えば、自然と一体になる瞑想の「立禅」。

この稽古はいつでも、どこでも、好きな時に、一人で出来ることが、好都合でした。
また、立禅などの基本稽古を毎日続けているうちに、"身体が変わる"という実感が得られるということも、 
太気拳に傾倒していった理由の一つだと思います。
揺りにしろ、這いにしろ、最初はギクシャクして、形もへったくれもないものが、続けている内に、 だんだんスムーズになり、
いつしか力強くできるようになる。 こうなった時の達成感はやみつきになります。 思えば、世の中に数多に存在する武術の中で、太気拳、それも高木先生の至誠塾に入門できたことは奇跡のようなことでした。
数年前、現在は東京でご活躍中のSさんが昇段の挨拶で 「武運があったからこそ、太気拳に巡り会えた」と語られましたが、
私もこの言葉に共感している一人です。
澤井先生が興され、今日、高木先生が伝える、太気拳の世界に関われて、本当に幸せです。

異国の地で王郷斉先生より~、
「日本人に教えたのでなく、澤井に教えた」と いう一言が全てを物語るように、 この拳法を日本に根付かせた 澤井先生の功績は、
古の遣唐使に匹敵する偉業と 万人から称えられる日が 必ず来ると信じています。
しかしながら、澤井先生の時代は、激しい組手の連続で、脱落者が絶えなかったそうですから、 もし私がこの時分に入門していたとしても、太気拳とのご縁はなかったかも知れません。

そう考えると、私の幸運は、この苦い時代を体験した高木先生が自ら、 万人向けに改編した至誠塾に入れたことに尽きると感じられるのです。
至誠塾の昇級システムの基本は稽古の出席日数ですが、 この仕組みを支えているのが、"努力はいつか必ず実を結ぶ"という、
太気拳独特のエビデンス(証拠・根拠)です。
澤井先生は武術を極めることを・・、山に登る事に例えて「幾通りの登山道はあるも、頂上にたどり着ける道は、そうあるものではない。 太気拳は、まさしく頂きまで通じる道だ」とおっしゃったと言いますが、私もやっとその意味がわかるようになりました。

今後は、このお言葉を信じ、ひたすら精進することこそ、偉大なる先達に報いることだと思います。
そして、いつかは、この大事なバトンの一つを つないでいく使命を全うしたいと思います。

塾生A
 

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過去の日誌

 

2007年3月18日に支部開設となった山形支部

山形支部の皆さんが稽古の様子をお届け致します!(2009年分まで)

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6月28日(日)  タンスにゴン!コツバン(骨盤)でバンッ!
番場蛮(侍ジャイアンツ・・ある世代にはわかる)! by 徳右ェ門

塾長講習会編

暑い、暑い、蒸し暑い・・・そんな6月28日(日)山形支部では今年2回目の塾長講習会が行われました。

朝、早めに起きた私・徳右ェ門はさっそく家事(といっても食事作りではありません)を黙々とかたづける。 ヒーターの掃除・収納、ゴミ出し、亀の水槽掃除 (息子達がまだ小さい頃、縁日で買ってやったミシシッピー赤ミミガメ・・・俗にいうミドリガメ。 当時は5センチ程度だったが今は20センチ程までビッグになっている。 当然息子達は興味を示さなくなったので餌やり、清掃は父の仕事なり)、 育ち盛り食べ盛りの息子二人がいるため米の消費量はすごい、ということで精米しにいく。 ここまでで汗が滝のように流れ、シャツを一度交換。 太気稽古に気持ちよく送り出してもらうには家事をすべてかたづけることが最低必要条件なのだ。

 

次に来年早々に予定している49歳の厄払いの実行委員会へ顔を出す。 あぶない、アブナイ、危ない、ABUNAI、あわや実行委員長をさせられるところだった。 今でさえいろんな役職を押し付けられて溺れる寸前なのだ、これ以上は引き受けるわけにはいかない (人生を楽しむ時間のロスになる。ま、経験を積むという意味では役員はなんらかの形で自分のプラスにはなっておりますが)。 なんとか平(ひら)実行委員におさめていただく。 昼前終了。

 

時計を気にしていたのだが、これから出発しても高木先生御到着の12:39まで新庄駅に辿り着くのは到底無理。 焦りは事故のもとと自分を落ち着かせる。 法定速度を20キロ程オーバー程度で新庄へ向かう。 昼メシを食っている暇はない。

思いのほか早めに到着。 高木先生は佐藤嘉道先生に山形名産「佐藤錦」を地方発送されているようで、こちらの到着時間的にはちょうどよかったと思います。

とりあえず、お茶。ということでいつもの喫茶店へ。 本日集まったメンバーは不自由先生はもちろん、鉄扇のアニキ、ウルトラQさん、ケダモノさん(詳細は後記) 素蟹さん、そして私・徳右ェ門です。 この喫茶店のママも少しづつ我々に慣れてきたのか以前のような驚愕の表情はしなくなってきた (我々がパワーダウンしたのか、ママがパワーアップしたのか)。 私と素蟹さんは初めてなので「お初の挨拶」。

佐藤嘉道先生に関する話に皆真剣に聞き入る。
骨盤力の話になり、だんだん高木先生が動きたくて動きたくて仕方なく、うずうずしてくるのが横に座った私にはビンビン伝わってくる。 「じゃー、行きますかー!」との高木先生の一言で稽古場へ。

今日は屋外のいつもの稽古場。
着替えて、さっそく立つ。 目の前の変形気味の巨木を前に立っていると飽きることはない。 また今日も隣の野球場、頭上の陸上競技場はにぎやか。 立禅の最中も隣の野球場からは歓声とウグイス嬢の声が、上の陸上競技場からは中学のトラックレースの結果がアナウンスされてくる。 立禅を終えた後、(集中していても上からのアナウンス(レース結果)が耳に入ってくる)高木先生が一言 「金山(不自由先生の母校)全然ダメですねぇ(笑)」

太気体操の後、稽古開始。
今回のテーマは「内臓をつかんでぶつける」「400の筋肉、200の筋肉、200の関節を自由自在に動かす⇒骨盤力」です。

高木先生を真似て動いているつもりでも何かぎこちないのが自分でもわかるし感じる。 高木先生曰く「ちょっと違うような気もしますが、気持ち良くやっておられるので、ま、いいんじゃないですか(笑)」 「ところでそのTシャツ、徳さんをデザインしたものですか?」 「えっ!?いやいや違います。新崎人生です」(と何年か前プロレス会場で購入し人生のサイン入りTシャツをひけらかす)

ケダモノさん(今回からヤッサン改め。ゴッドファーザーは高木先生。出世魚のように四股名は変わってゆくのであった)が 高木先生より「すばらしい!」を連発される。 さすが一番稽古熱心なケダモノさん(くどいようですがゴッドファーザーは高木先生)の上達が素人目の私にもわかる (私も頑張らねば・・・)。といいつつ「獣以上のケダモノですね!」と合いの手を入れる私。

素蟹さんも若さもあり動きがイイ。
高木先生の技の説明もどんどん輪が広がっていき、最初の内容からどんどん遠ざかっていく。そこへ不自由先生 の「先生、それはおいといて、○○の説明をお願いします」とツッコミが何度も入る。 そして高木先生の素早い身のこなし!「ババババン!!ンー、バン!ンー、バン!」と あの場にいた者にしか頭に浮かばない擬声(至誠塾の方ならおわかりかと思いますが)。

毎度のことながら習った内容を文言化する能力は私にはありません。
印象に残っている高木先生の言葉は「脳に叩き込むのは回数、山を動かそうとするのは意識」という言葉です。

3時間半の稽古はあっという間でした。

残念ながら私はスペトレは欠席。 高木先生に「魔斬」を手渡す。また鉄扇のアニキには好物の「蕎麦の実」を。

いつものように帰路の車中は全身疲労で睡魔との戦い。 「奥が深く、手が届きにくいから嬉しいし、やりがいがある。私にとっての太気拳はそんなものです」 

タンスにゴン!コツバンでバンッ!番場蛮!です。
ドリフターズのババンババンバンバン♪もありましたな。

講習会報告遅れてすいません。 もっと書くべきことが沢山あったのですが、今思い出せるのはこれくらいです。 次回は最近思っていることを書きます。 修験・五感をテーマに・・・

 

 


 

2月22日(日)  ~忘れてしまいたいことが忘れられず、忘れたくないことがどんどん脳裡から消えていく~ by 徳右ェ門

高木先生「山形講習会」編

あれから2ヶ月以上たってしまいましたが「私の教科書」を基に脳味噌を雑巾の如く絞り、記憶を手繰り寄せて書きました。

2月22日は高木先生をお迎えしての「山形講習会」。 車で行って帰って来るつもりだったが、やはりスペトレせずに帰るのは男が廃る(?) と変に真面目な自分が起動し、電車で行くことにしました。

駅まで女房に送ってもらう。最近「新庄に行く」というだけで何をしに行くかも聞いてくれなくなりました。 駅に着き、立ち食いうどんを頬張る。 11:43の新庄行きに乗車。 車内で「私の教科書」に目を通す。書いていてよかった。忘れていることも多い。

 

12:49着。

 

皆の姿が見えないのでウロウロしていると、ヌゥっと巨大な影が!銀角さんでした。 「お迎えにあがりましたよー!」とその巨体には不釣合いな笑顔が眩しい。 

ロビー横のホールのテーブルに皆さんが待っていてくれました。 今回のメンバーは鉄扇のアニキ、銀角さん、ウルトラQさん、ヤッサン、銅線さん。 「やー!徳さん!いやー、一段と貫禄つきましたねー!」高木先生の笑顔に迎えていただきました。 貫禄がついたのではなく、ただ着膨れしているだけです。寒さと暑さに弱い虚弱体質の私は、 この雪国の中の雪国である新庄は極寒に感じます。 鉄扇のアニキよりイタリア土産のワインを頂戴する。ありがとうございます!

練習場である市民プラザまで皆で歩く。 昔は栄えたであろう中心街も今はすっかりシャッター通りと化している。人もまばら。 その中を一風変わった(?)団体が歩を進める。 高木先生の荷物を積んだ不自由先生は車で移動。この年季の入った不自由先生の車、変な音をたてながら走る。

市民プラザの音楽室が今日の稽古場。

 

早速、立禅に突入。 高木先生の試声が音楽室にこだまする。 高木先生曰く、今回の目標も私・徳右ェ門に10回以上メモさせることとか。

さっそくテニスの伊達選手のスーパーボディの話をメモする私。 高木先生は何か話すたびに「書かなくていいですか?(笑)」と私に牽制球を投げてくる。堪えきれなくなってメモする私。 そういえば不自由先生も熱心にメモをとっておられた。

 

相変わらず高木先生の動きは凄い。とてもじゃないが、あのレベルまでは生涯辿り着く自信はありません。

腕回し歩行の練習は凄いです。 いい年をしたオヤジたちの団体がこんなことをしているのを般ピー(一般ピープルです、はい)が御覧になったら引くこと間違いなし。 私も女房子供には決して見せられません。 見られてしまったら四谷怪談の女幽霊のように「見・た・な」と振り返るしかありません。

稽古内容を文章化するには私の筆力では到底及びませんので割愛させていただきます。 これを読んでくださる皆様にわかるように書くには「バッときてサッとっやってビュっといってバーンといく」で充分だと思います。 あと箇条書きにすると ・身体を釣竿のように ・エネルギー不滅の法則 等々

高木先生の言葉を借りれば「すぐに説明できないところが太気拳のいいところ」でしょうか・・・。

 

16時半で稽古を終え、スペトレへ向かう。 高木先生がホテルにチェックインしに行かれている間、本日のスペトレ会場である「屯」という店へ向かう。 しかし予約が17時からとなっていたため、しばし「待て」の調教を受ける。 仕方なく、銀角さん、ヤッサン、私の三人で酒屋へ入り「テーブル飲み」をやることに。 ここの酒屋のかぁちゃんが凄かった!見た目は酒屋のおばさんなのにワインに凄くくわしい。ソムリエ並み。 年代物のワインを飲ましていただきました。 「これ、そのワインに合いますよ」と出されたチーズ。早速、銀角さんが手にとり口の頬ばる。 ん??・・・様子がおかしい。 「どうしました?」尋ねる私「・・・・」表情が動かない銀角さん(苦しそう)。 涙目になった銀角さん「食べるとわかる・・」。 私は警戒しながら2,3ミリほ口に含む「・・・・」パニックになりすぐに飲み込む。 「まずい!!!」こんなマズイものを食べたのは何十年ぶりだろうか、と真剣に身体が反応する。マジに臭くまずかった。 「おかぁさん、これ食べれないですよー」 そこへ不自由先生と銅線さんも現れる。 私と銀角さんは「先生、これ、いけますよ!おいしいです!」と不自由先生におススメする。 「え、どれどれ」不自由先生が大きな塊を口に放り込む・・・・「ホントだ!美味い!!」 「信じられねー」私と銀角さんはマジマジと不自由先生の顔をながめる。 不自由先生の胃袋と味覚は常人とは掛け離れていることを再認識しました。 私も銀角さんも生涯二度とアレを口にすることはないだろう・・・。

 

15分ほどで年代物のワインを空にした一行は「屯」へ。 高木先生もいらっしゃり、スペトレのゴングが鳴る。 今日のスペトレも中味はどろどろに濃かったです。

・極意の話
・達人と名人の話
・カレンバッチ先生の話
・平常心の話
・タイガーウッズの話
・石川遼選手の話
・二人の横綱(朝青龍・白鵬)の話 等々

いっときも目も耳も離せない話題の連続でした。あとで整理しようと要点とか単語だけをメモする私。 動きと同じでその話にも高木先生のスピードにはついてはいけない。

電車時間の関係もあり私と銀角さんは後ろ髪を引かれる思いで20時過ぎに駅へ。 ホームで銀角さんと別れた私は電車に乗り込むと早速ノートの整理を始める。 窓のところの棚には駅売店で買ったワイン。 それをラッパ飲みしながらノートにペンを走らせる私。 周囲の客にとっては変な酔っ払いが真面目な顔して何か書いてる、と映っているのでしょう。 私の周りには誰も座らない・・・

今日も収穫の多い一日でした。 身体でも習得はナメクジの如しですが、ペンでの頭での習得はまずまず、かなぁ・・・ こういう習い事は理屈ではなく身体に染み込ませることが根本なのはわかっておりますが、私自身に素質のかけらもない。 せめて高木先生の講義内容に感動を覚えるだけでも1ミリ前進と自分を慰めております。

ということで「私の教科書」は一冊目使いきりました。二冊目は厚い大学ノートにするつもりです。

あー、もっといっぱいいろんなことがあったはずですが、今の私の脳内状況では以上のことを思い出すのが精一杯です。 やはり熱いうちに文章化しとくべきでした。 鉄でも何でも熱いうちに打つべし!打つべし!えぐり込むように打つべし!ですなぁ・・・

 

 


 

2月11日(水) 白雲一片去悠悠 by 徳右ェ門

今年の山形の冬は短いのか・・・ 例年だと真っ白なのに今年の建国記念の日(11日)は春のような陽射しと気温です。 前夜(10日)に不自由先生に電話し、 美味いラーメン屋を紹介するので個人授業(コンナ映画昔ミマシタな)を施してくれるようお願いしました。

 

昼に町の体育館で待ち合わせいたしました。 早速ラーメン屋へ。さすがに混んでおり、すぐには席には着けない。 それでも回転率は良いようでほどなくテーブルが空く。

 

「何が美味いんですか?」(不)
「普通のラーメンが評判です」(徳)
「ほー、じゃ、バラ肉ラーメン大盛」(不)
「先生、ラーメン道をわかっておりませんねぇ。初めての店で食べる時は普通のラーメンですよぉ。普通のラーメン でその店の評価が決まるんですよ」(徳)
「いや、もう二度と来れないかもしれない店にきたら自分の食べたいものを食べるんですよ」(不)

 

相変わらず食べ物に関しては頑固な不自由先生です。 出来上がってきたバラ肉ラーメンをパシャリと写メする先生。ブログに載せるとのこと。 私は午後からの稽古のことを考えラーメン普通盛で腹七分目におさえる。

 

そして体育館へ。 そしたらなんとバスケットの大会が行われていて使えないとのこと。 ありゃりゃ・・・ 今日は天気も良いし外でやりますか、ということになり高台(というか小さな山)にある公園へ移動。 八森公園だ。雪が残っているので売店も閉まっている。 アウトドアでジンギスカンができるのだが、そこもまだ冬模様。

雪はあるが寒くはない、心地良い気温です。 そこで立つ。

 

肌をなでる風、聞こえてくる遠くの鳥の囀り、青空のもと、ゆったり流れる大きな雲・・・ なにもかもが自然であり、その中で立っている自分も自然の一部になっている。 

まだまだ初心者であり、太気拳の「た」の字もわからない私ですが立禅にやることによる気持ち良さはわかってきているつもりです。

ただ、まだまだ身体が練れていないのを自覚しております。 不自由先生の動きを見て、理屈ではなんとなくわかっているつもりでも、まったく真似できません。

いつか辿り着けるのだろうか・・・・
明後日(22日)に高木先生をお迎えするにあたって、少しでも上達した姿を披露したいのですが、 まだまだ迷いの中です、霧の中です。

立禅をやりながら、大空を悠悠とながれる白い雲のように大きな人間になりたい、と切に願う私です。

 

 

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6月20日(金) 「悔いの残らない戦いでした」と、
言えるということ by 徳右ェ門

6月14日(土)午前8時43分、岩手宮城内陸地震が発生しました。 「その時」私は・・・・実は寝てました。前夜の就寝が遅く、まだまだ「夢の中」の状況でした。 しかし、その「夢の中」をぶち壊すには充分な「揺れ」でした。 瞬時に起き上がり、周囲を確認し地震であることを認識した後、家族の安否を確認する。

テレビで確認すると、こちらは「震度4」とのこと。 その後何度も余震が続きました。

震源地に近い鉄扇のアニキに連絡をとるが携帯の電波が閉塞されていて通じない。 何度目かのトライでなんとかつながる。 「家の中はゴチャゴチャになりましたが、人間は大丈夫です」とのことで一安心。

 

また、揺れの大きかった地域にお住まいの不自由先生に連絡をとる。 幸いなことに被害はない模様。 不自由先生も自分のところも揺れが大きかったにも関わらず鉄扇のアニキの安否を気遣い、 何度も連絡をとろうと試みていたようだ(電話がなかなかつながらず、だったとのこと)。

有事の際のアクションがその組織の力だと思います。 あらためて山形支部の結束力の強さを確認と確信した次第です。

この地震で尊い命を奪われた方々の御冥福をお祈りすると共に、御遺族の方々の悲しみをお察し申し上げます。


 

閑話休題

最近、市営の図書館をよく利用します。 手前味噌になりますが、今までの人生で読んできた本は結構な量であり、 また書籍を棄てることができない性格のため、本は増える一方。 ダンボールに整理し物置にだいぶ移したのですが、これまたすぐに溜まる。

今までは「本は買って読むもの」という自分なりの不文律があったので読みたいものは「自分のものにしてから」読む、 というのが徳右ェ門的な筋を通すやり方でした。

 

しかし、最近方針を変えました。

 

我々の税金で運営している図書館を利用しないテはないナ、と。 事実、買って読んでいない本も沢山あります (山積み状態なり・・・あるいは買ったのを忘れて同じ本を二冊目買ったことも一度や二度ではない・・・ アルコール性アルツハイマーですナ)。 物価上昇の折り、また自宅のスペース有効利用のためにも図書館を利用しようと方針を変えたのです。

 

前振りが長くなってしまいました。 会社の昼休みに借りていた本(五冊・・・すべて武術、格闘技関係)を返しに図書館へ。 入口に入ってすぐに某高校の美術展をやっておりました。 その高校は進学校として県内でもレベルの高い高校です。

案内文を読むと、三年生は受験勉強に専念する為、これが最後の展覧会とのこと。 いわゆる高校時代最後の作品ということになります。

ある女子生徒の作品に引き込まれました。 四作品ほど「おっ!」と背骨に響くような作品と出会ったのですが、そのうちの二作品が彼女の作品でした。

高校生とは思えない、テーマへの着眼点。 そして「若さ」という怖いものなしの気持ちの表れ(絵に対して私はド素人です)。 

何度も彼女の絵の前で立ち止まり、引き込まれました。 筆さばきはまだ未熟なところはド素人の私にもわかりましたが「想い」は充分伝わってきました。

パンフレットをいただいてながめてみました。 彼女は美術部の部長のようでした。 
また、コメントが素晴らしかった。
「悔いの残らない戦いでした。ありがとうございました」というコメントでした。

 

間もなく部活を引退する身として2年2ヶ月の「悔いの残らない戦い」だったのか、 あるいは、今回の展覧会に出品のためのキャンバス、そして絵の具、筆との格闘の末の「悔いの残らない戦い」だったのか。
年端もいかない健気な女子高生の戯言と言ってしまえばそれまでですが、私は認めます、こういうの好きです。
いずれ彼女も進学し、社会に出て、世の荒波にもまれていくのでしょう。 世の中って自分の思い通りにはいかないものだと思い、そこで地団駄踏んだ後、涙を拭き、 あきらめ「一山(ひとやま)いくらのバナナ」の房の中の一本になっていくのか、 それとも、自分を信じ、自身からオーラの出るような人生を歩むのか・・・・

私的には「一山(ひとやま)いくらのバナナ」にはなりたくありません。
いよいよ明後日(6月22日)は高木先生をお迎えしての稽古です。 支部生一同楽しみにしております。 半年ぶりの「生(なま)」の高木先生です。

 

「一山(ひとやま)いくらのバナナ」にならない為にも 「町人」とは違った人生を太気と共に歩んでいきたいと自身に祈念する徳右ェ門でした。

 

 


6月15日(日) 岩手・宮城内陸地震 by 岩手県一関市在住 Oさん

 

今回の地震で最も大きく被災した、岩手県一関市在住のOです。 この度の岩手・宮城内陸地震では皆様にご心配をおかけし、申し訳ございませんでした。 すでに山形支部長・不自由先生からお聞き及びのことと存じますが、お陰様で怪我もなく、ライフラインにもまったく影響はございません。 不自由な避難生活を強いられることもなく、自宅にて平常とあまり変わらぬ生活を送っております。 ただ、少々家の中が散らかっている・・・という有様でございます。

 

「半壊」と言えなくもありませんが、建物自体に損傷はなく、 膨大な書籍、CD、DVD、ビデオ等が各室に散乱し、足の踏み場がない、と言うのが正確なところではないかと存じます。 ニュースで被害が報じられている地域は、一関市の西の外れのあたりでして、 私のところはそこから相当東に位置しておりますので、街中はさほどの被害もなく、見た目にはいたって平穏です。 大きな余震の可能性もあり、今からせっせと片付けをしましても徒労に終わる可能性もありますので、 余震が治まったらノンビリ片付けを開始しようと考えております。

しかし、・・今となっては笑い話ですが、 地震の最中は、決して「何事もなかったかのような」余裕のある状態ではありませんでした。 マンション8階の自宅におりましたため、横揺れが激しく、生きた心地が致しませんでした。 幸い和室におりましたので、家内に布団を被せて私が上に乗り、 ガラスの破損に注意しつつ、揺れの治まるのをひたすら待つほかありませんでした。 最上階のため、かりに建物が倒壊しても押し潰されることはないだろう、 と楽観的に見ている部分もありました。 澤井先生は「2階より高いところには泊まるな!」と 常々おっしゃられていたそうですが、なんともお恥ずかしい限りです。 来週の講習会:高木先生にご指導いただくことを今から楽しみにしております。


 


6月7日(土) チャンピオンは誰だ!? by 徳右ェ門

いろんな役員を押し付けられている関係で、週末は何かと忙しい。 本日も次男の中学野球の練習試合の同行を頼まれていた。 長男は休日にしては珍しく、試合がなく一日練習のみ。明日が遠征とのこと。

中学野球も高校野球も練習試合となると一日二試合が組まれる。 送迎役員は当然早朝から夕方まで拘束される。週末はハイヤーの運ちゃん状態なり。

今日は次男の試合の一試合目が終わったところで私の代わりをやってくれる方が顔を出しまた。 すかさず「○○さん、今日、私、急用でこれで帰らなければならなくなりましたので、あとはよろしくお願いしていいですか?」 と得意の(特異の?)人懐こい笑顔でお願いすると快く引き受けていただけました(決して威嚇はしておりません、はい)。

昼12時で帰宅。早速、不自由先生に連絡する。 「今日、稽古行けるようになりましたので場所を教えてください」 受話器(携帯)の向こうで不自由先生の得意の(特異の?)笑顔が感じられる。 昼食も一緒に食べる約束をし、一路新庄市へ。 覆面パトに注意しながらビュンビュンとアクセルを踏む。

 

13時半前、いつもの待ち合わせ場所の駅の駐車場に到着。間もなく不自由先生も到着。 昼食は私のリクエストでRというラーメン屋へ。 このRという店は本店が不自由先生の住む町にあり、何度か食べましたが、みそラーメンが 「素晴らしい!」ほど美味い。 量も凄い。野菜もたっぷり。大盛を食べるには体調がよくなければ私には無理(不自由先生はいつも平然と食べておりますが)。 店に入り、メニューをながめることもなく「みそラーメン」を注文。 他のお客さんもほとんどがみそラーメンを食べている。

ほどなくして注文したみそラーメンが目の前に。 揺らすとスープがこぼれるくらいのだくだく盛りです。 美味い、美味い。 前にココに来た時は「やはり本店より落ちるかな・・・」という感想を持ちましたが、今回は美味い!

スープも絶品!さすがに満腹でスープは飲み干せない。 徳「これに、ごはん入れたら美味いでしょうね」 不「そうでしょうね(笑)」 徳「先生はいつも大盛注文するんでしょ?」 不「そうですね。でも今日は昼メシ食ってきましたから(笑)」 徳「!!!!!!!(目が点)」 さすがです。大食は強運の源なり。 私も人並み以上に食べる方ですが不自由先生には足元にも及びません。 ジャイアント不自由・フジ曽根・不自由部屋・・・ 

満腹になった腹をさすりながら駅へ戻る。もうすぐ鉄扇のアニキが「お出まし」の時間だ。 14時3分の電車が到着。 改札で待っているがなかなか鉄扇のアニキの姿が見えない。 違う電車で来たのかな・・・とりあえず稽古場で待つことにし、 二人でエスカレーターに乗ったところで降り客の最後の方が改札を通ってしばらくした頃、悠々と鉄扇のアニキが登場。 登りのエスカレーターを降りようと試みる二人でしたが当然間に合わず(駅構内の人々の注目を浴びました)。 鉄扇のアニキがコンビニに入るのを確認し、階段を降りコンビニに向かう二人。 出口で驚かしてやろう、と目論むヤンチャな二人。 するとなんと買い物を終えると反対側の出口から出ていく鉄扇のアニキ。 「ありゃま!」なんとも気が合わない。 カロリー○イト・ジェルタイプを一気飲みしている鉄扇のアニキにやっとこさ追いつくことができました。 「変な人たち二人が追ってきたなと感じてはいたんですけど(笑)」(鉄)

鉄扇のアニキより不自由先生へ昇段祝いの品が手渡される。 立派な品(さて何だったでしょう!?ヒント鉄扇のアニキの名前の由来)。 私も欲しい・・・ナ・・・・、アニキ、むき蕎麦、また持っていくから、よろしくでござる。

 

そして稽古場へ。 いつもはあまり人気(ひとけ)のない公園なのに今日は車が満車状態。 どうやら社会人野球大会と地区の陸上競技会をやっているらしい。 ぐるぐる駐車場所を探してうろつく二台の車。やっとこさ田んぼの横に路駐する。

 

稽古場へ行くと「やっさん」(旧名「Sさん」)と「お菊さん」(旧名「Kさん})が既に立っておられる。 近くに行くまでお二人の姿を発見できなかったのは、お二人が景色と同化しているためか(高木先生の表現をお借りしました)。 

我々も早速着替えをし、立つ。 今日は道行く人々が多い、多い。それも家族連ればかり(子供の陸上競技会を観にきたのだろう)。 まとも人間の私には羞恥心が働く。 「きっと変な団体が変なことしてる、と思って遠巻きに見て行ってるんだろーな」 それでも立禅貯金のためにひたすら立つ。 最近の私のテーマは立ちながら「聞こえる音をすべて聞く」です。 鳥の囀り、野球の応援の音、陸上競技会のアナウンスの音、この稽古場の上の山にあるという鐘をつく音・・・・

 

太気体操、揺り(山で迷った時、綺麗な巫女さんが出ててきて「おいで、おいで」そして遭難のイメージ)、 半禅、前後への力の出し方、後方への歩法、前方への歩法、ほう拳(字がわからん)、掌打合せ、推手と稽古は続く。 汗がしたたり落ちる。

僭越ながら「やっさん」と「お菊さん」がしばらく見ないうちに上達されているのが、こんな駆け出しの私にでもわかる。 「やっさん」は上半身が柔らかくなっていて腕との連動が上達しているように見える。 「お菊さん」は田植え作業のため約一ヶ月ぶりの稽古参加とのこと。這いが上達しているように見える。 泥沼から足を引き抜くイメージで足を引き上げるのが田植え作業の成果として表れているのか・・私も頑張らなければ。 「武道家としてはイマイチですね」と言われないように・・・ (不自由先生が高田馬場の稽古で高木先生に言われたお褒めの言葉とか)

不自由先生の「ま、休みながらやりますか」の声が嬉しい。

時折、鉄扇のアニキや不自由先生より休憩中に同じ言葉が出ました。 「今日はなんか静かですねぇ・・・」 そこで誰からともなく「あ、ウルトラQさんが来てないからだ!」との声が。 皆、納得。そういえば、今日は速射砲のようなQさんの質問攻めの声がない。

推手において私は誤解していることがありました。 俗に「とばされる」とよく聞きますが、それは上級者が初心者レベルの人を「とばす」のだと思っておりました。 今日の稽古で不自由先生より「とばされるのは、つぶれなくなった証拠、つまりうまくなったということです」との お言葉がありまして誤解に気づきました。 その後、不自由先生との推手でわざと大袈裟にとんで先生に苦笑されたのは私です。

 

二時間半の稽古を終えるとさすがに疲労感を感じます。 でも、心身ともに充実しています。ストレッチを終えたような感じです。 

稽古後の談笑で「支部内の変わり者ランキング」の話題になりました。 ダントツのチャンピオンは○○さんに決定。 誰でしょう・・?ヒント、本日の稽古にお見えになっておられない方です。 心当たりの方いらっしゃいますか?

今日のスペトレは不自由先生と鉄扇のアニキのお二人のようです。

真面目でまともな、私と「やっさん」と「お菊さん」は帰路に就きました。
帰りの車中で今日習ったことを頭の中で復習する。でも、疲労感で車中では眠かったです、はい。 最近感じるようになったのですが、ひとつひとつの稽古がすべてに繋がっているように感じてきたことです。 以前、不自由先生が「すべて繋がっている」というのがほんの少しながら感じ始めてきた今日この頃です。

追伸:稽古を終え、不自由先生にかけていただいた言葉が嬉しかったです。 「稽古に来れてないわりにはウマクなってるじゃないですか!」 「柔らかくもなっているし」

立禅年間目標のため、立禅と揺り(立禅の後、やりたくなるので)は毎日欠かさずやっております。 また一人稽古も時間を作ってやっております。 そんな微々たる稽古でも、認められたようで、たとえお世辞にしても嬉しかったです、はい。 こんな私でもナメクジの如き前進はしているのかな・・・?

 

 


 

6月3日(土) 選ばれてあることの恍惚と不安と二つ「彼」にあり
by 徳右ェ門

昨日は会社の先輩の送別会。
19時50分には宴を出て(最近あまり飲めない、というか美味いと感じない・・・ウソです、真っ赤な嘘です) 一人で焼肉屋に行ってカルビを腹一杯食べて電車で帰ってきました。

電車内で、今春我が地元の中学校から甲子園の常連校○○高校(地元)に野球特待生で入ったM君と遭遇。 M君は軟式ボールでもレフトスタンドへ何本かのホームランをたたきこんできた力を持つ、 地元の中学野球界でも少しは知れた名前です。地元からはたった一人の○○高校の野球特待生。

 

M君は中学生の時は少々天狗気味で、人のアドバイスなど聞くような子ではありませんでした。 が、久々に会ったらなんとなく丸くなった感じ(人間性がです)がしました。 身長は高1にしては高い186センチ。

 

(徳)「練習きついか?」
(M) 「きついっス・・・」
(徳)「●●監督は厳しいか?」
(M) 「厳しいっス・・・」
(徳)「皆、レベル高いだろ?」
(M) 「高いっスねぇ・・」
(徳)「ベンチ入りした?」
(M) 「・・はい・・・でも私生活のことで注意されてます」
(徳)「いつもこの電車(最終)?」
(M) 「いや、いつもは自転車です。今日はたまたま早めに終わったもので」
(徳)「この間優勝(春季県大会)したんだよね」
(M) 「はい、もし負けてたら、こんな時間じゃ帰れないっスヨ(苦笑)」
(徳)「皆お前には期待してるんだから必ず甲子園に行けよ!」
(M) 「はい、必ず行きます!」

 

駅の改札を抜けると彼は私の前に進み、スライド式のドアを開け「どうぞ」と私を通してくれました。 駅で別れ、彼は3キロほど離れた自宅へ歩いて帰りました・・・ こんな時間(22時)が早いと感じる日々の練習量・・・

狼の群れの中にヌクヌクと育ってきた羊が放り込まれたようなもの。 入学して約二ヶ月間、周囲のレベルの高さに、長く伸びた天狗の鼻は日々へし折られ、 その分人間性が丸くなってきているのでしょう。 「上には上がいる」

素晴らしい素材を集めて、優秀な指導者のもと、素晴らしい環境で、猛練習・・・・ 県外からの野球留学組は寮に入り、24時間縦社会。栄養計算された食事。 

私の長男も高校球児、次男も中学野球をやっております。 う~ん・・やはりこういうレベルの私学に勝てるはずがありません・・・・

そんなことを想いながら立禅貯金を増やすため山形の庄内平野を眼前にして立ち続ける徳右エ門でした。 今、庄内平野は田植えが終わり、水面に空が映り光ってます。

 

 


 

3月22日(土) これであきらめるなら、お前の思いはその程度なんだよ
by 不自由

本日ハ晴天ナリ。気温もかなり高い。 ということで天気予報でも、花粉が「非常に多い」とのこと。 不自由の生まれ育った場所は昨年の日誌でもわかるとおり非常に杉が多いところ。 
※5月27日の太気晩成を参照

 

なにしろ小学校の校歌の歌い始めが「杉の花粉の飛ぶ空に~♪」から始るのである。昔は「杉」が誇りだったことが良くわかる。 この、杉花粉まみれの環境で育ちながら、花粉症とは無縁でいた。が、である。 以前東京に転勤していた時、杉も山も見えないのに突如として花粉症に罹患してしまったのだ。 つくづく複合汚染が原因なのだと思う。 山形に帰ってきてからも、多少良くはなったが治らないでいた。 東京から完璧な花粉症と未熟な太気拳を持ってきたということになる。ちなみに太気歴と花粉症歴が同じ。

 

このことを過去に花粉症であったと言う1月入塾のSさんに話をしたところ、「米ぬか」が良いとのこと。 一縷の望みを託して、つぶ状の「ぬか○」を購入し試しました。身体に合ったのか効き目にビックリ。 「非常に多い」日でも鼻水がでない。テン茶も試した、マッサージも漢方も試した、でもダメだったのに・・・Sさんありがとうございます。

 

快適な目と鼻で不自由は、2月入塾のKさんを新庄駅まで迎えにいく。 Kさんは新体道3年の経験者で上背もある。稽古は2回目。 このKさん、この日はミットを使った打拳を稽古したのだが、かなりの威力。ミットを持つ銀角さんやSさんも驚いていた。 今後がが楽しみな方でございます。

 

今日の参加者はKさん、Sさんのほかに、お馴染みの銀角さん、鉄扇さん、ウルトラQさん、不自由の6名。 15分の立禅貯金(詳細は前回の太気晩成参照)のあと太気体操、揺りへ、そして旋法試力を行った後に打拳へと進みました。
ミットを使った打拳稽古の最中にふと隣を見ると、銀角さんが良い感じで打拳を叩き込んでいる。 不自由 「あ、それそれ 良いじゃないですか!」

 

相手をかえて又打ち込む。 不自由 「あれ、さっきと違いますよ」「さっきの感じで打ってください」 銀角  「???・・・」「同じこと(打拳)できしまへんがな!」と銀角。
たまたま鉄棒のさか上がりが成功したみたいなものか。 なら出来るようになるのも近い将来ですな。 塾生の皆さん!銀角につづけ!!

 

その後、掌打合せ、推手を行いシメ。 いつもの居酒屋でエンドレスのスペシャルトレーニングに突入となりました。

 

空手時代の話。 強くなるには筋力だと思い必死でウエイトをしました。 「身体づくりの40%は食事だ」と先輩に言われ必死で喰いまくりプロテインやサプリメントに手を出し体重を増やしました。 その結果、ベンチプレス60キロが120キロまで伸びました。 しかし現実にはパンチ力が単純に2倍とはならなかったのです。 ウエイトの記録=強さ。そのウエイトももう伸びない。 正直、「自分の強さの限界はここなんだ」と諦めていました。

  当時、天才的と言われた先輩や選手でも、物凄いパンチを持ってる人は実際にいました。 まわりの者は「あの人は天才だから」の一言で済まします。 誰も威力の謎を解明しようとしないで「天才」の一言で自分たちを納得させていたのです。 

その後太気を数年経験したあるとき、天才的な選手の動きが少し見えました。 それから徐々に見え始め、更には天才的な選手に欠けている箇所が見える、解るようになりました。 パンチだけでなく動き方、バランス、硬さなどです。 ここからは決して倍にならなかったパンチ力が2倍、3倍と伸びて行き同時に受けや足さばきも見違えるようになりました。 「3倍強くなる」という高木先生の言葉がその時少しですが理解できました。

しかし自分自身まだ太氣の門の前に立っただけの未熟者です。 でも「自分の強さの限界はここなんだ」と諦めてる人に少しでも可能性を伝えたいと思います。

この太気晩成がはじまった時にも書きましたが、太気拳は凡人を天才に変える道です。 ぜひ一緒に稽古していきましょう。

「これであきらめるなら、お前の思いはその程度なんだよ」と、神様に試されているような気がする。 桑田投手の言葉です。

 

※3月10日に山形支部へ入塾希望のメールを出された方、アドレスが違っているようです。 再度連絡をお願いいたします。 太気拳を一緒に稽古していきましょう。

 

 


 

1月26日(土) 借金返済の日々・・・借り過ぎに注意!御利用は計画的に!
by 徳右ェ門

今年初めての合同稽古に参加しました。

こちらは寒波が続く日々です。 当日は早めに出発したのですが、雪道ゆえに渋滞が続き、また除雪車が多く出ておりましたのでなかなか前に進めない。 2時間かかってやっと稽古会場(市民プラザ)に到着したと思ったら今度は駐車場が満杯状態。 いつぞや前にも書いたが、ココの駐車環境は最悪。何とかして欲しいものだ。 稽古開始の14時半に20分遅刻。結局昼食も摂れず・・・

ホワイトボードには何やら本日の題目が達筆な字で書かれている。 どうやら銀角さんが書いたらしい。 一芸に秀でたる者はナントヤラで銀角さんの字は素晴らしい。 

今回はフルメンバーが集結。 また初参加のSさんもいらっしゃった。 お初の挨拶を交わす。 Sさんは空手と某柔術をやっていらっしゃったとのこと。

 

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柔軟体操をしながらのある会話の風景
銀角さん「また変わり者が増えましたナ」
徳右ェ門「そうですナ」
銀角さん「ココは98%が変わり者ですからナ」
徳右ェ門「そうですナ。我々は2%側だからナ」
銀角さん「そーそー、まともなのはワシらだけだナ」
鉄扇さん「なーに言ってんですかぁー!2人が一番変わってるじゃないですかー!!」

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結局、稽古開始は15時となった。
立禅、揺、腕回、歩法、掌打合、推手と稽古は進む。 この寒さの中、汗が流れてきてTシャツが濡れる。 いつも思うのだが、太気の稽古(一人でも)をやっていると身体が熱くなり汗が出てくる。 大した激しい動きもしていないのに不思議です。 最初長袖を重ね着だった方も一枚、また一枚と脱ぎ、Tシャツ姿になる。

 

稽古後、10分程時間があったので、ウルトラQさん、そして銀角さんと軽く組手(というより目慣らしスパーか)をやりました。 この目慣らしスパー、先月も忘年組手へ向かうウルトラQさんと目慣らしとして1R30秒ながら20Rやらせていただきました。

 

太気の組手は私が経験してきた組手とは若干赴きが違います。 顔面有りというだけで、出す蹴りの種類も無意識に制御をかけている自分を発見します。 また、まだまだ手足が連動していない動きになっていることも自覚できます。 どうもフルコン空手の癖が身についているようです(当然といえば当然か、取り組んできた年月が違う)。 不自由先生曰く「フルコン出身の人はガードをあげただけでバランスが狂い、攻撃の手数が減る」。 まったくその通りだと実感してます。 フルコンでの組手やスパーでは、ある程度何も考えず、 自分の手足、身体にまかせておけば黙っていても動いてくれる、というものを身に付けている自負はあります。 しかし、太気の組手ではまったく手足がバラバラな自分を発見してしまいます。 なんとか不自由先生の動きに少しでも近づきたい・・ あの動きになるすべての原点は「立禅」であるという事実。

 

今年になって「立禅年間スケジュール」なるものをいただきました。 いただいたのが12日だったため、それまで怠けていた分が「借金」として「返済義務」が生じました。 年の始めということで緒行事が重なり「落ち着いて立つ」ということができず「借金」は膨らむばかり。 21日あたりから「借金返済」が始まりました。 まずその日のノルマを達成してからが「借金返済」の開始です。 ちょっと気を抜くと「借金」は無慈悲に膨らみます。 今のところ「返済」は順調でありまして「借金」は90分をきりました。 なんとか来月上旬、もしくは中旬までには「完済」できそうです。 不自由先生からは当初「立禅は時間じゃない」と教えを受け、 私自身も「時間ではなく、感じを掴むかどうかが大事(あの感覚・・なんと申しますか、あの感覚です。 磁石の同じ極同士が嫌々しているような感じ、か)」と 思ってやっておりました。 しかし、自分には蜜のように甘い私です、どうしても他の鍛練を優先させ、日々5~6分立って立った気になっておりました。 それがこの「年間スケジュール」なるもので俄然立つ時間が増えました。 この企画、怠け者の私にとっては「アタリ」です。

ここまできたら、なんとしてでも「至誠塾通信で表彰」されてみせます。
今回の稽古で休憩の時、銀角さんと「山形支部も間もなく1年になるなぁ」という話になりました。 思えば去年の3月18日、山形支部は産声をあげました。 短くも長いような(太気を始めてまだ1年もたっていない感じがしません)この月日でした。

今、私はトンネルの中を歩いています。太気というトンネルです。 このトンネルの長さがどのくらいの長さなのか見等もつきません。 また、自分がトンネルのどの位置にいるのかもわかりません。ただ、トンネルの中に入ったという実感はあります。 向こうの方に明かりが見えてくるのを信じて、歩き(立ち)続けるだけです。

乱文失礼致しました。

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山形支部の皆さんが稽古の様子をお届け致します!(2009年分まで)

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11月23日(日) 「風流だなぁ・・・」~山形ミニ合宿~ 
by 徳右ェ門

初雪に見舞われたここ山形は寒い。 そんな寒さもなんのその!待ちに待った高木先生をお迎えしてのミニ合宿が開催されました。

日程は11月23日、24日の二日間。 高木先生をお迎えするのは今回が4回目となります。 支部塾生一同この日が来るのを心待ちにしておりました。

山(山奥?)での合宿に備え、私、徳右ェ門は出発前日にせっせと車のタイヤ交換作業に汗を流しました。

当日は三連休の中日に予定されていた各用事を済ませるために朝5時起床。 いろんな役員を仰せつかっているため抜かりは許されない。 私が不在でも事が運ぶように万全の準備を施して出発しなくてはならない(じゃないと女房が大変になる)。 あれもこれもとすべてをこなし、集合場所の新庄駅に向かう。 向かっている最中に不自由先生より「長靴持参願います」とメールが入る。 今更遅い。第一、私は長靴なんて持っていない。小学校の時以来履いたことがない。

 

高木先生御到着の12時39分にわずかに間に合わず(新庄市内はトロトロ運転が多い)5分遅れで 駅西口に到着。もう先生をはじめ皆の顔が揃っている。皆、少し緊張気味の面持ちか・・。 車を降り、走って先生に挨拶。 先生のパワーは凄い!先生のまわりだけが熱い感じがする。

ふと皆の足元を見ると、当地在住の銀角さん、ヤッサンは普通に長靴を着用している。 それが妙にフィットしている、というか体の一部化している。 銀角さん曰く「どこに行くでもコレです」 うーん・・・恐るべし長靴の威力・・・

車三台に分乗し、今回の合宿地である金山町へ向かう。 道路に雪はないが周囲(田んぼ)は真っ白。

チェックインの時間までまだ余裕があるので金山町を散策することになった。

 

さすが不自由先生。 金山町を事前学習してきたらしく観光案内パンフレットを皆の分用意してくれておりました。 到着してあらためて皆と挨拶。 今回の参加者は不自由先生、銀角さん、ウルトラQさん、ヤッサン、 最近入塾された銅線さん(名前の由来は後記します)、そして私徳右ェ門の六名。 鉄扇のアニキは数日前に身内に不幸があり泣く泣くの休場となり、お菊さんは雪による果樹作業の繁忙により休場。

 

私自身、金山町は何度か訪れたことはありますが、あらためて街を散策すると素晴らしい街です。 堰に放し飼いされた巨大な鯉数十匹。また金山杉で建てられた住宅が並ぶ街並み。 また大地主らしき方の所有する大邸宅と素晴らしい庭園(高木先生がいたく感動しておられました)。 また拝観料無料の博物館が数ヶ所。 なんといっても感動的だったのは、ほとんど人と会わないこと、そして滅多に通らない車。 静かに時が流れているのを感じました。 こんなところで生きていけたら長生きできそうだな・・・でした。 「雪がなけりゃ、住みたい」(徳右ェ門の正真正銘の正直な気持ち) 最後に見学したのは老舗らしき蕎麦屋。 「準備中」で蕎麦を御馳走になることはできませんでしたが、女将さんが店内を案内してくれました。 店内には昔使われた人力車が普通に飾られておりました。 また番傘用の傘立て、時を重ねて味のある色合いをかもし出している金山杉の建築材。 生活していく上で、とても効率的な構造となっている建築でした。 皆「いいものを観せてもらった」という感想でした。

そして一行は金山杉が立ち並ぶ山へ。 長靴のない私は山の入り口で待機しておりました。 あとでお聞きしたら、この杉の森での稽古がとてもよかったとのこと。 仕方ない・・・夏用ズック着用の私には立ち入れない神の場所(神域)です。 うーん・・・恐るべし長靴の威力・・・(二回目の感動) ※山にお入りになった方のレポート、よろしくお願いします、です。

山を下りてきた皆と合流し、今回の合宿場所のグリーンバレーカムロへ。 宿泊はシェーネスハイム金山。金山杉で建てられたこのホテルも素晴らしい。 入り口までの階段までもが杉の木の端っくれ(たぶん、余った木の材料を加工したものなのだろう) をタイル状にはめ込まれた手のこもったもの。 足首に優しい柔らかさでした。 着いて今回の高木先生への御賞味品「山形名物・玉こん」をお渡しする。

 

部屋割りごとに荷物を整理し、着替え、いよいよ稽古に突入。 稽古場所は隣に立地するスキーロッジです。 山形支部でのこのロッジでの稽古は今回で二回目。 四方八方がガラス張りで景色がとても良い (ただ、中が丸見えのため道行く車から変なものを見る視線ビームが激しい)。

 

まずは立禅、揺りで観光モードから太気モードへ切り替える。 そして高木先生の話を聞きながらの太気体操。 高木先生の「柔軟体操から全力でやる」との言葉に感動を覚えながら 背骨のストレッチを全力で行う。 また、毎回の稽古で「自己新」が出せるように、とのお言葉に身が引き締まる。

 

今回の高木先生のお話でウエイトを占めていたのは「北京オリンピック」の話と「禅」の話。 メモ魔の私はひっきりなしに書きまくる (あとで伺ったところ高木先生の今回の目標は私に10回以上メモらせることだったとのこと・・・・いやはや10回以上メモりました、はい。 「参りましたぁー!」です、はい)。

約2時間の有意義な稽古を終えると高木先生の御希望で急いでホテルに戻り相撲観戦。 今日は大相撲の千秋楽。白鵬と安馬の優勝争いの日です。 安馬は優勝決定戦で投げられましたが大関当確のようです。 相撲観戦の後、金山杉をふんだんに使った風呂(温泉)へ。 杉の香りが全心身を癒してくれます。 そして!待ちに待ったスペトレへ突入。 ホテル側の特別なはからいで会議室に畳を敷いてくれて宴会場仕立てにしてくれておりました。 金山牛は美味かった! 高木先生は昼食で新幹線の中で米沢牛弁当を食されたらしいが「あれじゃ牛丼と同じですよねー!」 との御感想。高木先生もこの金山牛には御満悦のよう。

スペトレ中、高木先生は超御機嫌で、日本酒各種を味わいながら澤井先生の話、神宮の杜時代の稽古の話を聞かせてくれました。 また高木先生はなぜか飲みながら御飯を三杯おかわりするという離れ業も見せてくれました (翌朝風呂場で測ったら体重が2キロ増えたとか・・)。 御飯をつまみに日本酒を飲む米米クラブ状態でした。

最近入塾の銅線さんはこまめに動き雑用をこなしてくれる。笑顔主体のキャラが皆を和ませてくれる。

 

ココで銅線さんの名前が決まりました。 名前を決めようということになり、皆で案をめぐらせる。 皆は人の名前だということでいろいろ勝手な名前を連発してくる。 そうしたところ、なんと銅線さんは鉄扇のアニキと同じ大学(某有名大学)の同じ学部(某有名学部)出身とのこと。 もちろん世代が違いますので交わりはなかったようですが、皆その事実に縁を感じ驚きました。 そこで鉄扇さんの後輩なので銅扇はどうだ?ということになりましたが、 高木先生が一言「鉄より銅が上だから後輩が先輩より上になっちゃまずいでしょう」とおっしゃり、扇を線でということに相成りました。 この銅線さん、銅線というと細いイメージを浮かべられる方が多いと思いますが、まるっきり違います(注意、注意!)。 180センチを越す身長と90キロを越える体重を誇る巨体の持ち主です。 体当りでもされたらかないません。 大学時代は空手部だった猛者です。 転勤族のようで、この前までは福岡にいらっしゃったとのこと(車は北九州ナンバー!)。

 

仲居さんの勤務時間の関係もあり一次会はここまで。 二次会は懐に優しい部屋飲みとなりました。 不自由先生、銀角さんの事前買出しで飲み物は豊富に準備されておりました。 日本酒あり、ビールあり、ワインあり、焼酎あり。 ここでもいろんな話題で盛り上がり、笑いの絶えない素晴らしいスペトレとなりました。 生命力のあまり強くない私と銀角さんは早め(24時ころか)に部屋に戻り、カップ麺とオニギリで腹を満たしベッドで瞑想に入りました。 元気(生命力の強い)な他の皆さんは26時以降まで武術談義に励んでおられたようです。

 

二日目

朝6時半起床。まずは温泉につかる。ガラス窓の景色は白一色。 駐車場に目をやると不自由先生の車がある、 ということは今朝6時から予定されていた杉の森での朝稽古は中止(というか、起きられない)になったようだ。ホッとする。

朝食はバイキング。空腹なのだがあまり体が受けつけない。冷えたヨーグルトが美味い。 部屋に戻った後、銀角さんと共に二度寝を楽しむ。

9時半ロビー集合。他の観光宿泊客も多い。 そんな中、異様な動きをしているウルトラQさん。揺りをやっているようだ。 観光客は当然「変な目」でこちらを見ている。 銀角さんがいきなり「鳥でものり移ったんじゃないっすか?」

 

支払いを終え、ロッジへ。 そして二日目の稽古開始。

二日目も濃い稽古内容で、私のペンの休まるヒマがない。 体重移動のお話、またオリンピックの話題を持ち出してのリミッターを切るお話等々。

そして最後に推手。推手稽古を不足している私などは高木先生に操り人形のように操作されてしまう。 高木先生と不自由先生との推手は見ていて迫力が違います。 何かひとつでも盗もうと目を凝らして見学するのですが、あの域にはまだまだ遠く曲がりくねった道を牛歩しなければならないようです。 途中、高木先生が「うわっ!酒くせぇー」を連発。なんと我が不自由先生は起きてまた缶麦を摂取したとのこと。 なんというスタミナの肝臓か。体の作り自体からして違うのか。

稽古を無事終え、ホテル前で集合写真を撮る。 高木先生の新幹線時間の関係もあり、急いで最後の宴の場、蕎麦屋へ向かう。 私の車に同乗された銀角さんのナビにより蕎麦屋へ向かう。どんどん山に入っていく。 「大丈夫なんですか?」エアロパーツフル装備のマイカーを気遣う私は何度も銀角さんに確認する。 峠の山越えみたいな道路をずんずん入っていく。

 

やっと辿り着いたら凄い車の量。それだけ人気の店ということか。 聞くと「金山小学校谷口分校」跡の建物を蕎麦屋にしたとのこと。 中は映画「学校」に出てきそうな雰囲気の木造作り(これもまた金山杉なんだろう)。 ステージもそのまま残っており、金山小学校の校歌も額入れでそのまま残っている(杉の花粉の飛ぶ空に・・・)。 揚げ蕎麦と板蕎麦をいただく。揚げ蕎麦は初めて食べましたが美味かった!また食べたくなるような一品です。 この揚げ蕎麦を食べるためだったらこの山奥まで来る価値はあるな、と思いました。

ここでヤッサンより高木先生への質問(実は同じことを私も聞きたかったのであります、はい)。 「TV等を観ながらの立禅でも大丈夫でしょうか?」との質問です。 答は・・・・ココでは書けません。合宿参加者のみの特典です(鉄扇のアニキとお菊さんにはお会いした時、こっそり伝えますネ)。

蕎麦を食べながら、先生がポツリと仰った一言が嬉しかったです「充実した中味の濃い二日間でした。 昨日、鯉を見たのが遠い昔のように感じる位いろんなことがありました」。

最高級の蕎麦と揚げ蕎麦に満足した後、いよいよ高木先生との惜別の場、駅へ向かいました。
改札口での高木先生の「最高でした!山形最高です!またお会いしましょう!!」のお言葉が嬉しかったです。

駅構内でも常に揺り状態のウルトラQさん。乗客たちの視線を浴びてもなんのその。 銀角さんは「ほーら、また鳥がのり移った!」、 私は「捕まりますよ」と助言するが、本人は気になさっていない。 エスカレターも揺れながら上っていく。

今回の合宿の準備のために走り回り、お気遣いしてくださった不自由先生に感謝の意を心をこめて伝えたいです。謝謝!

 

今回の合宿でまたまた太気の奥深さと難しさを再認識した私でした。 頭ではなんとなく理解できても体がちっとも動いてくれないもどかしさ・・・。 また、反対にやりがいがあるものだ、という認識。 澤井先生はじめ、名人級の先生は皆60歳を過ぎてから強くなったという高木先生よりのお言葉がやりがいを感じさせてくれます。 年をとればとるほど強くなれる、夢のような話です(当然、それまでに日々の「行」を怠ることなしに、という前提がつきますが)。

昨年3月に発足した山形支部。 初日の稽古前の太気体操の段階で先生が「二人欠席でこの人数だったらもう大丈夫ですよー!」 と仰っていただけるような組織までになりました。不自由先生の力だと思います。

まだまだナメクジの如く進歩の遅い修行を続けていく所存の徳右ェ門です。 時には塩をぶっかけられながらも・・

毎回、高木先生の御指導を受けられる本部の先輩方を羨望しながら、 不自由先生を信じて山形支部をより強固な組織にするべく支部塾生一丸となって頑張っていきます。 高木先生!次回お会いした時に支部塾生一同1ミリでも進歩している姿を見せられるように日々立ち続けます!

しばらくは高木先生の熱にうなされる日々が続きそうな、私、徳右ェ門です。

 

 


9月15日(月) 徳さんの悟り by 不自由

 

朝、まずまずの天気。不自由は所用で昨日から酒田市へおります。 「みちのく太気晩成」でお馴染みの金角こと、徳右ェ門さんから携帯へ何度も着信とメールがあった。(寝てました。すみませぬ) なんと次男の野球応援で金山町のグラウンドに来ているとのこと。

こりゃ早めに帰宅だ。車を飛ばし金山町中央公民館へ向かう。 徳右ェ門さん達応援団一行は、徳さんの大好きな、みそラーメン店「R」本店へ居るようだ。 不自由は、付き合いとはいえ「ガ○ト」で済ませてしまった!! 「人生は短い。美味しくないものなど食べているヒマはない」が信条の不自由としては、無性に悔しい。

 

気を取り直して稽古だ。ということで中央公民館グランド脇の河川公園へ。 すると5分も経たないうちに、徳さんの携帯が鳴る。予定が早まりもう試合が始るとのこと。 応援そっちのけで稽古というわけにもいかず、私も応援。残念ながら徳さんのご子息の中学は決勝で敗退した。

観戦の最中、「あのリリーフの肩甲骨の動きがすばらしい。不自由先生どうですか?」なんて徳さんが言う。 お、だいぶ身体運用に対する鋭さが出て来たようですな。その後、太気拳的にあ~だ こ~だ 熱心にメモる徳さん 。 閉会式が始めるとグランド脇で、待ってましたとばかり稽古、表彰台に向い「おいで~おいで~」試力 (太気晩成参照 ※山で遭難して、白装束の女の人に引っ張られるイメージ 笑) 

稽古中は人目を気にする徳さんだが、今回はこれといって動じている様子はない。 徳さん曰く 「旅の恥は掻き捨て。それと既に変人とレッテル貼られましたから。変人道では練士の域まで到達してます」 と胸を張って答える。 徳さん、悟りを得られたようです。

 

 


 

6月22日(日) 「話は中国ですから(笑)」
~年功序列終身雇用制の至誠塾なり~塾長講習会編 by 徳右ェ門

6月22日(日)待ちに待ったこの日がやってきました。昨年9月2日以来の塾長講習会です。 まだ昨夜の酒も抜けきらない早朝にお目目が覚めました。 荷物を揃える。傍らの女房に「楽しそうね(意味ありげな微笑)」と言われ、どう表情を繕えばいいか迷う私。

 

10時の出発予定。 その前に器具を使ったトレーニング、そして立禅ノルマを果たし、揺りゲラーやらなんやらで身体を練る。 汗が滝のように流れる。 よぉーし、身体の準備完了。いつでも出陣OKなり。

 

10時過ぎに出発。忘れ物はなかったかと思案をめぐらしながらアクセルを踏む。 心配していた天気も快晴となり、高木先生を迎えるシチュエーションはバッチリ(!)整いました。

今日は思っていたより早く新庄市に到着。 いつものとおり駅の大駐車場で不自由先生の御到着を待つ。 いつものことだが「何時頃に到着します?」とメールを出しても「もうすぐ着きます」としか返信がこない。 今日も二度のメールとも「もうすぐ着きます」でした。そのわりに「もうすぐ」なんか来やしない。

 

やっと不自由先生の雪国仕様の車が到着。 同乗させていただき昼食に向かう。 前回の稽古前に食べたRという店の隣の定食屋へ入る。 前回、新装オープンの店で「そのうち行ってみましょう」と二人で話していた店だ。 駐車場に入り、開店しているのかどうか定かでない。 よく見ると「準備中」の看板も見え隠れしている。でも中に客らしき人がいるのも見える。 取り合えず店に入る。

 

不自由先生はロース生姜焼き定食大盛を注文。私はメンチカツ定食(普通盛)を注文。 なぜか大盛の不自由先生の方が早く完食。 食べ終えて立ち上がったところで、不自由先生が憮然と「足りない」「腹減った」ともらす。 レジを終え、車に戻ったところで不自由先生が一言 「この店、つぶれますよ」と非情な言葉を顔色ひとつ変えずポツリともらす。

 

駅に戻るとウルトラQさん、「やっさん」、お菊さんと合流。 「銀角さんは?」と尋ねると「昼メシに行きました」とのこと。 そこでまた不自由先生の爆弾発言・・・「俺もメシ食ってこよ」 なんたる鉄の胃袋!フジ曽根伝説に新たな1ページが追加されました。

 

鉄扇のアニキは地震によるダイヤの乱れで一時間程遅れるとのこと。 不自由先生が「やっさん」とお菊さんと先生との「面談」のために駅構内の喫茶店に予約を入れる。 ココは支部発足の日の「面談」の場所。あれから一時閉店し、いまはまた経営者が変わりやっているようだ。

 

12時39分着の山形新幹線「つばさ」を待つ。 1秒1秒が早いようで遅いようで妙な感覚。

そして高木先生の御到着! 「やぁー!皆さん!」高木先生の笑顔は最高です。

私にも「徳さん、日誌(晩成)良いですねー!」と感激の一言をかけてくださる。 駄文ながら苦労して書いている時間と労力が報われる。

 

一行は喫茶店へ。 昼時とあり、旅行者の方々でごった返している店内。 そこへ我々が入ると、皆、視線の色が変わるのがわかる。 都会だとそうでもないのでしょうが、ココは田舎、毛色の違う団体が入ってくると空気が変わるのがわかる。 異様な奴等が来たな、という感じがこちらにも伝わってくる。 気配だけを察し、決してこちらを見ない。

 

「名刺がわりです」と至誠塾パンフを「やっさん」お菊さんに手渡す先生。 お二人は初の先生との御対面です。少し緊張気味のお菊さん。 先生は、五輪水泳競技の水着問題で「オトナの態度をとったMIZUNOは偉い!」と御自身着用のMIZUNOのシャツを披露してくれる。 そうこうしているうちに不自由先生の携帯に鉄扇のアニキより「あと数分でつきます」との連絡が入る。 私はアニキを出迎えるため席を立ち、改札口へと早足で向かう。 前回の塾長講習会の時、皆「お茶」に向かった後に、電車で到着の私を改札口で待っていてくれていた銀角さんの好意に感激した私です。 自分が受けて嬉しかったことは自分も他へしてやるのが人の道なり・・。

 

しかし、いくら待てど改札口に鉄扇のアニキは現れない。 15分程待った頃だろうか、銀角さんが私を迎えにくる。 なんと鉄扇のアニキは鳴子からタクシーで駆けつけた、とのこと。 さすが!12000円のタクシー代をいとも簡単に捻出できる、お方。 この話はスペトレで、さすが「高給鳥」という話となり「日本野鳥の会」が双眼鏡を持って観察に来る、という話へ発展しました。 (あはは・・あの場にいない方には、さっぱり理解できないですね)

 

鉄扇のアニキが到着し、全員揃ったところで先生より不自由先生へ「目録」の証書が手渡される。 広報担当部長の私はカメラを手にアングルの一番良さそうなところを探しまくる。 いずれ私も写す立場から写される立場になるぞ、と決意を固めながら、であります。

 

高木先生の話は先日のプロボクシングのダブル世界戦へ。 エドウィン・バレロの凄さを力説する先生。 そのうちだんだん先生も熱が入り、立ち上がって身振り手振りの説明。 隣の席の幼児に御飯を食べさせている綺麗なママの顔が引きつっているのが私の席(先生の隣)からよく見える。ゴメンナサイね・・。 先生の「ここで説明するのもなんだから稽古場へ行きますか。 とにかく今日は内容が盛り沢山なんです」との掛け声で一行は本日の稽古場の東山ハウスへと向かう。

 

この東山ハウスはいつもの野外稽古を行う公園の少し高台にあります。 前回同様、今日も車が多い。どうやら中体連の大会のようだ。

 

稽古場に着き、用意してきた「むき蕎麦の実」を先生と鉄扇のアニキに手渡す。 鉄扇のアニキの好物です。アニキ!一声かけていただければ、いつでも持参しやすぜぃ! (高木先生、これは鶉の半熟卵にきざみ海苔をのせ、ワサビを入れれば最高です。日本酒のツマミに合います!)

それとなんと!鉄扇のアニキから私への嬉しい贈り物が!! 大事にしやすぜぃ!アニキ!!(帰宅後、我が家の神仏に披露)

 

稽古が始まる。 今回のテーマは「やめなさい」と「短刀取り」です。 不自由先生が用意したAERAという雑誌を丸め、それにガムテープを巻き「短刀」を作る。 その姿は、昔チャンバラごっこをやるために新聞紙を丸め、刀を作った時のようなトキメキの心でいっぱいでした。 皆、子供のようです。

 

まずは立禅。 先生はしきりに「今日は伝えたいことが山ほどありますので、時間がいくらあっても足りない」と笑顔で繰り返す。 また「何から説明しましょうかぁ!」と嬉しそうです。 暑い中、熱い稽古が続く。高木先生の「素晴らしい!」が連発されるこの嬉しさ。 支部生は皆、今回の「やめなさい」はとても楽しみにしておりました。 私と不自由先生のメールのやりとりでも、最近何かにつけて出てきた単語が「やめなさい」でした。

嬉しいことに先生が私に気遣いしてくださり「徳さん、(ノートに)書かなくていいですか?」と何度もお声がけしてくださる。 (でも、後半は「パッときて、ビュッといって、サッと返して・・・」の擬音が多く、何をどう書けばいいのか途方に暮れる徳右ェ門でした。 でも至誠塾の方はこの表現でわかりますよね・・!?) 最後に皆で推手をやって稽古は終了となりました。 いい汗をかけました・・・。

そして恒例の記念撮影。 不自由先生所有の佐藤嘉道先生による支部発足祝の書をバックに集合写真、 そしてその書をバックに全員が先生とのツーショット写真。お宝となります。

各自、本日宿泊のホテルへチェックインのために三々五々散る。

私は不自由先生、お菊さんと同じホテル。 部屋に入り、シャワー前に汗のかきついでに補強運動を行う。再び汗が噴出す。 汗をかいた体にシャワーの温水が染み入るようだ。

 

 

ロビーへの集合時間まで時間があったので、この「みちのく太気晩成」(つまりこれ)のネタをノートに思いつくままに書き連ねる。 

銀角さんの車に同乗させていただきスペトレ会場のマカロニという居酒屋へ。 この店、私はもちろん初めて。不自由先生、銀角さんはもちろん、鉄扇のアニキは何度か利用しているとのこと。

不肖・徳右ェ門が乾杯の音頭をとらせていただく。 ビールがDr.ストップの私はグレープフルーツ酎ハイを煽る。ジョッキ三杯をあっという間に消費する。 この店の感想は一言、料理が素晴らしかったです。 貧しい食生活の日々をおくる私にとってお初の食べ物ばかりでした。

高木先生の話に真剣に聞き入り、そして爆笑し、大いに盛り上がりました。 中国の弓の名人の話を太気界の実在の人物に被せた話はとても面白かったです。 最後に先生の「話は中国ですから(笑)」のオチがつく。

今日はウルトラQさんがおとなしい。本人いわく「自粛しています」とのこと。 高木先生も「何か質問してくださいよぉ。今回はQさんに何質問されてもいいようにいくつか考えてきてますから(笑)」と先手をとる。 その合間をぬって私が「じゃ、私から質問させていただいてよろしいでしょうか・・? 先生が今着ていらっしゃる至誠塾のTシャツはどのようにすれば手に入るのでしょうか・・・」 高木先生よりこのTシャツの歴史を伺う。今はなかなか手に入らない代物とのこと。 「なんだったら徳さんにあげますよ」と信じられないお言葉が!「ありがとうございます!」 先生が生着していたTシャツをいただきました。

そして前々回の「太気晩成」の話題(「チャンピオンは誰だ!?」)となり、名(迷)言が誕生しました。 「(ウルトラ)Qの前にQはなく、Qの後にQなし」 ウルトラQさんはエドウィン・バレル並みの無敵のチャンピオンです!

その後「荒行」の話になり、 話の流れで私の法螺貝を先生に見ていただくことになりました。 銀角さんと共に車へ戻りまた店に戻る。店に入って即吹く。 スペトレ会場の二階よりどよめきが聞こえる。それほど法螺貝の音は響く。

盛り上がりも止むことなくスペトレは延々と続く。 二次会へ向かう修羅の群れ。

私はホテルに戻りこの原稿の下書きを作る。 さすが記憶が新しいので次々と出来事が思い浮かぶ。 また酔っ払っているので些細なことまでネタと思えてしまう。

今回で三回目となった高木先生の講習会。勉強になったのはもちろん、楽しかったです。 毎回毎回素晴らしい思い出が我が人生に刻まれていきます。
これは夢のまた夢ですが「これから千年先までに我々のレベルまでにこれる人が何人出るだろうか。 おそらく出ないだろう」と言えるくらいのレベルに少しでも近づきたいです(ま、無理ですナ)。

 

※山形支部では当面の間「やめなさい」が流行語になるのは間違いありません。  ちなみに山形出身のビートきよしは「よしなさい」です。  それと今後のキーワードは「マルチタスク」です。

 

 

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