結婚したのは継母との関係から逃げ出したかったからだ


就職をしたのはみながそうするからだった


大学へいったのは


高校へ行ったのは・・


記憶のなかのわたしは常に


”わたし”というものがあまりにもはかなくあいまいだ


わたしが何かを望むことも、渇望することもない


ただ周囲にあわすことであらゆる摩擦を避けていた


それがわたしが物事を選択することの価値基準となっていた


実家は争いが耐えなかった


常に父と継母は言い争っていた


わたしはこの世が苦手だった


奇妙に歪んで見えたこの世界の中にあって生き抜くすべは


自分が空気のようになることだった


目の前にいる人とできる限り同調して過ごす


争うことがわたしは


なによりも嫌いだったから・・


いつも自己犠牲的だったわけではない


わたしはわたしなりに発散する場所をわきまえていて


学生時代のわたしは友人や恋人の前では別の人格を装っていた


装っていたというのは正しくないかもしれない


自宅で表現できない自分の側面を表現していただけなのかもしれない


カメレオンのようだと


自分のことを感じていた


いくつもの人格が自分の中にいて


目の前の人が入れ替わるたびわたし自身が入れ替わった


どこかでわたしは自分を信じきれず


同時にひとを信じることもできなかった


時代はバブルの少し前


消費は美徳とされていた


学生は競って遊びに興じ


都会の夜はあまりにも眩しかった


あの頃の子供は混乱していた


急速に変化する世の中にあって親と子が違う価値観の中で生きざるをえなかった


親の世代はほとんどが戦争を経験していた


子供たちは受験に駆り立てられ


大学生となった瞬間いろいろな抑圧から一気に解放される


「しらけ世代」と大人たちは呼んだ


学生運動も終わっていたしなにかと戦う必要もなかった




時の旅人  ~2013年にむけて~



バイトをしたり遊んだり


夜の街は若者で賑わっていた


楽しいことはいくらでもあって


それらを自由に選択することが許されていた


わたしにとって大人は常に


苦悩を選択して生きているように見えて


大人とすごす時間がとても息苦しかった



初めて恋人ができたのもこの頃


恋人の腕の中で抱かれて眠るとき


幼い頃のわたしにもどれた気がした


まだ母が病気になるまえ


やさしかった父のいたあの家族のなかにいて


なにもかも安心して眠ることのできた自分



つかのまの安らぎに浸りながらわたしは


大人になることを恐れていた


時間の流れを誰も止めることはできず


いつしかわたしをここから押し出すのだろう



恋人の腕の中に抱かれながら


夜の闇を見つめ続けるわたしは


何かを惜しみなく与えながら


躊躇なくそれを奪う存在に怯えていた



わたしにとって神とは


巨大な夜の闇のような存在だった