サリエリがウィーンで再評価されているという記事が載った。
とても感慨深く読んだ。

というのも、映画をあまり見ないおいらだけど、ベストフェイバリットを挙げろといわれたら、この「アマデウス」に迷うことは無いだろう。(ちなみに2位は「ミナミの帝王」かもしれん、、くらい映画しらない)
そうサリエリと銀ちゃんはおいらにとって英雄なのだ。

サリエリはモーツアルトを毒殺したと疑われている宿敵の宮廷音楽家。
モーツアルトが才能を発揮しどんどん有名になっていくのに、サリエリはどんどん忘れられていく。その対比が絶妙で天才と凡人の姿、そして誰しもその両方を持ち合わせているのではないかと考えさせられるわけで、自分の中でサリエリに共感する部分、自分の中でモーツアルトに共感する部分と、セルフクエストするわけだ。


まぁ、そんな悪役のサリエリだけど、記事によると、

「昨年12月、大改修を終えたイタリア・ミラノのスカラ座のこけら落とし公演で、サリエリ作「見いだされたエウロパ」が上演されたこと。1778年のスカラ座オープンのときの演目と同じで、同歌劇場のリッカルド・ムーティ音楽監督が指揮した。

 サリエリは、同時代のモーツァルトがみじめな最期を遂げたのとは対照的に、ウィーンの宮廷楽長として大成功を収めた。だが、今日、世界中でほとんど取り上げられることがなかった。

 ピーター・シェイファー原作・脚本、ミロシュ・フォアマン監督の映画アマデウスでは、サリエリはモーツァルトの天賦の才をねたみ、最後は病身のモーツァルトに創作を無理強いして死に至らしめる役として描かれた。

 それだけに、スカラ座での上演は歌劇ファンの間で話題になった。これを機に、サリエリを再評価する声がウィーンのイタリア系社会を中心に広がっている。 」
元の記事はこちら


というわけで、なんとなく自分も聴いてみたくなった。
多分聴いてもそれに感動することはないだろう。いや、なんとなくそう思うだけ。

でも今になってサリエリが評価されるってのも、なんだかうれしい感じがするわけで、歴史に埋もれた一個人に脚光が浴びれるだけ彼もそれなりに功績ある人物だったんだろうと、勝手にエールを送っているわけで。

またまたもう一回
アマデウスを見ようと思う。