みんなで共有、幸せエッセンス!ABA(応用行動分析学)ver
  • 19Feb
    • 学びをすすぎにかけていますか

      こんばんは今日は、「学びをすすぎにかけていますか」と題してお話しします。お伝えしたいところ学んだら使いこなせるようになるまで、学びを継続しましょう。解説僧侶が落語家のお話の引用でこのこの言葉を引用していたのを思い出しました。学びをすすぎにかけるとは、洗濯したての学びはのりがついていて硬い。すすぐことによって、体に合った着心地になってくるという意味。訳しますと、学校を卒業したばかりの知識とは、ある意味教科書通り。それはそれでよい。しかし、実際に使いこなすには経験を積まなくてはあなたの学習として定着しないでしょう。ゆえに、学び経験を積むことで学習したことを使いこなせるようになるという教え。ご紹介しようとした経緯私ごとですが、どうも学びにすすぎが足りなくて・・・と最近思っています。実際に、学ぶことが多いということは、それを活かす先があるということ。活かすまでの時間と、現在を逆算すると余裕はない。よって、すすいでいない学びを披露せざるを得ない。カッコ悪いのもさることながら、いかんとも活かしきれないところにジレンマあり。かっこよく言えばそういう心境です。私風に言えば、興味あるものに飛びつき、面白そうだからやってみるうちに形にしたいと思う。当然、すぐに使いこなせないため、気がそぞろになるといったところです。というわけで、今日お伝えしたかったことは、自分に言い聞かせるために記事にしたということです。補足ちょっと自分をフォロー(いいわけ)をすると、読書の神髄にも書いたように、学びを通して自分を照らされている。照らすと恥ずかしい部分が露見するといったことになります。とはいえ、学ぼうとする意志が根底から出てくるというところにおいては、一定の評価はできるかなぁ。近くに焦るも、遠くから振り向けば、今は愛おしい時間を過ごしているという解釈ができると思って、愉しんでいきたいと思います。この文章を読んで、共感する方がいましたら、共に今を楽しみましょう!成果は暗くても、自分は明るくいきましょう!!と、自分を励ましたところで、結びにします。最後までご覧くださりありがとうございます。

  • 18Feb
    • 読書の神髄

      こんばんは今日は、読書の神髄と題してお話します。お伝えしたいところ読書の神髄は、他者を通して己を照らしてくれる。解説お伝えしたいところは、もちろん私にとっての思いです。私は、読書から離れて2年は経ちます。それまでの3,4年は年に100冊くらいのペースで読んでいました。2年ほど離れて思うのは、いささか生意気かもしれませんが「何のために読書するのか」という気持ちがあります。自分とは何かしらないでそういうのもなんですけど、思えば、自分ではない何かになろうと必死だったのかもしれない。ここ最近は、“ 自分自身 ”に対して少し距離を取れるようになってきたきらいがあります。自分自身があるのは間違いないですが、自分からの全体より、全体からの自分を見たい。そういう考えに移行しつつあります。なぜかなぁ。と考えると、読書から話が変わります。最近、仕事ぶりもだいぶ変わったと思います。かっこよく表現すれば、相手の成したいことに沿いたいと思うようになりました。以前もそう思うところもあったのですが、今は以前とちょっと違う感じです。いろんな考えの方と関わり、それぞれの価値観に触れさせていただき、思うことは一つ。みな希望があり、希望があるからこそ困ることもあるんだなぁということ。つまり、大なり小なり自分とは変わらない存在なんだなぁっていうこと。まぁ、大袈裟ですが、少しは相手と自分の隔たり(主観ですけど)が、薄くなったのかもしれない。話を戻します。こう思えるのは、読書で培ったのもではないだろうか。自分が自分の何かを表現したいと思うとき、必ず他者が必要であること。他者を思うには、他者の立場になって、他者の気持ちに沿えるようになること。そういうとき、自分の気持ちは時に邪魔になることがある。とすると、邪魔になるものは自分から出た思いということになります。読書と同じく、他者は自分を照らしてくれます。自分の邪を教えてくれます。それに向き合うこと。それこそ読書の神髄なのではないだろうか。と神髄なんて大袈裟な熟語を使いましたが、読書は見えないけど相手の思いがあること。内容もさることながら、相手の思いを知り、読んでみたい。それは、読書ならずも他者と関わる時も同じ。読書の効果は、離れてしばらくしてもなお私を照らしてくれる。多くの方にお世話になっていることを同時に思うとともに、感謝の念がわきます。ありがとうございます。実際は、もっとフラフラした人間ですが、文章にすると少しかっこよくなります(笑)今日はこれまで。最後まで、ご覧くださりありがとうございます。

  • 14Feb
    • 受け取り方 再配達

      こんばんは今日は、「受け取り方 再配達」と題してお話しします。お伝えしたいこと感じるものは、後から感じ方を変えられない。しかし、感じたものに違う解釈をつけて、改めて自分受け入れやすいように感情の再配達は可能。再配達をすることで、自身をより客観視できることもある。経緯仕事上でいろいろな感情が沸き上がります。良いこともそうでないことも。個人的には、良くない感情が沸き上がると「まだ、これに対してこんな感情がわくのか」と思うことがあります。同時に、根本にそれを「良くない」という考え方があることの証明だとも捉えることができる。さらに同時に、とても主観的にものごとを見ていることに気づく。そこでやっと、自身を客観視でき、「良くない」と思っているのは自分であり、自分以外ではないことに気づく。もちろん、客観的にだれが見ても「良くない」ということはある。今回は、ひとまず自分はそれを「良くない」と判断したところにとどめる。こういう経緯をたどると、自ずと感情を仕分けして自身の気持ちに再配達できることを実感した。補足感じたことを素直に感じるままに・・・。これはこれです。主観と客観のバランスを取りながら、その間にこそ支点を置きたいと思う今日この頃です。基本は、感じるままにィ。ということで、今日はここまで!最後までご覧くださりありがとうございます。

  • 22Dec
    • 答えより問いを考えることが大切だって

      こんばんは〇はじめにめんどくさいことを考えています。「大勢の人の中で自分を活かすには問を立てることって大切だと改めて思う今日この頃です。」なぜって、人それぞれ考え方や経験が違うから。それらがちがうと、同時期に同じ場所で、おそらく見えている景色も同じなんだけど、私とは違う景色を見ていると考えているから。ピン(一人)で考えるなら、それは自分にとって心地よいのかそうでないのか判断は自分の中にある。しかし、同時に相手にもその判断がある。さてここでより良い景色を見るために一つ問いを立ててみます。「同じ時期に同じ場にいて同じ景色を見ているとき、より多くの人が今の景色をよりよく見えるようになるにはどうすればいいでしょうか」が問です。この問いに向き合うとき、いろいろな選択肢が上がってくると思います。選択肢同士比較することもあるでしょう。何を優先させるのか頭をひねることもあるでしょう。時系列で考えるのか、人と人、あるいは人とモノと比較して考えることもできそうです。そもそもより良い景色を見れるようにっていう発想は何をさしているのか、問いに質問することもあるかもしれません。答えは、一つではないだろうし、問いかけによって問いの性質も変わります。性質の変わった問で、同じ答えを出す・・・いや、同じ答えをだそうとするのはナンセンスかもしれません。が、やはりより多くの方が同じ景色をみてより良いなって思ってくれたらいいって思う。意外とこういう問いを考えなくてはならないことって身近にあると思いませんか。〇心の栄養になれば・・・私なんぞは、分類したり数値化して考えようとする傾向があるようなんですが、それはうまくいかないやり方だって学びました。それよりも、その問は正しい問いなのか、精査することが肝心であること。また、その問の出た背景を考えてみることが大切なようです。私のケースとしては、飛びついて失敗するパターンの王道のようです(笑)が、私のような人は意外と多くいるそうです。こういうときに、答えより問いを導くことって大切なんだなって学びました。で、またそのプロセスにおいて、問いを重ねて答えを出そうとする自分がいたりして笑える時があります。でも笑える時に考えてるのは自分です。そういうとき、自分の影(本当のところ?)に出会えたりします。さて、「同じ時期に同じ場にいて同じ景色を見ているとき、より多くの人が今の景色をよりよく見えるようになるにはどうすればいいでしょうか」心と時間に余裕のある時、今活動している場所でこの問いをすると、気づいていないあなたに出会えるかもしれません。大勢の人の中で自分を活かすと考える時があるのですが意外な副産物を得ました。副産物が心の栄養になってくれることを願って、今日の記事を締めたいと思います。もし何か届くものがあれば、嬉しいです。今日も、ご覧くださりありがとうございます。

  • 19Dec
    • ご無沙汰しております。

      〇ご挨拶ご訪問していただきありがとうございます。振り返れば2018年8月22日以来、1年4カ月ぶりブログ更新となりました。それもそうですが、2018年は年間で4記事しか書いてないことに自身も驚きです!自分のことを続けますが、2018年は私にとって人生で重要な出来事が重なった年でもありました。振り返れば、去年は厄年でした。厄年ってこんな!?っていうくらいの出来事続き。よくいいますが、厄年は「役年」。いろいろなお役目を与えられたんだなぁって思っています。同時に、終わった役目もありました。こういう巡りを意識すると世の中、無常だということを改めて思います。その中でも、健康が守られたことにとても感謝しています。〇最近の学びここで思うことは、自分の人生とは言えども「私だけの」人生ではないということ。多くの人々の中で生かされていることを実感すると、自分の人生って多くの人々と生きているという思いに至ります。そばにいなくても、見えなくても、自分の人生と関わりがあります。「人生で何を成すか」とても考えた時期がありました。しかし、「大勢の人と生きている」という見方をすると、成された、あるいは成されつつある人生を歩んでいるのだと思います。「自分が何を成すか」確かに今も重要なワードですが、それ以上に成された、あるいは成されつつある時期の中でどう関わっていけるか。これが重要に思えるようになってきました。大きなことをしなくても、関りの中で、自分の中の思いを育てていけたらいいなって思っています。そう思うと、他者の思いが以前より聞けるようになってきたと思う。皆それぞれ「思い」があり、それを成そうとしているって思うと、人種や性別が違おうが変わらないものがあると思います。やはりここに戻るのですが、「役に立ちたい」って思います。今与えられた場で、近くの人のために自分を働かせるにはどうすればいいか。それは、自分の中でなく相手の中にあったんだって気づきました。同時に、相手も私の何かを汲んでくれて動いてくれていることも気づけるようになってきました。私のためでなくても、大勢の何かのために活動している人たちと共に生きているっていう気持ちが生まれました。とはいえ、ベースは変わっていません。それでいいかなって思えます。そういう役柄なんだなって。あんまり調子のいいこと書くと、堅苦しくなるのでこの辺で(笑)久しぶりすぎて、何を書いていいやらわからなくなってしまった汗最後までご覧くださり、ありがとうございます。

  • 22Jul
    • あなた自身を読んでみよう

      こんにちは今日は「 あなた自身を読んでみよう 」と題してお話します。突然ですが、あなたはパソコンかスマホなどネットが見える環境でこの記事を読んでいます。文字が読める方なら、一様にこの文章を目で追っていることでしょう。同じ「 文字情報 」を、いろいろな方が読むことができます。しかし・・・ですよ。文章を読んで心に浮かぶことは同じでしょうか。「 どう思います?? 」あなたの頭の中で、あなたなりの切り口や興味関心などが、たった数行の文章を読んでいるうちに働きだします。もしかしたら・・・。・何も感じていないかもしれない。・何ら頭の判断基準で「YES か NO 」で判断しているかもしれない。・今後何を言おうとしているのか考えているかもしれない。私に興味を持っているのかもしれない。パッと思うに、数人の考えを想像しました。先ほどの例にヒットしたかたもいらっしゃるかもしれませんね。ここでお伝えしたい( 私が考えていること )のは、「 ぜんぶあなたが選んでいる 」ということ。私の文章は、あなたの心に問いかける文字の羅列でしかありません。あなた自身が、あなたの言葉で、あなたの思いで、あなたの考えで読んでいます。これに関して、私は文章を書く以上のことは私の範囲の外にあるということです。当たり前のことを堅苦しく言っています(;^_^Aつまり、完全に同じ考えを共有することはできないことになります。いやいや、こんな話をしなくても当然だって思う方は多いと思います。しかし・・・ですよ。今日起った出来事一つでも、自分の言葉(トーンも含み)、思い、考えをこのように客観的に観ているでしょうか。意外に、自分の考えって後回しになっていることはありませんか?自分以外のことを優先“ し過ぎ ” ていませんか。もちろん、反対の場合もありますね。この奥には、対自分、対相手(環境含む)に対するバランスが隠れています。今回は、こんなこと知っているよって思うかもしれませんが、たまに向き合ってみませんか?という提案です。バランスの話に対して、私なりの切り口で課題を書いてみました。「 出来事によって自分の思いは変化しますが、元の自分の思いは意外に変化していないのではなか 」よくステレオタイプという言い方がありますね。金太郎あめみたいな、何をしてもどこを切っても同じ答えを用意していることを指します。金太郎あめという “ 環境 ”は変化させることができますが、あなたの思いは金太郎あめをいろいろな角度から見てみることと比べたら簡単にできるでしょうか。これも、対自分、対相手(環境含む)バランスの問題が背景にあります。バランスをとるために、あたなは環境に対して、また、自分に対してどのように働きかけていますか。この問いは、難しいですか?簡単ですか?よろしければ、味わってみてください。以下、難しいって思う方に対して書いてみました。自分を変えることは意外と難しいときもあります。明日から、自転車の乗り方を変えて乗ってください。そういわれたら、簡単にいくでしょうか。自転車を変えないで、あなたの漕ぎ方を変えるのです。こんな現実離れしたことってないよねって思うかもしれませんね。しかし、自転車が仕事になったら同じことがいえるでしょうか。もちろん、仕事でなくてもあなたの関心のあることを当てはめて考えてみることも可能です。いかがです?あなたの心の中で、何か感情が湧き出てきませんでしたか?たまに、こういう 「メンドクサイ」問いかけをして、自分と向き合ってみるのも時として必要かもしれませんね。では、その必要になるときはどんなときか?最後の問いかけにしたところで、終了したいと思います。〇独り言3か月ぶりの記事になりました。今年に入って、この記事で3回目の更新です。ブログを書き始めて、こんなに更新が空いたのは初めての出来事です。この間、何度かブログを書こうと試みたことがあります。しかし、全部自分で否定して止めてしまいました。何を否定したか・・・。まぁ、いろいろあるんですけどね。とはいえ、正解なんかあるはずもなく、それを求めるのをやめたら書けた次第です。そして、簡単ですが書くまでにいたった、自分への問いかけが上のようなメンドクサイ問答をしていました。物事が進まない事に対して、いろいろ理由が挙げられますが、今回は一つに絞ってみました。私は、どこまであるかわからない道に対して、全部青信号がともらないと進めないと思っていました。冷静に考えると、アホなんですが、考えるうちに知らず知らずのうちにアホになっていました。まぁ、ベースがアホだろっていえばそれまでなんですけどね。ただ、こんなメンドクサイ問答を自分にしている間に、いろいろな景色を楽しめました。たまには、各駅停車に乗るのもいいものです。(あえて、説明はしない)答えを焦らず、問いを考えていきたいなぁ。最近の思いです。ずっと昔から言われていたことなんですが、最近やっと自分で言えるようになりました。聴いて知ることと、体験して知ることは、落ち方が違いますね。大変に勉強させていただきました。独り言終了!最後まで、ご覧いただきありがとうございます。

  • 08Apr
    • 生きることの意味って?

      こんばんは〇ご挨拶大変ご無沙汰しております。新年に挨拶をしたきり、無更新が続いていました。楽しみにされていたかたへお詫び申し上げます。滞ってしまったわけは、母の看病のためでした。闘病していましたが、今年の2月3日に天国に旅立ちました。二行にまとめてしまいましたが、この中でも学んだことはたくさんありました。何をどう伝えようか。考えていましたが、保留にしました。今回はふれないでおこうと思います。さて、今日のタイトルは「生きることの意味って?」です。特段、母の事ではありません。平成30年4月5日、NHKの「失踪」という番組を見てあれこれ考えたことをシェアしたいと思います。日本の見方はいろいろありましょうが、社会のセーフティーネットを抜けてしまう闇が存在します。今回見た「失踪」には、家でをする少女がいろいろな人を頼り、街をさまよいながら生きる姿が放映されていました。主にスマホの向こうのネット世界に、自分の「居場所」を求めているようでした。いろいろな人を頼り、街をさまよう姿がありましたが、まずは何故こういう状況になったのかをシェアします。いろいろな事情というのがありますが、今回の少女はご家庭では「優等生」という見られ方をしていたそうです。特段、何の支障もないいわゆる「普通の少女」でした。そんな彼女が家を居場所としてみなくなったところからストーリーは始まります。しかし、私の考えはなぜ「居場所と見なくなったのか」に注目しました。彼女曰く「家に私の居場所がない。なぜそう思うか。それはお父さんとお母さんの会話が無いから。」このような趣旨の発言をしていました。両親の会話が無いと、自分のことを相談しずらい。だんだん、両親に頼れなくなってしまう。なんとなく居心地が悪い。ここは居場所じゃない。こういう道筋があるそうです。ある程度までは自力で普通を演じることができますが、普通を目指して普通になるのと、日々面白くすごしながら、結果普通になるのとではプロセスが全く違います。少女の限界を超えたとき、自分の居場所を求めだす。心の叫びとして「構って!!」この一言に凝縮されます。ちなみに、こういう時に構ってくれるのはネットの中の異性だったりするとついていってしまう可能性が多いそうです。少女が求めているのは、異性でなく「居場所」。これほど求める思いが強いんです!!そう思わせる環境があったんです・・・。最終的に「生きている意味って何?」という心の中で叫んでしまう・・・。悲しい><両親のコミュニケーションの不具合が、間接的に少女の心を傷める結果になってしまうのです。両親としてはそこまで想定していなかったかもしれません。むしろ、その中でも「普通」に育ってくれていたため、さほど気にしなかったのかもしれません。声なき声を聴くことはとても大事です。しかし、いつも何を思っているかわからなければ、聴こうともできない。こういうのって、「無関心」なんだと思う。俗にいう「愛の反対」の状態です。もっと見るべきもの、考えるべきものがあったと思います。しかし、それも何か事態に直面してから・・・というのがキッカケになりやすいと思います。この構造は特別難しい現象ではないと思います。日常、そして誰でも起こりえることだと思います。よって、このように心に重荷を背負っている方々は、日本にかなりの数がいるようです。ご両親や周辺の関係者を含めれば、潜在的な数はもっと多そうです。〇私に何ができるか直接少女に手を差し伸べることはできませんが、今回の事例を今後に活かすならどうすればいいか。何も家庭に限っての話ではなさそうです。ちょうど、新年度が始まったばかりです。職場や学校など、個人を取り巻く大きな環境の変化がある季節です。今回の学びでいうならば、みな「構って欲しい」と思います。こんな直接的ではないにしても、少なくても興味をもって接して欲しい。承認欲求が高まっていると思います。上司も部下も、立場を超えて在ると思います。でも、立場としてでなく人間としてこういう課題にどう向き合うかが大切に思います。受け入れて欲しい人がいる。でも、受け入れて欲しい自分がいる。ではどうする?より長期的な視点で考えたらどうする?こういう視点に立てば、「受け入れてもらえるかどうか」は実は短期的な目線だと思います。その「場」がどんなばで、どういう目的があり、どういうふうに目的を目指していくのか。ビジョンを明確に、理念をもって、理念を軸に対話していくなかで「真の交わり」が生まれるのではないか。私はこう考えました。私の事例を出します。新しい人が部署に入ってきて嬉しい言葉を伝えてくれました。「以前、自分がいた部署に異動してきた人は、この職場は個人プレーの職場ですね」そういった人がいたそうです。その方は、その時イマイチピンとこなかったそうです。しかし、私と話すうちに当時言われていた意味が分かったと教えてくれました。何を話したかと言うと、その方の得意なことを聞いて活かす場を作ろうという話をしただけなんです。私が得意なことは私が。あなたが得意なことはあなたが。独りで完結させない。いろんなひとがパズルのピースのようにつながって一を成す。パズルをパズルたらしめる「絵」こそ理念ではないでしょうか。そこを目指して、いろいろなつながり方をする。そういう話は、切羽詰まった状態でなくてもできる。こういう余裕、少しでももっていたいです。〇本当の課題少女の話に戻します。大変つらい立場にいる少女のストーリーがありました。確かに、早急には少女が自分らしく生きる生活環境を調えることが必要です。それを踏まえて、彼女のような方が増えないよう、いや、もっと人が会話を楽しめるような雰囲気を一人ひとりが造っていくことが必要に思いました。何も難しいことではありません。笑顔で話すこと。ここからならできそうだと思いませんか。私は、毎日笑って過ごしています←常にではないですよっ!たった独りの人間でも、笑うことはできます。笑うから、笑えてくる。難しく構える必要なない!!まずは、笑って、笑って!一人ひとりの笑顔になると、世の中がグッと変わると思います。結論、少女や社会的に弱い立場の方の周りが、笑って過ごすことが本当の課題だと思いました。あなたにはどう映りましたか?また、あなたにとって「生きている意味は」この問いかけに、向き合ってみませんか?と問いかけたところで、結びにします。あなたにより一層の笑顔になる機会が訪れますように!

  • 03Jan
    • お正月のご挨拶

      明けましておめでとうございます。新年の挨拶ができる。これは何より息災なことです。新年を感謝の気持ちで迎えられました。いつも感謝の念を向けていますが、今年はさらに感謝をしていこうと思います。読者のみなさまにおかれましても、さらに実りある一年になりますように。さて、年の初めに、今年の漢字を宣言して結びにしようと思います。「導」導く。導かれる。思いはいろいろありますが、しっかりできるようにしていきたいと思います。今年の暮れに、「今年は導きある年だった!」と振り返りたいものです。短いですが、この辺で。今年が皆様にとって、より幸せな年になりますように!といったところで、結びにします。今年も祓い申す。清め申す。最後までご覧くださり、ありがとうございます。今年もよろしくお願いします。PSいまだ、バタバタしているためブログの更新はしばらくお休みする予定です。

  • 21Dec
    • オススメ!自律型社員を育てる「ABAマネジメント」

      こんばんは今日は、オススメ!「自律型社員を育てる「ABAマネジメント」についてお話します。○はじめにご無沙汰しております。今日は、私の勉強仲間が今年の12月15日に「自律型社員を育てる「ABAマネジメント」」を出版されたため、本紹介をします。 自律型社員を育てる「ABAマネジメント」 Amazon 著者榎本あつし(人事コンサルタント、社会保険労務士)出版社アニモ出版○紹介☑ABAって何?難しいの?ABAとは、Applied Behavior Analysisの略です。邦訳では応用行動分析です。私の職域では、知的障がい、発達障がいの方の支援の方略として、メディアでも広がってきた学問領域です。榎本氏は、人事コンサルタントの立場から、ABAを会社のマネジメントととして活用しようとしています。ちなみに、ABAの領域は知的障がい、発達障がいの分野にとどまらず、介護・リハビリ、スポーツ、経営とあらゆるジャンルで活用可能の心理学です。アメリカでは、ABAを中心としたコンサル会社もあります。それほど有名です。英語やカタカナの学問はとっつきにくい・・・と思うかもしれません。実は、一番とっつきにくいのは、日本語の専門用語ですけど・・・。って、ハードルを上げているわけではありません。ややっこしい専門用語でも、図解で詳しく解説し、かつ、活用事例を出し一緒に考えていくという立場をとっているのが本書の優しさの特徴です。ちなみに、専門用語はいわばツールの名前にすぎず、大事なのは″いかに活用するか″です。自転車でいうなれば、サドルやハンドル、リムや虫ゴム・・・など、各パーツに専門用語(部品名)がありますが、そんなの知らなくても自転車はこげますよね。それよりも、何のために自転車をこぐのか。ここが利用者にとって一番大事なところです。英語やカタカナにとらわれず、まず目的をもって読まれることをお勧めします。☑目的を定めて読むこと!タイトルは「自律型社員を育てる「ABAマネジメント」ですが、社長目線だけの本では決してありません。もちろん、社長や上司にあたる人が活用されることもオススメですが、社員の立場で読まれることもオススメです。つまり、働く人であればオススメの本です。目的を定めて読むこととしたのは、この本の目的ではなく、あなた自身がどのようにしてこの本と関わるか(学ぶか)ということです。前述しましたが、ABAの活用法は図解や事例を用いて易しく解説しています。解説だけではなく、本書には″目的シート″が用意されています。本書を購入した方は、無料でサイトアクセスすると、用紙をダウンロードすることができます。本書を読みながら″あなたの事例″を書き込むことで、あなたにとって有用なものとなるでしょう。そのとき、本書は内容を解説する立場から、辞書的に使われる立場になるでしょう。そうやって、自分の目的を中心として、本書と付き合うことが良いと思います。ABA(応用行動分析)は、目的をもって活動することが大事。万が一目的からそれた活動や、活動がうまくいかないときにどうすればいいのかを考える基礎として活用できます。☑個人的な感想会社からみれば社長も社員も、役割を持った共同運営体です。誰が偉いとか、そういうのは本来ないと思います。役割に徹することで、全体のパフォーマンスが上がると思っています。よって、本書に対して広義の解釈をするならば、自律型社員は全社員が対象になります。横っちょの関係性(社内同士の関係性)も大切ですが、ぜひ会社の存在意義、目的を中心とした自律型社員になると良いと思います。もうちょっとイメージしやすくするならば、内臓(部署)はそれぞれが一番だと思って頑張り過ぎると、体(会社)全体はかえって不健康(経営に支障)がでるでしょう。かく内臓(部署)が協調することで、円滑に体(会社)が動くことになります。それには、健康(健全な運営)を保つことが必要で、どういう目的であなた(会社)が存在するのか。あなた(会社)は、社会の何のために貢献するのか。ここを目的とし、体内(各部署)の健康管理(マネジメント)をすると良いと思います。会社を人に例えて解釈しましたが、この本は自分自身の活動も分析できます。是非、会社運営って難しそうだなぁって思う方も、自身の活動をもっとうまくやりたいなぁって考えている方がいれば、本書はあなたにとって有用なものになるでしょう。心を込めて、「自律型社員を育てる「ABAマネジメント」をお勧めします。是非、本書を手に取ってみてはいかがでしょうか。といったところで、結びにします。今日も、祓い申す。清め申す。最後までご覧くださり、ありがとうございます。また、お会いしましょう。。PS○私事ですが・・・。現在、私自身、諸事情でバタバタしております。楽しみにしてくださっている方に対して恐縮ですが、しばらく、ブログの更新は控えようと思います。落ち着いたら、再びアップします。いつも、楽しみにしてくださってありがとうございます。感謝いたしますm(__)m

  • 14Dec
    • 「野生のロバと飼われているロバ」の学び イソップ寓話より

      こんばんは今日は、「野生のロバと飼われているロバ」の学び題してお話します。○はじめにイソップ寓話からの学びを紹介しています。イソップ寓話には、お話の一つひとつに人間の心模様が織り込まれています。多くは人間の代わりに動物に例えていますが、その奥には人間の心理状態が描かれています。読んで味わうのもよし、分析するのもよし、イソップ寓話に限らずモノの見方・捉え方はそれぞれです。私はイソップ童話の学びを通して、「現実に活かしたい!」という思いがあります。学んだものを活かせば、学んだものから活かされる存在になる。この繰り返しが、成長の糧となる。今、できる解釈でイソップ寓話の背景にある心模様を解釈していきたいと思います。ご興味のある方は、ご一読ください。○「野生のロバと飼われているロバ」あらすじ野生のロバが1頭。日の良く当たるまきばに飼われているロバのそばにより羨ましそうに話した。「あなたは幸せですね。そんなによく太って、おいしそうな草が食べられて」直後、飼われたロバが重そうな荷物をつけて、ロバ引きにこん棒で殴られているのを見て一言。「なーんだ。ちっともうらやましくないや。おいしい草をどっさり食う為に、あんなにひどい苦労をしてるんだから」以上○学び物語が伝えたい事は、どんなに良さそうな暮らしぶりをしていても、危ない目と引き換えに暮らすのは良い暮らしとはいえない・・・というもののようです。「隣の芝は青く見える」ということわざと同じかもしれません。今回の寓話は、似て非なるところがあります。どちらも他と比較してうらやましいと思いますが、一方はそれだけ。一方は裏面も見ています。もちろん、裏面も表面も「うらやましい」と思えることはあるでしょう。ならば、その背景にある思いや気持ちは見えるでしょうか。生活習慣、そして、それを間接的に動かしている「思い」まで共感できるでしょうか。物語ではそこまで触れていませんが、「うらやましい」で終わっていないところに、この物語の面白さがあります。単純に、うらやましさより嫌な面が上回っただけでしょっていう解釈もできますが、それは反応的であり、本質を捉えてないと思うため学びとして広げていこうと思い解釈しました。とはいえ、反射的な反応も本質ともいえます。まぁ、解釈次第なんですけどね。以下、物語とは関係ない話をします!人の思いや思考は様々にありますが、行動は一度に一つしかできません。たとえば、いろいろ考えていることがあっても、時系列に並べると、一度に一つになるでしょう。例)朝一番で思ったこと。「寒い・・・、まだ寝てたいな」「でも、仕事におくれちゃうし」「いやいや、いかなきゃ・・・、あ、今日は大事な会議が・・」~ちょっと、布団をめくる。寒い風が入ってくる~「あー、ダメダメ。ギリギリまで寝よ」~遅刻ギリギリの時間を見て~「ダメだ、起きよう」以上こう考えたとしても、結局どこかで「起きる」行動をします。また、いろいろ思っていることを時系列に書きましたが、それも一度に一つです。で、起きようと思い立った直接の原因は「遅刻ギリギリの時間」でした。遅刻をすると、いろいろ謝って回らなくてはならないし、仕事もかさんでいきます。それを思うと、エイって起きて間に合った方がお得です。今回は、阻止の意味合いですが、いろいろ天秤にかけて、最後によりメリットのある選択をするのが一般的です。よって、「いろいろ考えているのにできない」と考える方にはとくに、書き出すこと考えが整理されるでしょう。そして、できるかできないかを決めるのは、「遅刻ギリギリの時間」のように決定的な選択肢があってこそですし、その選択肢を決めている背景を見ると、自分の信念(思い)に依存していることが分かります。たいていは、同時にいろいろ選択しなくてはならない・・・と思い込んで、それを一度に整理しようとするからややっこしくなる・・・というのが現状よくあることだと思います。もう一度例を出してみます。そして、対策を書いてみたいと思います。例)朝一番で思ったこと。「寒い・・・、まだ寝てたいな」  対策: 寝る前に着込む。暖房のタイマーをセットする。衣類を温めておく「でも、仕事におくれちゃうし」「いやいや、いかなきゃ・・・、あ、今日は大事な会議が・・」※直接は、寒さが原因のため、寒さを防げれば以上の二つを引き合いに出すことは無かった。~ちょっと、布団をめくる。寒い風が入ってくる~「あー、ダメダメ。ギリギリまで寝よ」※行動前に直接デメリットとなる刺激(寒い風)を感じると、行動が起きにくくなってしまうことがあります。行動をすることもしないことも、その前の刺激によって左右されることもあります。例とは関係ない話ですが、これから何かしようとする人に対して、「これやりなさい」といったとした場合、「そう思っていたのに」とへそを曲げられるパターンもこれと同じです。「あとどのくらいで準備できそう?」と促進するような穏やかな言葉かけにすると、良いかもしれませんね。~遅刻ギリギリの時間を見て~「ダメだ、起きよう」※デッドラインが効いています。そして、いろいろなことを素早く処理しなくてはなりませんし、端折ることも出てきます。こうならないように、事前に準備をしておくことが肝要です。デッドラインは効果があるため、上手に活用しましょう。ただし、適切な長さや、ハードルが高すぎないような環境設定が大切です。物語に戻ります。野生のロバがこういった心構えを持っていて、飼われているロバをみたらどういう感想を持つでしょうか。違いは、野生か飼われているかの差があります。野生か飼われるかは、本人が選択できない場合もあります。それは親の環境に依存します。飼われているロバが、子どもを産んだら引き続き飼われることになるでしょう。野生でも同じ。そこから、飼われたり、野生に戻る可能性もあります。環境が変わっても、それに適応していかなくてはならないのは共通していると思います。野生のときと、飼われているときの価値判断は多くは違うものになるでしょう。つまり、環境が価値判断の大きな要因になっていることは間違いないでしょう。一概に言えませんが、飼われている方(養殖されている以外)が生存率は高いかもしれません。結果、どのような環境でも自分を制御できるかが問題であって、違う文脈で生きている方とそのまま比較しても、状態の違いが分かるだけで本質的な違いは分からないでしょう。何かと比較してうらやましいと思うことはたくさんあります。その方の背景をも見て、うらやましいと思える・・・いや、尊敬できると思えれば、それは前者と違い、相手も自分も尊重できる人になるでしょう・・・たぶん。自分の生き方を見つめることは、とても重要だということを今回の物語で学びました。あなたは、どう学んだでしょうか。自身の気づきを味わうと、心境の変化を感じるかもしれませんね。今日は、このあたりで締めたいと思います。イソップ寓話のお話も、紐解けば現実どこにでもある出来事だからこそ、ずっと親しまれてきたのかもしれませんね。古典というと古い印象がありますが、温故知新のことわざに沿うと、学ぶことで精製された知識を使うことは、今をよりよく生きる術として昇華しそうです。あなたならではの発想に、当ブログがお役に立てたら嬉しいです。といったところで、結びにします。今日も、祓い申す。清め申す。最後までご覧くださり、ありがとうございます。また、お会いしましょう。