少年時代、父の代から

 その事に気づいたのは、刑務所へ入れられてからでした。

 私は数十年に渡り集団ストーカー被害を受け、密かにマインドコントロールされ、最終的に刑務所にまで入れられました。無知でした。もっと早く集団ストーカーやマインドコントロールについて調べれいれば、こんな事にはならなかったのにと思います。

 私は、父の代からの集団ストーカー被害者です。ですから、生まれた時からという事になります。父の愛読書が島崎藤村の『夜明け前』だったものですから、その主人公が行なった通りに、私は放火をして、気狂い扱いで牢に入れられました。すべては仕組まれた事だったのです。

 数十年に渡る集団ストーカー、マインドコントロール被害。以下にそのあらましを書きます。

 

 私は巳年生まれです。そんな私が蛇にかまれて入院したのは中学2年生の時でした。

 弟は申年生まれです。そんな弟は子供時代、近所で飼われていた猿にかまれ、ケガを負いました。

 ヘビ年生まれが蛇にかまれて、サル年生まれが猿にかまれるなんて、そんな偶然があるでしょうか。

 マインドコントロール技術は私たちが思っている以上に進んでいて、例えばMK‐デルタなどのようにサブリミナル電磁波を使って密かに人間をコントロールする技術は1960年にはすでに開発されているのです。現在では獣や鳥、昆虫ですらコントロールできるといいます。しかも、人工衛星を使って、たとえターゲットがビルの10階にいようとも、その上の10階、その下の10階をしっかりと識別して、ピンポイントでコントロールできるといいます。

 

人工衛星によるマインドコントロール

 

電磁波攻撃、マインドコントロールなどについて

 

・1960年  MK‐DELTA 開発元:CIA 
 微調整された電磁波によるサブリミナル・プログラミング。 

 周波数はVHF、HF、UHFをELFで変調。伝送・受信はテレビアンテナ、 ラジオアンテナ、電送線、マットレスのコイルなどを60ヘルツ配線で変調。

  目的は一般人の行動や態度のプログラミング。効果は疲労感、気分のムラ、 行動機能不全、社会的犯罪行為。

 別称は「深い眠り〈ディープ・スリープ〉」

(引用終わり)

 

 私たち兄弟は、それぞれ蛇や猿にかまれるようにコントロールされていたという事です。そして、蛇や猿も、相手をかむようにコントロールされていたのです。

 私が蛇にかまれた状況は以下の通りでした。

 いつものように、夕方、犬の散歩にでかけた私。両脚には指先が露出しているサンダル。

 家を出てすぐの所でした。茂みから道路へ、まるで私たちに遭遇するために出てきたかのように、にょろにょろと蛇がはい出てきたのです。それは絶妙のタイミングでした。私はその蛇をサンダル履きのつま先で突っつこうとしました。その瞬間、蛇に足の指をかまれたのです。

 その蛇は毒蛇だったため、私は病院に一週間入院する羽目になりました。

 今思えば、私が飼い犬を連れて散歩に出るその時を見はからって蛇は道路へにょろにょろとはい出るようコントロールされ、私は私でその蛇をかまうようコントロールされていたのです。

 弟が猿にかまれた状況も同じです。猿は弟をかむようコントロールされていて、弟はコントロールされているとは知らず、鎖でつながれた猿の行動範囲内に入って行ったのです。

 かくして、ヘビ年生まれが蛇にかまれ、サル年生まれが猿にかまれるという偶然にしてはできすぎな事が起こったのです。

 

 弟といえば、私も弟も3月生まれです。これも偶然ではありません。きっちりした家族計画の元にそうなった? 違います。

 父は3人兄弟の3番目です。そして、三本杉という地名の出身です。「3」は、父にちなんだ数字なのです。

 父の代からの集団ストーカー被害者だと先に書きました。これは、集団ストーカー加害者側によって計画的に兄弟そろって3月生まれにされたのです。

 

 後に書きますが、私が放火をして警察に逮捕された時に、入れられた留置場の部屋番号は「3」房でした。

 刑務所に入れられた時、私が配属されたのは「3」工場という懲役作業場でした。

 偶然ではありません。すべては仕組まれた事なのです。

 刑務所での受刑者番号は「444」番。日本人が嫌う数字「死」が3つも並んでいる数字でした。嫌がらせです。ちなみにかの読売巨人軍、長嶋茂雄の生涯ホームラン数は444本。長嶋茂雄の現役時代の背番号は「3」です。ポジションは「3」塁手でした。

 

 さて、刑務所の話が出たところで、ここらで本格的に刑務所に入れられる羽目になった経緯を書いてみようと思います。

仄めかしと睡眠妨害

 島崎藤村の『夜明け前』の主人公がした通りに、、私は放火をして気狂い扱いで牢に入れられたことは前に書きました。

 それ以前に、私は20歳の時に日本一周の旅に出て、自分の旅ノートに出会った人たちの一言コメントを書いてもらっていました。その中で、あれは確か秋田駅前で出会った自転車サイクラーの人のコメントだったと思うのですが、

「日本一周、刑務官も応援しています」

 と書かれました。

 刑務官。

 いわずと知れた、刑務所の看守です。こんなに珍しい職業の人がピンポイントで私の前に現れて、私の旅ノートに記入する。そんな偶然があるでしょうか。私は、将来刑務官のお世話になるよう刑務所に入れてやるぞとの予告だったと解釈しています。

 実際に放火をして逮捕されるその2年前、私は職場で「放火されて燃やされている家の絵」を描かされました。時間をかけてじっくりと描かされました。これも今思えば偶然などではありません。私の未来を予告されていたのです。

 それから私への集団ストーキングが頻繁に行われるようになってきました。

 まず、自宅で就寝したら、1時間も経たずに火災報知機のベル音が大音量で鳴り渡り、叩き起こされました(当時私は集合住宅に住んでいました)。それが、私を放火魔に仕立て上げるミッションののろしだったのです。

 同時期、知人の紹介で移った職場のすぐそばには消防署がありました。これも偶然などではありません。近い将来、消防署のお世話になる日がきっと来るぞとの、仄めかしだったのです。

 そのころからでした。睡眠妨害が行われるようになったのは。

 就寝しようとすると、別の部屋のドアがバタン! と音を立てて開け閉めされ、どたばたと階段を下りる音で、眠りに落ちようかというまさにその瞬間に叩き起こされました。人間、一度叩き起こされると次に眠りに落ちるまで相当な時間を要するものです。次に眠りにようやく落ちかかると、表の通りに救急車がサイレンを鳴らして現れ、また叩き起こされました。それでも時間をかけてまた眠りに落ちようとすると、表の通りで車がクラクションを鳴らし、その音で叩き起こされました。さらに、さらに眠りに落ちようとすると、表通りの通行人が道路に痰を吐き、その音で叩き起こされました。

 このように、執拗な睡眠妨害で私の睡眠時間は毎日1時間程度となりました。

 私の脳波を電磁波機器で遠隔地からモニタリングしていて、睡眠に落ちるまさにその瞬間をとらえてこれらの妨害工作をしていたのです。

 集団ストーカーの実行犯はイルミナティ。日本での実行部隊は創○学会との書き込みがweb上では多いですが、私もそう思います。私の人生の節目、節目には、創○学会の人が関わってきています。

 このころ私は秋葉原に通い、自作PCに凝っていて、特にイルミネーションには半端でない力を注いでいました。イルミネーションはイルミナティと同義語です。照らし出すもの、です。

 

 

 写真は当時自作していたPCです。イルミネーションが目立つでしょう。

 これも、マインドコントロールされての事だったのです。このころ私はまだ、私の人生を支配しているものがイルミナティだとは知りませんでした。なので、仄めかされていたのです。イルミナティの存在を、暗に私に知らしめようとしていたのです。私はそうとは知らず、サブリミナルメッセージで、イルミネーションが派手なPCをさも自分の趣味で組み立てていたと錯覚させられていたのです。

 話がPCにそれてしまいました。刑務所に至る話に戻りましょう。

放火、逮捕。その後も国家権力ぐるみで

 睡眠妨害はまだまだ続きます。今度は脳内に直接音声データを送り込む方法でです。脳内音声攻撃です。

 音による睡眠妨害がひどいので、私は耳栓をして就寝するようになりました。

 しかし。

 耳栓をしても、無線で脳内に直接音声データを送り込まれ、それで入眠しかかったところを引きずり起こされます。具体的には、花火の音、チェーンソーのような音、ボスッと何かを叩くような音などです。相変わらず、毎日睡眠1時間の日が続きます。

 そこで私は考えました。何か反撃をしなければやられっ放しだ、と。

 そして思いついたのが放火をする事だったのです。

 今思えば不自然です。眠らされないのになぜ放火なのか。まったく接点がありません。

 ここがポイントです。ここで、前述したマインドコントロール兵器によってサブリミナル的に放火をするよう導かれていたのだと思います。『夜明け前』と同じになるように。

 かくして私は放火魔となり、夜な夜な町へ繰り出しては放火をくり返し、警察に逮捕されるに至りました。

 

 警察に逮捕されて、留置場で入れられた部屋は、前述した通り「3」房でした。父にちなんだ数字です。そんな所にまで集団ストーカーの力が及んでいたのです。

 私は、「これで人生が終わった」と絶望しました。毎日自殺の事ばかり考えていました。

 そんな中でも、毎日眠らされない集団ストーキングは続きました。ただでさえ逮捕されたショックで眠れないところを、眠りに落ちかかるその瞬間をとらえて留置場内で誰かが咳をして引きずり戻されたり、また眠りに落ちかかろうとすると夜勤の見回りの警察官が私の3房の前で放屁をして、引きずり戻されたり……と、そんな事の繰り返しで、眠らされませんでした。

 警察までもがグルか。

 私は絶望しました。

 

 警察での取り調べ時に、警察官に対する私の供述通りに補佐官がPCで調書を書いて、プリントアウトした調書に警察官、私の双方が確認の手書きサインをするのですが、調書にサインする警察官の手がいつも小刻みに震えているのを私は見逃しませんでした。私を逮捕して、取調べをして、強い立場にあるはずの警察官の手がなぜ小刻みに震えるのでしょうか。この警察官は何か重大なことを隠している……そう思わざるを得ませんでした。

 

 グルといえば検察官もグルでした。

 逮捕されて警察の取り調べを受けると同時に、検察の取調べも受けます。検察庁へ身柄送検されて、檻の中へ入れられ、検察官に呼び出されて取調室へ出て行くのですが、私が取調べを待って一日中檻の中でしているポーズ、長椅子に座らされ、片足を長椅子の上にあげたポーズを、取調室の検察官がなぜか知っていて、これ見よがしに同じポーズをして見せるのです。檻の中に盗撮機がしかけられていて、私の事を観察していたとしか思えません。

 検察までもがグルか

 私はまたしても絶望しました。

 

 私はペットの小鳥を飼っていたのですが、警察に逮捕されるのと同時に近所に住む友人にその小鳥の世話を託しました。しかし小鳥は9月6日に死にました。

 9月6日。「苦労」の日。

 まるで私の未来を予告するような日付です。こんなところにまで集団ストーカー、テクノロジー犯罪者の手が及んでいるのかと、ペットロスも相まって、私は絶望しました。

 

 警察の留置場にいたころに、両脚が痛くなりました。ひざから下の部分が、何とも言えないぐらい痛み、身動きも取れないほどでした。医者に連れて行かれましたが、原因はわかりません。医者は、

「精神的なものだね」

 と一言で片付け、鎮痛剤を処方するだけでした。もちろんそんな鎮痛剤など効きはしません。これもテクノロジー犯罪者の電磁波照射によるものだったからです。警察の留置場の中で、絶望し、激痛に耐え、毎日を過ごしました。

 

 留置場で10カ月を過ごして、私は東京拘置所へ移送されました。

 拘置所で両脚の痛みを訴えると、眠剤と安定剤を処方されました。拘置所の医者は意味深げに言いました。

「痛みを感じるのは脳だから、脳を働かなくさせれば痛みは消える」

 と。

 その通りに、眠剤と安定剤を服用すると両脚の痛みはうそのように消えました。

 これも、集団ストーカー、テクノロジー犯罪者が私の脳に働きかけているのだということを仄めかしていたのだと思います。拘置所もグルでした。

 

 拘置所でも眠らされない日々は続きました。夜間私が眠りに落ちかかると、夜勤の拘置所職員がカターン、カターン、と何かを叩く音を鳴り響かせ、その音で引きずり戻されました。

 また眠りに落ちかかると、よその部屋の扉を叩く音がして、その音で引きずり戻されました。

 また眠りに落ちようとすると、タイミングよく部屋の天井の板がバキッ、と鳴り、その音で引きずり起こされました。

 この、天井の板などがバキッ、と音を立てるのは、テクノロジー犯罪被害者の方々がよく訴えられることです。電磁波が壁板、天板などを鳴らすのです。

 拘置所では気の休まる暇がありませんでした。毎日睡眠不足で、日中もぐったりとして過ごしていました。

 

 裁判が本格的に始まりました。

 私は逮捕直後に、脳内に音声が聞こえるなどの事実を正直に取調べ時に話していましたので、鑑定留置にかけられ、「統合失調症」というレッテルを貼られていました。なので、求刑15年のところ、懲役8年の判決で済みました。心神耗弱状態という事で刑期が約半分に減らされたのです。

 それでも8年という年月は長過ぎます。判決言い渡し時には足元がぐらりと揺れた気がしました。

 私は控訴しましたが、控訴審の判事はあからさまにいらついた様子で、貧乏ゆすりをしていました。判事の椅子の背もたれが始終ゆさゆさと揺れていたのを今でも覚えています。控訴審、上告審共に棄却され、私の懲役8年の刑が確定しました。

 刑が確定の日、秋だったのですが、その日だけ極端にひんやりと気温が冷え込んだのを憶えています。私は心身共に非常に寒い思いをしました。

 

 このころ、東京拘置所の近くの首都高速小菅ジャンクションあたりから救急車のサイレン音が頻繁に聞こえてきて、私はいら立っていました。その事をノートに書いたところ、拘置所内で流されるNHKラジオに、ゲストとしてある漫画家が出演して、

「私は愛車のベンツで首都高のジャンクションを眺めに出かけるのが趣味なんですよ」

 と話しました。拘置所の私の部屋を盗撮し、わざとそんな仄めかしを言っているのです。また、ベンツに乗っている事をわざと話し、拘置所で質素な、みじめな生活を送っている私に当てつけをしているのです。 官民共に信用できないと思いました。

 

 東京拘置所では、また足を痛くされました。両脚親指の爪が巻き爪になり、出血して、指が腫れ上がったのです。今までこんな事など一度もなかったのに、なぜ?

 答えは簡単です。またテクノロジー犯罪者たちの電磁波兵器の犠牲になったのです。彼らに容赦はありません。また足を痛くしてやれ。それだけです。私は拘置所内で手術を受け、巻き爪を除去してもらいました。それ以来、左足親指の爪は生えて来なくなりました。

刑務所へ

 東京拘置所で1年半を過ごし、次は刑務所へ送られました。静岡刑務所です。あとで書きますが、この静岡刑務所に送られた事にも、父の愛読書、島崎藤村の『夜明け前』にちなんで、ちゃんと意味が持たされていたのです。

 刑務所では受刑者番号444番という番号を付与され、3工場という作業場に配属されました。そこで私はチャッカマンというライターの製造作業に携わる事になります。前にも書きましたが、「3」は私の父にちなんだ数字です。

 444番という番号にも悪意を感じます。日本人が忌み嫌う「死」が3つも並んだ数字です。お前の人生は死んだも同然だぞと言いたげです。これも前にも書きましたが、かの読売巨人軍の長嶋茂雄の生涯ホームラン数が444本でした。長嶋茂雄の現役時の背番号は「3」です。ここにもまた「3」が出てきました。数字にこだわるイルミナティらしい所業です。

 チャッカマンを製造する作業に従事させられたのにも意味を感じます。放火魔がチャッカマンを造っている。こんな皮肉はありません。

 刑務所もまたグルだったのです。

 

 刑務所でもまた眠らされない日々が続きました。最初に私は10人部屋の雑居房に入れられたのですが、ここで夜中にトイレに起きた者が、トイレへの通り道に寝ている私の頭を寝ぼけたふりをして蹴り、私は叩き起こされました。毎晩それは続きました。また、夜中に薬を探して部屋の中をうろうろと動き回る受刑者がいて、これが私の布団の上を歩き、重みで目覚めさせられました。

 刑務所入所から約1年がたち、私は単独室(1人部屋)に移されました。しかしここでもまた、眠らされない日々が待っていました。

 就寝時に眠りに落ちかかります。すると天井の板、または照明がバキッ、と音を出し、引きずり起こされました。再び眠りに落ちかかると、今度は夜勤の刑務官が見回りで私の部屋の前を通った時にわざと放屁をし、その音で引きずり起こされました。長い時間をかけて再び眠りに落ちかかると、また夜勤の刑務官がやって来て私の部屋の前でわざと咳払いをし、その声で引きずり戻されました。

 また、夜中に熟睡時に、いきなり覚醒電磁波を照射されて、眠りの底から一気に覚醒させられる、というような事もありました。

 刑務所もみんなグルです。私は絶望的な気分になりました。

 

 様々なトラブルにも巻き込まれました。それらがすべて芝居がかっていて、わざとらしく、いんちき臭いものでした。芝居がかったことが大好きなイルミナティらしいことです。

 そんなですから、表向きは平静を装っていても、私は誰一人信用せずに受刑生活を営んでいました。

 そんな私に転機が訪れました。刑務所を移送になったのです。

新しい刑務所でも

 新しい刑務所は「喜連川社会復帰促進センター」といいました。施設名に「刑務所」の三文字が入っていませんが、れっきとした刑務所です。栃木県の日光の近く、さくら市にあります。静岡からマイクロバスで1日かけて移送されました。

 この喜連川社会復帰促進センターで私に割り振られた受刑者番号は2605番でした。

 何の意味もないように思われるでしょう。ところがあるのです。皇紀2605年は西暦に直すと1945年です。そう、歴史的な大戦に日本が敗北した年です。私は「敗北」という意味の込められた受刑者番号を割り振られたのです。のっけから刑務所側の悪意を感じます。そして、数字にこだわるのが好きなイルミナティの悪意も感じます。

 

 ところで、私は東京拘置所から静岡刑務所、そして喜連川社会復帰促進センターへと移送されてきました。このことにも意味があるのです。

 東京は江戸。徳川幕府が置かれた地です。

 そして静岡。これも徳川ゆかりの地です。徳川家康を祀った久能山東照宮が静岡にはあります。

 そして、喜連川社会復帰促進センターの近くの日光にも、徳川家康を祀った日光東照宮があります。

 私は徳川ゆかりの地を転々としてきたことになります。

 私の父の愛読書が島崎藤村の『夜明け前』であることは先に書きました。その主人公がした通りに私は放火をして、気狂い扱いで牢に入れられたことも書きました。すなわち、放火魔として逮捕され、統合失調症と診断されて刑務所に入れられました。これは偶然ではありません。そのようにコントロールされての事なのです。

 そして、『夜明け前』は幕末が舞台の小説です。幕末における敗者は徳川です。私は、敗者ゆかりの地を転々とさせられてきたということになります。そして「444」や、「2605」などといった社会的な死、敗北者を意味する数字を受刑者番号としてあてがわれてきました。

 徹底的に敗北者扱いをする。ここにもイルミナティの強い悪意を感じます。日本での実行部隊は別組織か知りませんが。

 

 喜連川社会復帰促進センターへ移っても、夜眠らされない嫌がらせは続いていました。しかしやり口が今までのようなアナログなものでなく、電磁波テクノロジーを使ったより高度なものへと変化していきました。

 まず、夜寝入る時に天井の照明器具がバキッ、とタイミングよく音を出し、私は引きずり戻される。それが連日のように行われました。これが続くとなかなか寝入る事が出来ません。

 ようやく眠りに落ちても、レム睡眠とノンレム睡眠とを遠隔地で監視しているテクノロジー加害者から、眠りの浅くなったところを狙ってまた天井の照明器具をバキッ、と鳴らされ、夜中に引きずり起こされる。これも連日続きました。天井や壁の板をバキッ、と鳴らされるのは、テクノロジー被害を受けている方々がよく訴えているところです。電磁波によってこれらの現象が引き起こされるのです。

 また、夜深く寝入っている時に遠隔地から電磁波で脳を操作され、すうっ、と覚醒させられる。これも連日続きました。覚醒間際に、脳内にだけ聞こえる音声で音楽を鳴らされたり、人のしゃべる声を聞かされたりもしました。現実にはそんな音や声はどこでも鳴っていないのに、私にだけ聞こえる。

 一般にこれは幻聴と呼ばれますが、そんなものではありません。テクノロジー犯罪のなせる業です。

 また、寝入っている時に遠隔操作で神経を刺激され、全身を痙攣させられて叩き起こされる、というようなことも起こり始めました。脳や神経に流れているのは微弱な電気信号です。これらを電波で刺激することによって痙攣などを引き起こすことができるのです。

 さらに、寝ている時にお腹のあたりを足で踏みつけられるような感覚も脳内に送信されました。本当に踏みつけられているかのような感覚を味わうのですが、私は鍵のかかった個室で1人寝ているわけで、誰かに踏まれるなどということはありえません。これは、踏みつけられている感覚のデータを脳内に送信されて、脳がそう感じているだけなのです。

 これらはすべて、私の脳波を遠隔地から無線でモニタリング、コントロールしていることからできる技です。

 これらによって、私は連日睡眠不足にされました。

はじめての懲罰

 喜連川社会復帰促進センターでは、私は単独室(個室)に入れられていました。ここでもトラブルが絶えませんでした。隣室には必ず問題児が配置され、トラブルを起こそうとします。これも集団ストーカー加害者側のしわざです。

 ある日、隣室の住人が壁をけってきたので、私もけり返しました。するとそこへタイミングよく刑務官がやって来て、私は現認で懲罰室へ連れて行かれました。罪の名前は「静穏の阻害」です。確かに壁をけって静穏の阻害をしました。しかし先に壁をけってきたのは相手の方です。私だけが懲罰を受けるのはおかしな話です。

 私は数年にわたる受刑者生活で初めて懲罰を受けました。くやしい気持ちでいっぱいでした。懲罰の内容は「閉居罰」です。一日中せまい部屋にとじこめられて、すわって目を閉じ、反省をするのです。

 刑務所では、懲罰を受けると懲役作業工場が変わります。懲罰を終え、私は新たな工場へ配役されました。

運動会で転倒

 秋になり、刑務所でも運動会の季節となりました。私は脚に多少の自信がありましたので、工場対抗リレーの選手に立候補しました。しかし、ここにもイルミナティの策謀が待っていました。

 運動会本番、リレー競技が始まって、私が走る番になりました。バトンを受け取って、全力でトラックを走ります。行く手には、トラック外側に私の工場の応援団がいて、私の走る姿を見ています。自分の組の応援団の前でいいところを見せたいというのは人間誰しも持つ感情ではないでしょうか。私もそうでした。なので、全力で走ります。やがて、私の組の応援団の前を通過します。

 その瞬間でした。私の足からがくんと力が抜けて、一瞬にして転倒させられたのです。

 やられました。またイルミナティのしわざです。まあ、日本での実行部隊が誰なのかは知りませんが。

 私が自分の組の応援団の前でいい格好をしたいというのは、わかり切っていることです。そこで電磁波加害者は考えました。電磁波を使って、その瞬間、遠隔操作でターゲットの脚の神経を一瞬麻痺させて転倒させてやろう、と。そして恥をかかせてやろう、と。かくして私は電磁波加害者の思惑通りに、自分の組の応援団の目の前で転倒させられ、恥をかかされました。成功、成功、です。

 

ソチ五輪での浅田選手のミスと指向性電磁波照射を考える

不正洗髪

 刑務所生活での入浴は週に2回です。それ以外にたとえば頭がかゆいからといって自室で勝手に頭を洗ったりすれば、「不正洗髪」として摘発され、懲罰を受けます。

 ですが私は先の1回目の懲罰以降、やけくそになって、毎日自室で不正洗髪をしていました。週2回の入浴では頭がかゆくてしかたがなかったのです。シャンプーを使い、水道水で頭を洗っていました。そして、刑務官に見つかって、懲罰を受けます。こんなことを繰り返していました。

 しかし、この不正洗髪で懲罰を受けるタイミングにしかけがありました。

 私が懲罰を受けたのは、3月、6月、9月、12月です。3カ月ごと、3の倍数の月に懲罰を受けていたのです。

 私の父にちなんだ数字が「3」であることは先に書きました。だから私は警察署の留置場で「3」房に入れられ、静岡刑務所では「3」工場に配属されました。静岡刑務所での受刑者番号は「444」です。長嶋茂雄の生涯ホームラン数といっしょの数字です。そしてその長嶋茂雄の現役時の背番号は「3」です。

 そして、不正洗髪での懲罰も「3」にちなんだ月に受けさせられていたのです。

 これも、数字にこだわるイルミナティらしいことです。

次々と隣室に送りこまれてくる工作員たち

 不正洗髪による懲罰も一段落したある日、隣室に新たな工作員が送りこまれてきました。

 この男は私の弟と同じ名前を持ち、ロックバンドoasisのノエル・ギャラガーとそっくりな顔をしていました。ノエル・ギャラガーは、弟のリアム・ギャラガーと仲が悪いことで有名な男です。

 これはあからさかまな工作員が隣に送りこまれてきたな。

 私はそう思いました。トラブルを起こすために送りこまれてきたのにちがいないのです。

 案の定、その男は始終鼻を吸引し、その音が大きく、うるさくて仕方がありませんでした。イルミナティは私がその音を嫌っていることを知っていて、わざとこんな男を送りこんできたのです。余りにも鼻吸引の音が頻繁でうるさいものですからついにトラブルになりました。

 ある朝の懲役作業出役時に、私はその男をにらみつけました。その事からけんかになり、私はにらみつけた「挑発行為」という罰則により、懲罰を受けることになりました。

 また閉居罰です。真冬のことでした。一日中陽の当らない極寒の懲罰室に入れられ、がたがたと震えながら、「またやられてしまった」と思いました。わなだとわかっていながら、敵のわなにまんまとはまってしまったのです。

精神科にかかってください

 10日間の懲罰を終え、私はまた新たな工場へ配属されました。心機一転、またやっていくしかないな。そう思っていた私のところへ、刑務所のカウンセラーのお姉さんがやってきました。

「何か心配ごとなどありますか」

 お姉さんは言いました。

 私は、脳内音声が聞こえること、思考盗聴されていること、それにより毎晩脳波を読まれ、眠らされない嫌がらせを受けていること、脳内情報を読み出すことができるということは逆にPCのハードディスクのように脳に情報を書きこむことができるということ、つまりマインドコントロールも可能ということ、人間の脳内を流れているのは微弱な電気信号にすぎない。その電気信号を無線で飛ばすことは技術的に可能だということ、これらのことには巨大組織フリーメイソン(イルミナティ)がかかわっているということなどを正直に話しました。すると、お姉さんは笑顔でやさしく言いました。

「精神科にかかってもらえますか」

 私は刑務所内の精神科医にかからされ、眠剤、安定剤など複数のクスリを処方され、毎日服用させられるようになりました。

 これも、正直者の私に「何か心配ごとなどありますか」などときけば、脳内音声が聞こえるだの、思考盗聴されているだの、マインドコントロールされているだのと正直に告白することを見越して聞いてきたのです。そしてまんまと精神科医にかからせ、クスリ漬けにすることに成功したわけです。仮出所までの1年間、私はクスリ漬けにされ、体重が増えました。

 人間の消費カロリーのうち、くわしい数字は忘れましたがかなりの割合、数十パーセントは脳が消費しているといいます。その脳をはたらかなくさせる薬を毎日服用させられているわけですから、余ったカロリーにより太るのは当然の道理です。

刑務所から精神病院へ直行

 1年後、晴れて仮出所の日がやってきました。仮出所を数日後にひかえ、長かった受刑生活をふりかえり感慨にひたっている私のところへ、ある日、2人の大学病院の精神科医の先生が保健所職員と共にたずねてきました。

 その大学病院の精神科の先生の問診に、正直者の私はまたしても脳内音声が聞こえること、思考盗聴されていること、マインドコントロールされていること、寝ている時に遠隔操作で痙攣させられることなどを正直に話しました。2人の先生に順番に問診を受けました。しばらく先生がたは別室にて保健所職員と協議し、出て来るなり、保健所職員が私にこんな紙切れを突きつけました。

「入院措置決定通知書――あなたは、精神保健指定医の診察の結果、入院措置が必要であると認められるので、精神保健及び精神障害者福祉に関する法律第29条3項の規定により、下記の通り通知します」

 そこには、私を措置入院させること、措置入院年月日、及び病院名が書かれていました。

 つまり、こういうことです。あなたは精神病ですから、このまま刑務所を出所させて社会に返すわけにはいきません。精神病院のかぎがかかった閉鎖病棟へ入ってもらいます。

 晴れて仮出所かと思いきや、最後にこんなわなが待ちかまえていました。

 この年はソチ冬季五輪が開催された年でした。

 ソチ五輪の年に措置入院。

 イルミナティの好みそうなしゃれだと思いました。

 私の父の愛読書が島崎藤村の『夜明け前』だということは先に書きました。その小説の主人公は放火をして、気狂いあつかいで座敷牢に入れられます。そこに書かれている通りに私は放火をして気狂い扱いでまた牢に入れられるのです。

 仮出所の日、刑務所のゲートの所に保健所の車が迎えにきていました。そして精神病院へ直行です。晴れて出所かと思いきや、また扉にかぎのかかった閉鎖病棟に入れられるのです。

措置入院

 精神病院の閉鎖病棟は、それはひどい所でした。周囲は気狂いばかりです。ずっとひとりごとを言っている者、さわぎ暴れる者、何を言っているのかわからない人、自殺したいとこぼす人、無言で一日中回廊を徘徊する人、糞尿をたれ流す人。みんなクスリ漬けです。……そして、自分もその一員なのかと思うと気が狂いそうでした。

 私は、一日も早くそこから出たくて、うそをつくようになりました。すなわち、脳内音声が聞こえるだの、思考盗聴されているだの、マインドコントロールされているだの、それらを統括している巨大組織はフリーメイソン(イルミナティ)だのといったこれまでの主張を、ことごとく変えていったのです。つまり、それらは思い過ごしだった、私の考え過ぎだったと、精神科医の診察のたびに繰り返すようになったのです。

 正直者はばかを見る。うそも方便です。この気狂いだらけの閉鎖病棟から抜け出すにはそれしか方法がありませんでした。

 そうしたところ、病院側の診療方針が変わり、私は4カ月と10日の入院をへて、やっと退院させてもらえる日をむかえることができました。

そして現在

 精神病院を退院して、私は田舎の実家に引き取られました。

 精神病院を退院してもクスリ漬けの日々は変わりません。統合失調症は一度発症したら一生治らないとされる病気です。じっさい私は病気などではありませんが、病気というレッテルを貼られ、クスリ漬けの毎日を送らされています。

 クスリが嫌なら服用するのをやめればいいだろうと思われるかも知れません。しかし、一日でも服用を欠かすと前述したような様々な嫌がらせにより一晩中一睡もさせられません。この無言の脅迫により、服用を続けるしかないのです。

 脳のはたらきを鈍らせるクスリのため、まともに働くこともできません。脳が働かず、カロリーを消費しないため、体重は刑務所時代から20キロ以上増えました。廃人のような日々を送っています。

 社会的な抹殺。そしてそれこそが、イルミナティの目的なのです。

 イルミナティといえば、彼らの集団ストーキング、テクノロジー犯罪は今も変わらず続いています。思考盗聴、睡眠時の遠隔操作による痙攣、天井や壁のバキッ、と鳴る音、これらによる睡眠障害。睡眠時に見る夢の勝手な制作、テレビ番組などによる仄めかし……。枚挙にいとまがありません。

おわりに

 集団ストーカー、テクノロジー犯罪――これらの被害にあっているのは自分だけだと思っていました。しかしwebで検索してみると、じつに多くの方々が私と同じような被害にあっておられることがわかりました。NPOテクノロジー犯罪被害ネットワークのような被害者団体まで複数存在するようです。私のようにマインドコントロールされて犯罪に走らされ、刑務所にまで入れられた人がどれぐらいおられるかわかりませんが、精神病院送りにされた人は多いようです。加害者の目的が「社会的な抹殺」だとすれば、納得のゆくことです。

 主犯はイルミナティ。日本での実行部隊は創価学会、公安警察、自衛隊などだというのが定説のようです。実際創価学会を脱会した一部の人間がテクノロジー犯罪行為を認めています。しかし、創価学会だけを責めて事が解決するでしょうか。創価学会=公明党。国政をつかさどる与党です。しかも公安警察、自衛隊、背後にはもっと大きな存在、米国、英国、ドイツ、スイス、その他の国家までもがからんでいるようです。世界規模の犯罪なのです。

 ポリスの『メッセージ・イン・ア・ボトル』(孤独のメッセージ)という曲を思い出しました。こんな歌詞です。

 船が難破し、無人島へ漂着した男。「SOS」と書いた紙をボトルに入れ海に流すが、翌朝、海岸に無数の同じようなボトルが漂着しているのを見つける――そんなような歌詞です。

 テクノロジー犯罪被害者は日に日に増加しているようです。次は自分の番かもしれない……そう思ってこのブログを読んでくだされば幸いです。

 

追記:

 ここに書いた事は全体のほんの何十分の一、何百分の一の事にすぎません。実際にはもっとたくさんの出来事があります。ここに書いていないような大きな出来事もあります。なぜそれを書かなかったかといえば、信用されなくなる恐れがあるからです。

 昔、それまでの天動説をくつがえし地動説を唱えたコペルニクスは、

「妄想もはなはだしい」

 と人々を怒らせました。

 ラジコンのボートを発明し、人々の前でそのボートを自由自在に操縦してみせた二コラ・テスラに、

「ボートの中に人が入っているにちがいない」

 と言う人がいました。

 その人があなたでないことを祈ります。