ジェシー・ノーマン&サー・コリン・デイヴィス/LSOによるワーグナー。

楽劇「トリスタンとイゾルデ」―前奏曲と「愛の死」、「ヴェーゼンドンク歌曲集」が収められている。

 

 

 

 

 

今回のブログ執筆のきっかけは、ラース・フォン・トリアー監督の映画「メランコリア」の中で、この音楽が使われたことに由来する。まさにディストピアな音楽―。

映画の冒頭、「トリスタン前奏曲」がノーカットに近いかたちで流され、その後も「ライトモティーフ」のように何度も映画の中の重要なシーンのバックに流れることになる。監督の思い入れの強さを感じる―。単なる好みの問題だろうが、映像との一体感を覚える。

 

何てインパクトの強い始まりだろう―。映像と音楽の「融合感」が凄い。

 

 

 

もともとワーグナーはほとんど聞かなかった。あの大仰な感じが嫌だ(でも「ジークフリート牧歌」はいい。「ローエングリン」前奏曲も)。僕はオペラも無理なので、「リング」もただ一度「年末年始企画」でぶっ通しで聞いたっきりだ(例外はプッチーニ/「ラ・ボエーム」やドビュッシー/「ペレアスとメリザンド」)。でも、あの映画を観て以来、「トリスタン」が脳内で流れるようになった。ついに「トリスタンとイゾルデ」のオペラを聞いてみたくなり、一度だけ全曲盤を購入したことがある―クライバー盤、それも1975年のバイロイト音楽祭のライヴ盤である(名盤として知られているスタジオ録音盤よりも良いと思ったからだった)。冒頭から引き込まれ、音楽の密度と尋常じゃない熱気に感動したが、それ以来何故かパタリと聞かなくなってしまい、その3枚組CDも手放してしまったのである―。それから暫くして、たまたまブックオフで偶然見つけて(安価ゆえに)購入したのがこのノーマン&デイヴィス盤だったわけだ。最も大切なこととして、この演奏に僕はとても満足している。

 

クライバーによるトリスタン。上記のCDの時期とほぼ同じころの映像である。

画質はかなり悪いが、高揚した指揮ぶりと音楽の煽り様が物凄い―。

 

ワーグナーの珍しい交響曲や「ジークフリート牧歌」が収録されている。

さすが、クラシック音楽の宝庫「銀勇伝」―。

 

歌劇「ローエングリン」第1幕への前奏曲。アバド/VPOによるライヴ。

演奏前、鳴りやまぬ拍手に改めて応じるアバドにその人柄の良さを覚える。

 

舞台「罪と罰」。22分半辺りから「ローエングリン」前奏曲が流れる。

 

松たか子の迫真の演技(いや、演技を超えているか)に心震える―。
 

 

 

このアルバム、「アナログ時代のPHILIPS録音」ということもあってか、上質なプレゼンスで音楽が空間に拡がる―肉厚な響きは好録音のおかげのみならず、デイヴィス/LSOの実力故であろう―。響きが重層的で、「音楽」に包みこまれる感触がある。車で聞くときはこの「トリスタン前奏曲」だけをリピートすることが多いくらい、お気に入りだ。デイヴィスは12分近くかけて、丁寧にじっくり取り組んでくれていて最高だ。密度の濃い、高粒子の「波動」を浴びまくるような印象。その寄せては返す「波」に身を委ねて流されてゆく―。

 

ラロ/歌劇「イスの王様」序曲。ワーグナー作品のフレーズがあちこちに。

 

ドビュッシー/「子供の領分」より第6曲「ゴリウォーグのケークウォーク」。

中間部分に「トリスタン和音」が引用されている。ユーモアか、嘲笑か―。

ピアニスト・ラフマニノフによる個性的な演奏だ。

 

ワーグナーにより「コンサート用」として初演された1859年版。「愛の死」と

関連するコーダが書き足されている。クレンペラーの貴重な初期の録音。

 

 

 

このディスクでは「愛と死」がソプラノ独唱を伴うヴァージョンで奏でられている。ジェシー・ノーマンの声質はグラマラスだ。得意な声ではないが(「可愛らしさ」は確かに無い)、オケとはよくまじりあう。スケールの大きさを内包している人なのだろう―。僕には良い意味で、最良の「楽器として」の力がフルに発揮されているように思える(クライマックスの高揚感は素晴らしい)。なので、恍惚で忘我の域に達するような演奏ではなく、純粋に「音楽的」に演奏されてる印象だ。

 

この録音の約10年後、ザルツブルク音楽祭にてカラヤン/VPOと共演。

こちらの演奏も見事―。CD化もなされている。

 

リスト編曲による「愛の死」S.447。ホロヴィッツによるラスト・レコーディング。

彼は最後まで「ロマンティスト」だったことが、この音を聞くとよくわかる。

 

シャブリエ/「ミュンヘンの思い出」。「ワーグナーの『トリスタンとイゾルデ』の

ライト・モティーフによるカドリーユ」という副題が付いている。ミュンヘンで観た

「トリスタン」のおかげでシャブリエは音楽の道を進むことを決めたらしい。

 

レーガーによる2台ピアノ編曲版でのワーグナー/前奏曲と「愛の死」。

 

 

 

 

後半の「ヴェーゼンドンクの5つの歌」は、もともとピアノ伴奏であったものを後日指揮者であり作曲家でもあったフェリックス・モットルが編曲したオーケストラ伴奏版(1893)が採用されている。ただし、第5曲「夢」だけはワーグナー自身が先に管弦楽化していて(1857)、タイトルにもなっている当時の恋人マティルデ・ヴェーゼンドンクの誕生日である12月23日に(窓越しで!)演奏されたそうだ(これは後の妻コジマの誕生日&クリスマス・プレゼントのために作曲した「ジークフリート牧歌」のエピソードを思わせる。その年は彼女が指揮者ハンス・フォン・ビューローとの離婚が成立し、晴れて正式に再婚できた年でもあった)。

マティルデとの情事が「トリスタン」作曲の原動力となったのは確かなようで、第3曲「温室にて」と上記の第5曲「夢」には「トリスタンとイゾルデのための習作(Studie zu Tristan und Isolde)」という副題が付いている。

 

指揮者ヘンリー・ウッド卿が編曲したヴァイオリン・ソロとオケ版の「夢」。

BBCプロムスの立役者であった彼の生誕150年記念コンサートライヴ。

 

 

全体は「天使」/「とまれ!」/「温室にて」/「悩み」/「夢」から成っている。

僕はやはり3曲目「温室にて」が好きだ―全5曲中、7分と最も演奏時間が長い―。

この曲は「トリスタン」第3幕の前奏曲のフレーズに用いられることとなった。心を深くえぐる、病的なまでの絶望感を感じさせるドン暗い音楽―。映画「メランコリア」の中で用いられていたかどうかは覚えていないが、DVD版の「選択場面」のBGMにこれが流れていた印象の方がはるかに強い。

 

重々しくも美しい第3幕の前奏曲。フルトヴェングラーによる全曲盤より。

 

第3曲。ヨナス・カウフマン(T)による。彼はテナーには珍しく幅広い声を持つ。

挑戦意識が強いようだ。「大地の歌」を1人で歌い切る「暴挙」も厭わない。

 

ミーシャ・ブルガーゴーズマン&マルク・アンドレ・アムランによる演奏。

彼女の歌唱も見事だが、僕の耳はどうしてもアムランのピアノに吸い込まれる。

 

珍しいSQ版。ワーグナーがもし弦楽四重奏曲を作曲したらこんな感じ?