うつ病母の介護生活を経て、自分らしい人生へ

うつ病母の介護生活を経て、自分らしい人生へ

3年にわたる壮絶な介護の後、親から卒業し、
アラフォーにして自分の人生を歩み始めた私が
幸せに生きるヒントをお届けします。

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当Blogにお越しいただき、ありがとうございます。
心と体は繋がっています。
お話を伺いながら、あなたの五感を使って、記憶の図書館(潜在意識=あなたの本心)からのメッセージを解読し、あなたらしくしなやかに生きていくためのお手伝いをしています。


3年にわたるひとりっ子長女(私)と母親との壮絶な介護の記録↓

http://ameblo.jp/symbol-life-fountain117/theme-10101925613.html



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シンボリックセラピスト齋藤浩美です。

前回の続きです。→バセドウ病と診断されて。

バセドウ病と診断されて、薬物療法で経過をみることになり、激しい運動をしない(動悸が激しくなるから)静かな日常生活を送っていました。

この時の私の想いは…
1.手足や首の筋肉のひきつりや足のむずむず脚症候群も、病気と解り、薬を飲むことで治っていくんだなと少しずつ安心できたこと。

2.今まで健康体で経験したことのない病気だからと、何をどうしていいのか解らずに手探り状態になっていた。

がありました。

1の場合は、とてもポジティブ。
薬を飲み続けることで症状が緩和されていくから、身体も良くなっていくんだなと言う安心感がありました。

やっかいなのは2。
内臓疾患の病気で症状が出ていても、見た目には普通の人と変わりのない状態でした。
しかし、今までできたことや大きな音に敏感になっていて、周りや自分にイライラすることも。

バセドウ病の特徴として、眼瞼後退して目が見開いた状態になる、首が腫れる等の目に見えて解る症状が現れることで有名です。
しかし実際は10人に2~3人の割合で、全ての人がなるわけではないそうです。

幸いなことに今のところ私も、この症状が出ていません。

しかし、どこか『ああ、私は病気になっても(辛いの)解ってもらえないんだな』という思いもありました。
更に誰も言っていないのに『どうせ私なんて...』、『認めてもらえない』と自分の中で想いが進展していくことも。

しかしある日突然
『なぜ、私は『どうせ私なんて…』『認めてもらえない』と考えるようになったのだろう?』
と疑問に思うようになりました。

そして、この病気について色々と調べていたところ、女性に多いことや母親からの遺伝で子供が発症することもある事が解りました。

しかし私の両親、親戚にはバセドウ病を含む甲状腺疾患を経験した人はいません。

しかし、『どうせ私なんて…』ということを口癖にしていた人はいました。

そう母です。

母はうつ病を発病する前は、とても活発な人でした。
しかし、何か喧嘩したり嫌なことがあると、一人で『どうせ私なんて…』と一人で殻に籠ってしまうことがありました。

…この思考と行動パターン、母と今の私、似てない?滝汗

もっと母の良い部分を吸収すればいいのに、こんな部分だけ一緒って…滝汗

母は、周りにはそう言葉や態度を見せなかったけれど、今の私は?。

人と話す時に自分の事ばかりだったり、自分の事を大きく見せようと大袈裟に話したりしていないか?
一人、悲劇の主人公になって周りに認めて欲しいって図々しく思っていない?

こんな人がいたら、周りはドン引きですよねゲッソリ

情けない話ですが、ようやく気づきました。
穴に入ってしまいたい…。

そんな時のお家の中は、ぐしゃぐしゃで、やることが多くて何から手を付けて良いのか解らない状態。



いつか、いつかと後回しにしていたものが積み重なった結果、こうなってしまいました。

こんな状態は身体と心ともリンクしているようです。
先々月まではしっかりとやっていたのに、入院などの思わぬ事態でそのままになっていました。

今は少しずつ片づけることを再開しようと思います。

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シンボリックセラピスト齋藤浩美です。
前回からの続きです。
自分の最大の味方は自分

低血糖で入院していた時の尿検査で、喉の所にある甲状腺ホルモンの数値が基準値を超えて出ていることが解りました。

同じ院内で甲状腺を診ることができる内科の先生を紹介され、超音波で詳しい検査を受けました。
その結果『甲状腺亢進症のバセドウ病で、ほぼ間違いはない』と診断されました。

●バセドウ病とは?

※イラストはイメージです。
甲状腺とは、のど仏のすぐ下にある蝶が羽を広げたような形をしている臓器(イラスト参照)。
バセドウ病は、その甲状腺の機能が活発になりすぎて、ホルモンが過剰に分泌される病気です。
甲状腺ホルモンは全身の臓器や新陳代謝を促す機能を持っていて、
過剰になると…
・暑がりになって汗をかきやすくなる。
・微熱状態が続く
・喉が渇きやすくなる。
・普段の日常生活で、何もしていなくても心拍数が増す。
・食欲が沸くが、軟便、下痢気味になる。
・イライラしたり、不安定になりやすい。
・手足が震える。筋肉の収縮。
・物が二重に見える。
・白髪、脱毛が増える。
・生理不順になりやすい。

等の症状が現れます。

●治療法

※写真はイメージです。

バセドウ病を治療する方法は、
薬物療法
アイソトープ治療
手術で切除する
の三つがあり、今回は、メルカゾールによる薬物療法で経過をみることになりました。

病院の先生から上記の詳しい話を聞いた時、この数年、疲れかなと思っていた症状と重なり、
病気だったから、その症状が起きていたんだね。滝汗
と、あっさりと判明。
早く病院に行けとお叱りを受けそうですが、慢性的に起きていたのではなかったのです。
季節の変わり目や忘れた頃に急に症状が出てくる状態でした。
(→それでも病院に行きなさい)

実際に、更年期障害や躁うつ病、糖尿病等の他の病気の症状と似ていることが多く、バセドウ病を含む甲状腺疾患は気づきにくいと言われているそうです。
日本甲状腺学会によると、甲状腺疾患の羅患数500万~700万人。
そのうち治療を必要としている人は240万人ですが、実際治療を受けているのは約45万人という統計が出ている状態なのだそうです。


私の場合は、幸いなことに薬が合っている状態と言われましたが、
・思った以上に声が枯れて出ない。ゲッソリ
・何をしてもすぐ疲れるチーン
・眠る時もマラソンを走った後のような心臓のドキドキが激しくなるハートブレイク
・急に怒ったり泣いたり、情緒不安定になる。ムキー
の状態が薬を処方されてから最初の2~3週間の間、続きました。

続く。
※参考文献 



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シンボリックセラピスト齋藤浩美です。

今回の大阪北部地震で、被害に遭われた皆様に心よりお見舞い申し上げます。
これ以上、被害が広がらないことを切にお祈り申し上げます。


前回の記事からの続きです。
どんなお話?と気になる方は、こちらを読んでくださいね。

現在は、入院時の検査結果を聴き、甲状腺の数値が異常に高かったことを指摘されました。

更に明日21日に、超音波で詳しい検査をすることになっています。

今回の低血糖のおかげで、今まで隠れていた症状は、単なる疲れではなく、身体からのサインだったことがわかりました。

今日は、前回の診察から、明日21日の検査まで約2週間の状態を書いておこうと思います。

診察時の先生から言われたのは、『まず、日常生活を無理をしない程度で送ってください』でした。

え?それだけ?ガーン

食事など気をつけることは無いのかな?
と頭の中はビックリなまま、帰宅をしました。

ネットで調べてみると、今の私の身体は、寝ていてもジョギングしている時と同じなので、代謝が活発になっている状態。

つまり、食べても体重が増加しない状態になっているそうです。

ここだけ書くと、聞こえはよく聴こえるのですが、その分心臓に負担が掛ります。
走った後のようにドキドキしますが、その時と同じ状態になるので、普段日常生活を送っていても疲れやすい、下痢を起こしやすい等の症状が出てきます。

この2週間の私の場合は、
夜、眠る時にドキドキして落ち着かない。
日中は、起きている時はクラッと目眩が起きる。
手や首の回りが熱くなる。
食べても体重が増えない。
声が思うように出ない。
→風邪の時に扁桃腺が腫れている時と同じような感覚
手の筋肉が硬直する、震える。
→一定の時間が過ぎると元に戻る
足に小さな虫が歩いているかのような感覚
→実際には虫がいないのに、足にチクチクまとわりついているような感じでした。



眠りに着くまでドキドキが止まらなく、最初はどうなるのだろうと不安が頭をよぎりました。

甲状腺疾患の症状は、悪化すると首が腫れたりなど、目に見えて解るそうなのですが、普段の生活では気づきにくく、健康診断等で行われる採血等の検査で見つかるそうです。

私はどちらかと言うと、私を解ってほしいという気持ちがあります。

なので、ここでも辛い症状を解ってもらえないのかと思いました。
諦めの気持ちのまま、一人家に閉じこもっていました。

このドキドキ💓は気になりますが、どうにか生活ができています。

守られている?

日が経つにつれて、身体の温かさとこの音を聞く度にそう思うようになりました。

こういう状態にならなかったら、
日常生活で心臓の音を聞く機会なんてないだろう。
世間の健康の一般知識から自分を見ていて、ケアをするなどの自分の身体の事について見る機会は、今まで両手で数えるほどだった。

と思うようになったのです。

ああ、自分の最大の味方は、他の誰でもない自分なんだな

という想いが湧き上がってきました。

あたたかくて、愛おしい。

母親の胎内に赤ちゃんがいる時、ポコポコ動くお腹に『大丈夫だよ』とお腹に手を置いて安心させてあげるような気持ちになるのです。

今までは、仕事しなくちゃ、もっと私を見て!
と周りに認めて欲しいと気持ちが焦っていた部分があり、セカセカした状態だったなと振り返ることと泣くことができました。

母の介護の体験で感じたことですが、本当につらい時って泣けないのです。

ようやく涙が出た時は、どこかスッキリとした気持ちになりました。
少しだけ許せるようになったのかなと思いました。

まだ治療など具体的な事は決まっていないのですが、連日の不安と緊張から少し解放された気分です。

こうやって、身体は何かに気付かさせようとするのだなと思いました。

健康な状態なら、恐らく見逃していただろう、この気持ち。
生きているありがたさを感じています。


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シンボリックセラピスト齋藤浩美です。

朝、起き上がることができず救急車で緊急搬送されました。
そして低血糖と診断され、6月2日から4日まで入院をしていました。

入院までの経緯を書いたのがこちら↓
人生初の入院。
人生初の入院~緊急搬送され、低血糖と診断される。

今日は、入院生活を書いてみようと思います。

2日の夕方に病室に運ばれ、点滴によって体のだるさはとれ始めてきたものの、何にも食べる事できずにいました。



そんな中でも意識は、ハッキリとしていたので、看護師さんの話を聞きながら、ベットにうずくまっていました。
看護師『何かあったら呼んでね。』
枕元に初めてナースコールを渡されました。

初めての入院。
ただただ、けだるい…。
足のひざを折って、白い天井を見ていました。
途中、気持ち悪くなって再び胃液を吐くと、大分胸のムカムカが収まり、いつの間にか眠ることができました。

翌朝になると歩くことができ、トイレもなんとかひとりで行けるように。
だんだん意識がハッキリとしていきます。

外部と連絡が取れないので、
仕事は大丈夫だろうか?(連絡が出来ていないので、無断欠勤状態)
突然の入院費ってどのくらいなんだろう?
初めてで何も持ってきていない状態。
水を浴びたかのように、急に現実に戻ってきた気持ちになりました。

そんな気持ちを抱えたまま、点滴をしながら、静かに時は流れます。
食後2時間後に血糖値を計りますが、点滴分をプラスしても120mg/dL前後。
中々上がらない状態でした。

後から調べたのですが、低血糖とは、血液中にあるブドウ糖が少なくなった状態を指すそうです。
血糖値70mg/dL以下になると、
生あくびが出たり、動悸が激しくなる、手足など震えて、体がけだるくなる状態になるそうです。
まさに今回の私でしたガーン

それ以下になると、
体が動かなくなって意識がなくなる、思考が困難になるなどの症状が現れるそうですドクロ

そしてなぜ起こるのか?
・糖尿病などの場合、薬を飲み間違えた、打ち間違えたり、いつもと食事の時間が違って飲む時間が一定ではない場合。
・ファスティング等の食事制限やその状態で過剰な運動をした場合。
等々、糖尿病などの問題だけではなく、断食などで食事を断っている場合でも、起きやすいそうですびっくり

意外と低血糖は、身近で起きやすいものなのだなと思いました。

対策として(病棟の看護師さんのアドバイスより)・・・
・精製されていない砂糖を取る。
(チョコや飴などは効果が表れるまで時間が掛るそうです。)
・市販されている飴やタブレットで良いので、ブドウ糖を取る。
果物のぶどうにも多く含まれている成分なので、ぶどうを取るもOKなのだそうです。


余談ですが、駄菓子のラムネもブドウ糖90%を含んでいるそうで、なかなか優秀なのだそうです。
・スポーツ飲料を飲む。

を教えてもらいました。

低血糖と診断された時、私は、自分の父母を思い出していました。

父は、糖尿病のために食事前にインスリン注射を何年も自分で行っていました。
ところが、一人のときに何かの原因で、インスリン注射を打つことができず、意識が急にもうろうとして、言動が変だったり、赤ちゃんのように自分の汚物を食べたりと、症状が悪化。
それを発見した母と一緒に救急車に運ばれて入院した経験。

母も、抑うつと診断される前に食事や水分すら摂らずにいた時期がありました。
栄養対策としてエンシュアとブドウ糖のタブレットを戴きましたが、飲もうとせず。入院が決まるまでは、病院の点滴で一日の栄養を補っていた時がありました。

布団から出なかったり、足がけだるいと言って壁に足をのせていたり、バタバタさせていたこと。
母の場合は幸い、身体には何も問題がなかったので入院することができました。
(精神科の場合は、他に何か病気が隠れていないかの結果がないと入院ができないと言われました。)

…抑うつ状態の母と今の私は、すごくあてはまっている。滝汗

まさにこれは、齋藤家にある生活習慣なのか?滝汗

二人と同じ病気にならないようにと気をつけていたのにショック叫び

と色々な思いがさく裂したのでしたガーン

4日の朝、ようやく点滴をしながらも食後の血糖値があがりました。
医師からは、何かあったらすぐに病院に来ることを条件に退院することができました。

後日、入院中の精密検査の結果が出て、再びお世話になった医師と一緒にエコーで心臓の形を再確認。
こちらは、穴は幸い見つかりませんでした。
しかし、今は大丈夫だが心電図は心臓に何らかの見逃せない点があることを示している。今後も検査は定期的に受けるようにということになりました。

そして、食後一時間半後の採血でしたが、血糖値も120mg/dLということで、低血糖の症状は改善されました。

よし、これで大丈夫だ爆  笑ラブラブ

と思いきや、採血で甲状腺ホルモンが過剰に出ていることが解り、後日内科(内分泌)の先生による再検査となったのです。

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シンボリックセラピスト齋藤浩美です。

人生初の入院。からの続きです。

ようやく食欲が戻り、これで安心だと思い眠った6月1日の夜。
寝苦しさを感じながらも、朝、6月2日を迎えました。

目が覚めて、起きようと体を起こそうとすると、体がだるい…。

あれ?なんか変?目

だるさを感じながらも、上半身だけ起き上がるとクラクラして、また横にならずにはいられない状態でした。

意識はハッキリとしているのですが、体が重くでだるく、動かない。
心臓はバクバクと音を立てているし、生あくびは止まらない…。
…何かが私の中で起きている‼ガーン

それだけが解っても、体が思うように動きませんでした。

かと言ってベットの上でじっとしていられず、起き上がれない身体を揺さぶりながら時が過ぎていました。

段々足が落ち着かなくなり、膝を曲げてみたり、壁に足をのせてみたりと、ベットの上でジタバタと繰り返していました。 

このままではいけないと思い、何度か起き上がりますが、動こうとすると体のだるさと目まいが起きて、ベットに再び横になるを何度も何度も繰り返していました。

少し気分が良くなって、私はクラクラした状態のまま2階の寝室から1階のリビングルームに行って、水を飲むことができました。
そして、また先ほどと同じ横になっての繰り返し。
今だ変わらず心臓はバクバク言うし、体は重くて動かすとクラクラする状態が繰り返していました。

近所に声を出そうとしても、声が出ない…。
窓を開けることも出来ないし、玄関のドアは鍵を閉めたままだし、シャッターが閉まっているのでどうにもなりませんでした。

もう、私ではどうにもならない。救急車を呼ぼう。

身体のだるさは続いていましたが、動けそうなタイミングを見計らって、赤ちゃんのように手足で移動し、財布と保険証の準備をしました。

そして、玄関の電話で119番通報。
なんとかドアの鍵を開けて外に出ることができました。

数分後に救急隊が来て、しどろもどろになりながらも事情を説明し、近くの病院に緊急搬送されたのでした。


点滴をして大分落ち着いたのですが、仰向けのままに寝ているのが辛く、背中が痛くなって体を横に向けたりして、ベットの上でバタバタ出していたりと落ち着かず…。

かと思ったら、突然胃液を吐いたりゲロー

外側はパニック状態でしたが、ようやく苦しいものが吐き出せた。
よ…よかった。これで大丈夫だ。

以前、10代の頃に胃液を吐いた経験を思い出し、点滴をして帰ったので、もう大丈夫、ひと安心だ。

しかし今回は、違っていました…。

この後医師との問診があり、食欲がなかったこと、今まで大きな病気をしたことがないこと、親に糖尿病が居たことなどを伝えました。

医師『熱中症かなとおもったんだけど、血糖値も低いし、痛みの状態からして他の事も考えられるので、少し細かく診ていきましょう』

顔『(えっ?なんだろう?)…はい』

頭は『?』のまま、心電図、CT検査・採血を受けました。

そこから衝撃的な言葉を聴きます。
医師『心臓に穴が開いている。生まれた時のものかもしれないけれど、お母さんから何か聞いている?』

顔『え?心臓に穴?いえ、母から何も聞いていません』

医師『先手性のものだから、多分何もないと思うけど。一応確認しておいてね。あと、もしこのまま帰っても同じ事になりかねないから、もし家に帰っても自信がないなら入院していく?ここなら24時間看護師がいるから、対応が出来るよ』

顔『…少し考えさせてください』

今考えてみると、おいおいそこは即決だろうと思うのですが、何せ入院にはあまり縁のない私滝汗

姿は寝間着。
持っているのは、家の鍵とお財布と保険証だけ。
お財布には、キャッシュカードはありましたが、小銭を入れることすらできなかった…
=外部に連絡する手段がない…。滝汗

近くにいる親戚は、家の鍵の開け方を知らないので頼めない。
何よりも高齢なので、迷惑を掛けることができないッ!

自宅に帰っても一から家事をする気力もなく、ようやく看護師さんに『入院の手続きをお願いします』

こうして人生初の入院が始まったのでした…。

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