白熱光の記憶 大人の責任

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「私が悪かったのよねえ。もっと親としてしっかりしていればねえ」

最近はめっきり聞かなくなったが、かなりの年齢になってからも私はよく母からこの台詞を投げられた。大体が父がトラブルを起こして私が後始末に手を出す時か、怪獣趣味に血眼になっている時である。前者は放っておけばことが厄介になる一方なので自己防衛、言わば自分の為でもあるから「まあ家族だから」と軽くいなしてそれで済む。しかし後者に関してはあくまでも個人的な趣味の世界のことなので、それを親から「私が悪かった」とまるで病人のように言われても何とも応え様が無い。シン・ゴジラ覚醒版ソフビに向かって、お前のように何か吐き出すでもないしなあ、などと呟いてみる。

全くもってタフな我が甥は、オイルまみれ1日1万1千円の超重労働を学業諸共ひと月こなし、奨学金のおまけまで獲得して、今年も日本上陸を果たした。友人の故郷である中国を経由しての日本入り、時差1時間は例年になく負担の軽いものだが、入国早々暑さには辟易したようだ。通関で日本語力が落ちていると実感したという甥はしかし、
「何これ普通じゃないって!オカしいでしょ?!死んじゃうから!!」
と日本語で、羽田空港の公衆電話からまくしたてた。そして2時間後、見かけも中身も更に大きくなって我が家にやって来た—全く想定外のデカさである。顔も体つきもまるで違う。

レスリングを辞め体重・体格の縛りが取れた甥は筋トレにはまっていると言う。成る程、肩幅がほぼ倍になっている。代わりに顔は十代の丸みが削げ、精悍になった。緩やかなウェーブの地毛を伸ばして後ろで引っ詰めている。その変貌ぶりに両親は勿論、私も驚いた。
甥は甥で彼の祖父母の、特に祖母のギプスだらけの姿に少なからずショックを受けた様だ。ベッドからリビングへと移動する間中寄り添い、状態を聞いてはプロテインを摂ったらいい、吸収する為のビタミンもいいよとアドバイスをしている。変わらずどこまでも優しい孫に、祖母は笑顔で涙した。

ひと心地と共に甥は空腹を訴えた。到着直後は疲労と時差から食欲が無いのが常だから珍しいことだ。作っておいたカレーを大盛り2杯平らげてプッチンプリンをこれも2つ腹に入れご満悦である。こんなところも変わらないな、そう思うと彼が今この家にいる事を改めて嬉しく思った。
やがて甥はいつもの台詞を口にした。
「部屋、見てもいい?」

甥は我が家に来ると必ず私の部屋を覗きたがる。パソコン、エアガン、プラモデル…ガラクタだらけの「汚部屋」だが彼にとってはおもちゃ箱だ。更に彼の為にひと部屋空けたことで物が移動してきて、一層のカオスと化している。甥は遠慮半分に私の前を進む。
「エアガン、買ったの?新型だね。触っていい?」
「いいよ、夜遅いから撃てないけど」
「俺の頼んだガンダム、ここまでできてるの。触って大丈夫?」
「テープを巻いてあるところを持てば大丈夫だよ」
「パソコン、パーツ変えた?開けていい?」
「変わってないけど、パスワードはこれだよ」
彼は習慣よりも正確に、行儀良く粛々と「儀式」を進めた。

ひと通り遊んで、さて甥の目は以前にはなかった本棚の一角へと移った。最近怪獣ソフビを並べたひと段である。
瞬間、彼は豹変した。
「うおお!何コレ⁈超カッケー!!」
転がった自転車を飛び越えベッドに踏み上がって彼が鷲掴みにしたのはあのシン・ゴジラ覚醒版ソフビである。
「スゲーコレ、ネットで買ったの?まだ買える?もうダメ?超悔しー!」
溜め込んだエネルギーを吐くごとく、熱狂は止まらない。
「『シン・ゴジラ』のこいつのシーン最高だよね!ゴォって煙吐いてレーザーみたいに収束していって背中から対空ビームがババーッて…」
ソフビから映画本編へと移った彼の話も対空熱線の如く乱舞する。
「オレ『シン・ゴジラ』4回観たよ!超大好き!」
…ん?偶然公開時に来日した1回、昨年我が家で観た1回。此奴それ以外に2回も観ているのか?日本にいなかったのにか?!DVDは送っていない。してみると甥はネット配信なりなんなりで鑑賞したものらしい。

「シン・ゴジラ」は市民がいるからと、ゴジラへの攻撃を中止してしまうような映画である。そんな日本のリアルは当然海外では理解されず、酷評され配給は大赤字を出したとされる。また甥は日本で生まれ育ったとはいえ、大半をアメリカンスクールで過ごした。考え方も日本人からは遠い。
そこで日本のリアルと海外での酷評を甥に伝えてみた。すると彼は下顎が左右に割れるほど大口を開けたゴジラを手に、あたかもその代弁者の如く、敢然とこう言い放ったのである。
「当たり前じゃん!日本のゴジラだもん!そこの良さは外国人には分かんないよ!!」
私は呆然と彼を見た。彼はことゴジラに関する限り「外国人」ではないらしい。
ゴジラの話は分からない友人ばかりだ、こんな話ができて嬉しい…最高の笑顔でそう語る甥を見ながら、私の脳裏を20年前の記憶がよぎる。子守に困ってキングギドラのソフビを与えてしまったあの日、先ずはソフビにお菓子を分け与えた3歳の甥…。
ふと、母のいつかの言葉を聞いた気がした。
「私が悪かったのよねえ…。」