妻が母親の介護に行っていた三日間のこと。

一日目。昼は仕事。夜はいつものスナックへ。最近は時々休みのことがあるので、夕方電話を入れて8時半に店に行った。誰もいない店でぼんやりママと話していたら一人二人となじみの客。そんなときはほとんど私は黙ってテレビかカラオケの画面の見つめている。

やがてずっと昔、彼女の昼の仕事で私が知り合っていた女性がお客と登場。ほかのスナックにカラオケがなくてそこのマスターがよろしくと回してきた。

「壬生さんじゃないですか?」「そうですけど、えーっと?」「**です、わからないかな」「ああ、変わっていたから。お元気ですか。」「バリバリよ。今度居酒屋開いたからきてください。」名刺をもらって、再会を約束。昔の仕事をやめた後いろいろあって、今日の連れは、一時期やっていたコンパニオン時代のなじみらしい。

彼女はお客とひとしきり騒いで、帰っていった。スナックは再び静まり返った。残っていた一人の男客が私に「お客さんはまだ帰んないんですか?」と声を掛けてから、帰っていった。

少し飲んでから、さて、と思ったら気配を感じたように、ママがママが言った。「壬生さん、ね。」「ハイ?」「私、ちょっと好きになった人が出来ちゃったんだけど」「おお。」「奥さんがいるけど、もうずっと家庭内別居みたいらしくて」。

しばらく話を聞いた。どこかの島に観光旅行に誘われたという。でもことわったのだそうだ。「怖がっているのならやめなさい。誰かを好きになれば、自分も相手も誰かもきっと傷つくけど、それは覚悟の上じゃなきゃあね。」

二日目。朝から東京へ。一月前に昔のクライアントが相談をかけてきて、私よりも息子が話したほうがいい話だったので、時間が割けるか息子に聞いたら、2月22日なら午後に2時間ほど時間を空けられるという。それにあわせてクライアントを呼び、私も東京に出たのだ。

午前中の時間を使って「単騎、千里を走る」を観た。父と息子の断絶と再会がテーマ。何度か涙がにじんだ。

午後大手町で息子と会う。正月以来だが外で会うのはもっと久しぶり。「仕事はどうだ。」「まあまあだね」「今日は悪かったね」「いや別に。」

お決まりの会話だ。

クライアントが走ってきた。引き合わせて近くの喫茶店へ。

息子が鞄から資料を出してきた。「父から聞いた用件にあわせて、ネットに出ていないものだけ少しそろえました」

クライアントが聞きたいことを整理していくつか質問すると、「じゃあそのことを含めて少しまとめて話をしましょう」

30分ほどのレクチャーの後、ふたりの話が続く。

私は1時間半ほどの間ほとんど口をきかず二人の話を聞いていた。しかし全く退屈しなかった。

私は、息子が熱心に仕事の話をする時間に立ち合う機会を作ってくれた私のクライアントに感謝した。息子がこんな風に仕事の話をするのを聞くのはこれが最初だったし、多分最後だろう。

クライアントが礼を言って自分の場所へ帰っていった後、私と息子は小さなレストランでビールを飲み簡単な夕食を取った。「仕事を面白がってやっていることがわかってよかった」よというと、「そうだね。いまはとても面白いよ。父さんの話があったときも、以前ならことわったと思うけど、いまは皆に自分の仕事のことを話したい気分なんだ」と息子は応えた。

「今日は有難う」と私がいい、「母さんによろしく」と息子が言った。

代金を息子が払おうとしたが、私は、今日のお礼だからと支払いをした。「ご馳走様」と息子は言った。

ついこの間娘と会ったばかりだった。娘とはあんなにぶしつけにいろんなことを言い合うのに、私と息子は礼儀正しい社会人の男同士だ。

私は夜のバスに乗って、真夜中に真っ暗な我が家に着いた。一日、妻とは連絡を取らなかったが、帰ってきたら私がする息子の話しを喜んで聞くだろうと思った。

三日目。午後妻を途中まで迎えに行く予定だったが、私の仕事の配分が変わってだめになった。このことは一日目の夜に電話で伝えてあるが、昨夜連絡が取れなかったので朝のうちに電話をし、可能な限り最寄の駅まで出向くから実家を出るときに電話をするように妻に言った。午後の会議が早く終わったので連絡を取ろうとしたが、携帯電話が通じなかった。夕方、もう家につきましたと連絡が入った。

(つづく)