こんな人が区長になれば西成区民はハッピーになれると思うのだが
まあそんな簡単じゃないか^^;
WEDGE Infinityより引用
入佐明美は、1980年に看護師として勤めた病院を辞めて釜ヶ崎に入った。24歳の女性がケースワーカーの草分けとなり、800メートル四方の街にいる2万~3万人の労働者たちに、毎日声をかけて回った。入佐は今日も、自らの貯金と時折の講演謝礼と個人からの寄付を原資にして、事務所がわりとなる6畳・4畳半2間の文化住宅で、労働者の話に耳を傾けている。
まあそんな簡単じゃないか^^;
WEDGE Infinityより引用
入佐明美は、1980年に看護師として勤めた病院を辞めて釜ヶ崎に入った。24歳の女性がケースワーカーの草分けとなり、800メートル四方の街にいる2万~3万人の労働者たちに、毎日声をかけて回った。入佐は今日も、自らの貯金と時折の講演謝礼と個人からの寄付を原資にして、事務所がわりとなる6畳・4畳半2間の文化住宅で、労働者の話に耳を傾けている。
驚くのは、アパート暮らしを望む労働者に、入佐が3万~6万円前後の私財を借用書なしで貸してきたことであり、その数が二百数十人に上りながら、最初の頃の4、5人を除いて全員がきちんと返済してきたことである。明日の仕事があるかもわからない人に、入佐はなぜ金を貸せるのか。労働者はなぜ遅滞なく返済するのか。そこから、人が人を信じるってどういうことなのかが、見えてくるように思う。つづき→WEDGE Infinity