1945/3/26に沖縄県の阿嘉島に上陸した米軍。

その別働部隊が4/1、ついに沖縄本島に上陸します。

場所は読谷村の渡具知。
この近辺です。


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このあと約3ヶ月間で沖縄県民の多くが命を落とします。(注1)


写真は沖縄戦で実際に使用された日本軍の大砲です。

$実現なるか!?沖縄移住


$実現なるか!?沖縄移住


65年前を振り返り、何を語るや、この九六式十五糎榴弾砲。






ちなみにこの大砲のように沖縄戦の遺産として、当時の兵器が残っていることはほとんどありません。
理由はわかりませんが、激しい戦闘で破壊されてしまったか、米軍統治下において日本軍の兵器は処分されてしまったからでしょうか。
この大砲は壕(洞窟)に埋まっていたものを戦後発見して掘りおこしたものです。(注2)

ちなみに沖縄で使用された、これと同型の大砲が東京の靖国神社にも展示されているはずです。





(注1)
一般市民の死者の数には諸説あり、9万とも言われていますが正確な数字はわかりません。
世の中では今も右翼・左翼の皆さんが「死者の数」を主張しあっていますが、私にはどうでもよいことに思います。正確な数字なんて過去にさかのぼって調べることなどできないことですし、数が問題ではないはずです。
戦争で市民、そして日米両国の兵隊の多くの命が失われたことこそ、記憶すべきことだと考えています。

(注2)
写真は2007/7/22に撮影したもの。
確かこの大砲は、今ではこの西原町の図書館からどこかに移設されているはずです。