NHK解説:「中国で進む建国以来最大の軍改革 習主席の狙いは? 」 | すずくるのお国のまもり

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お国の周りでは陸や海や空のみならず、宇宙やサイバー空間で軍事的動きが繰り広げられています。私たちが平和で豊かな暮らしを送るために政治や経済を知るのと同じように「軍事」について理解を深めることは大切なことです。ブログではそんな「軍事」の動きを追跡します。

【詳しく】中国で進む建国以来最大の軍改革 習主席の狙いは?

 

 

 急速な軍備増強を進める中国が、習近平国家主席のもとで「建国以来最大」ともいわれる中国軍の改革に乗り出しています。軍改革の内容や狙いは何なのか?そして、日本を含めたアジアの安全保障環境にどんな影響を及ぼす可能性があるのか。中国軍の動向を分析する専門家への取材をもとに詳しく解説します。
〇中国軍って? 
 中国軍は「中国人民解放軍」と呼ばれ、その由来は建国前にさかのぼります。
 国民党との内戦に勝利したことで成立した共産党政権で、人民解放軍は「建国の功労者」としてたたえられ、毛沢東が「政権は銃口から生まれる」という言葉も残すほどの特別な存在です。
「国軍」というよりも「共産党の軍隊」という性格が強く、党の中央軍事委員会(トップは習主席)が指導します。
 その人民解放軍は、国防費を右肩上がりで増加させてきました。
防衛省によりますと、1989年から2015年までは、ほぼ毎年、前年を10%以上上回るペースで増え続けていました。
 16年以降は伸び率が1桁台になったものの、21年の国防費は前年比で6.8%多い、およそ1兆3553億人民元(日本円で22兆円あまり)に達しています。
 これは日本の防衛費のおよそ4倍で、アメリカに次いで世界で2番目に多くなっています。
 中国の国防費をめぐっては、詳しい内訳が公表されていないことから、透明性が欠けているとして各国から根強い批判の声があります。
〇中国で進む軍の改革とは? 
 中国の軍事に詳しい防衛省防衛研究所の杉浦康之主任研究官によりますと、改革は、軍内に根強く残る「陸軍中心主義」体質にメスを入れる構造改革です。
 中国本土での内戦の勝利に貢献したことから、「陸軍こそ建国に貢献した存在だ」という意識が強く、のちに海軍や空軍などが創設されてからも、「陸軍偏重」の体質が根強く残ってきました。
〇改革が始まったのは、習主席が2012年に指導部を発足させた直後。
 当時、習主席は「『大陸軍』主義を放棄する」と発言していました。
 なぜ陸軍偏重を改める?
「陸軍偏重」の一番の問題は、「海軍や空軍などと対等な関係でないと、軍全体の統合がうまく進まないことだ」と、杉浦主任研究官は指摘します。
 いまや人民解放軍にとって、軍事的な重点は、中国本土の防衛から、経済成長に欠かせないシーレーンの確保やアメリカや台湾を念頭にしたものなど、海域や空域、そして宇宙に移ってきました。
 陸軍中心の考え方では、効果的な作戦を行うことは難しくなる可能性があります。
「建国以来最大」の改革と言われる理由は?
実は、「陸軍偏重」体質から脱却しようと、リストラを含めた改革の必要性がたびたび指摘されてきましたが、陸軍の反発が予想されたことから、歴代の指導者は本格的に手をつけられずにいました。
 だからこそ、習主席のもとで進められる現在の改革が建国以来最大ともいわれているのです。
具体的にはどんな軍の改革を進めている?
 次のようなものがあげられます。
 まず、陸軍出身者がトップを占めて強大な影響力をもっていた、総参謀部や総政治部など「4総部」と呼ばれる組織を解体しました。
 これにより、陸軍の影響力を低下させるとともに、習主席が軍に直接の指揮をとる権限の強化につながったとされます。
また、陸軍偏重の「7軍区」を廃止し、東西南北と中央の「5戦区」に再編。
陸・海・空などの軍種がより対等に位置づけられたほか、それまで曖昧だった作戦指揮・行政管理の権限の所在を明確化し、指揮 系統をよりクリアにしました。
〇改革に陸軍の抵抗はなかった? 
 陸軍の内部にどれほどの抵抗の動きがあったのかは明らかになっていませんが、習主席は、2014年から2015年にかけて、陸軍出身の元制服組トップ2人を重大な規律違反を理由に失脚させました。 陸軍をけん制し、改革への抵抗勢力を抑え込む狙いがあったとみられます。
 汚職撲滅の旗印のもとで抵抗勢力を抑え込み、権力を強大化してきた習主席でなければ、改革は実現できなかったかもしれません。
 改革を進める狙いは?
杉浦主任研究官は、中国軍は陸軍偏重を改めることで「統合作戦能力」と呼ばれる能力を高めようとしていると指摘します。

 統合作戦能力とは、一般的に、陸・海・空の各部隊が個別に作戦を行うのではなく、1つの司令部のもとにそれぞれの戦力を統合し、一体的に運用することで、作戦の効果を最大限に高めようというものです。
中国の場合は、陸・海・空だけでなく、ロケットやサイバー、それに心理戦などを扱う部隊なども含めた、より広範な統合作戦能力を掲げているのが特徴です。
 この統合作戦能力も、習主席の前任の胡錦涛氏のときからすでに提唱されていましたが、その実現に必要な抜本的改革はできていませんでした。
 その一歩を踏み出したという点で、習主席の改革は「中国軍にとっての大きな転換点になった」と杉浦主任研究官は指摘します。
〇中国軍に「統合作戦能力」は備わっている?
 杉浦主任研究官によれば、すでにある程度の統合作戦能力を獲得していると考えられるということです。
 しかし、運用面においては、いくつかの課題が残されていると指摘します。
 陸・海・空などの異なる軍種による統合作戦を行うには、高度な技術が必要ですが、そうした技術を持つ人材の育成には時間がかかるため、短期間では解決できません。
 また、軍の幹部や兵士たちの意識もそう簡単に変えることはできず、陸軍中心の考え方が根強く残れば、統合作戦に向けた意識も希薄になるとみられます。
 さらに、どこまで実戦的な訓練ができるかなども課題となっています。
 アジアの安全保障環境が変わる可能性がある?
 杉浦主任研究官は「中国が統合作戦能力の獲得を急いでいるのは、一にも二にも台湾統一が念頭にある」として、日本をとりまく安全保障環境にも影響を及ぼすことが考えられると指摘します。
 中国は、台湾の平和的な統一を目指すとする一方、台湾が独立を宣言するなど、中国が一線を越えたとみる行動に出た場合には、武力行使も辞さない姿勢を示しています。
 仮に中国が武力で統一に乗り出した場合、これを阻止しようと、アメリカ軍が介入することが想定されます。
 そうなれば、アメリカの同盟国である日本も無関係ではいられなくなる可能性が指摘されています。
 こうしたことから、杉浦主任研究官は「中国が統合作戦能力を高めることは、とくに台湾危機の観点で、日本の安全保障にも影響を及ぼすことが考えられる」と話しています。
 中国は武力で台湾統一を実現する能力を有している?
 杉浦主任研究官は、台湾の軍や社会インフラに対するサイバー攻撃、威嚇などを目的としたミサイル攻撃、それに特殊部隊による作戦といった、台湾統一のための「初動段階」の作戦を行う能力は、すでに「持っている」と指摘します。
 しかし、初動段階の攻撃だけで台湾が中国に屈するとは考えにくく、大規模な上陸作戦が必要になるといいます。
 中国は、それを実現できるほどの統合作戦能力はまだ有していないとみられるということです。
理由の1つが、演習不足です。
 実際に台湾を侵攻するためには、陸・海・空をはじめとする各軍種の連携や、5つの戦区の枠を越えた大規模な演習が不可欠だといいます。
 しかし、こうした大規模な演習が行われたという発表はこれまでほとんど確認されていないということです。
 また、中国軍は1980年代以降、大規模な実戦の経験がありません。
 アフガニスタンでの軍事作戦やイラク戦争などを経験してきたアメリカ軍とは異なります。
 杉浦主任研究官は、そのアメリカの介入が想定される状況の中で、中国が台湾を侵攻するというのは、中国にとってのリスクが高すぎるとみています。
 中国がアメリカを軍事力で上回る可能性はあるの? 
 習主席はたびたび「戦って勝てる軍隊をつくれ」という命令を出し、今世紀半ばの2049年までに「世界一流の軍隊」となる目標を定めています。
 杉浦主任研究官は、「戦って勝てる」や「世界一流」といった表現はアメリカを意識したものだと考えられ、将来的にはアメリカと肩を並べ、そして凌駕する軍隊を目指していると指摘します。
 ただ、本当の狙いは、アメリカに中国の軍事力の強大さを認識させることで、台湾問題に介入した場合のコストの高さを思い知らせ、「戦わずに勝利する」ことを目指しているのではないかとみています。
〇中国軍の改革の行方は?
 中国軍は、今後も統合作戦能力をより深化させていくとみられます。
 杉浦主任研究官は、特に注目すべきものとしてAI=人工知能の活用を指摘します。
 AIは、戦車やドローンといった兵器に用いることによって、目標を探したり攻撃したりといったことを兵器が自律的に行えるようにするものです。
 杉浦主任研究官は、中国はそれだけにとどまらず、指揮系統システムにAIを組み込み、戦場の状況分析や、部隊の配置、最適な作戦の立案に至るまでを、AIが担うことを目指しているとみています。
 導入が進めば、大規模な統合作戦構想の立ち上げから、それを実行に移すまでのスピードが飛躍的に向上し、作戦も従来とは次元が異なる高度なものが実現可能になるということです。
 中国軍のAIの活用は、現在はまだ初期段階にあると見られているものの、技術のさらなる向上や改善には、それほど多くの時間はかからないともみられています。
 中国の軍事動向を注視しているアメリカも、最も警戒している分野の1つがAIだということです。
 安全保障の概念を大きく変えることにもつながる中国軍改革を、今後も注視していく必要があります。