黒猫物語・岩戸の民3 求むる民 | 古書店 書庫

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いつしか本に、絵画に、日々の様々に思いは広がりました。
物語を書く趣味をもつ店主でございます。
よろしければお読みください。

この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。




その天を指す指を
神渡は感じていた。

 朔夜よ
 我の月よ
 日はそなたに応える

 我が契りし魂よ
 ………………ああ きらきらしいな

それは、
ただ朔夜へと駆け下る風だった。
日の愛撫に咲き初め、
日の情を吸い上げて冴え返る月の化身が望む。


 ………我を守らんとか。



己が背に焔立つ。
氷柱のごと青白く、
月光のごと冷たき焔は
巫の覚悟を示していた。


背を向けたなり、
日の長は巫に言の葉を授ける。

「朔夜
 殺めてはならぬぞ。」



暁までを共にした褥にあるごとく、
その頬に手があり、
その髪を指にすく今があうごとく、
神渡は情を込めた。


「でもっ………!」

愛しいものは抗う。
魂をかけて契りし長が戦に臨むのだ。
ただひた向きに長ばかりを見つめる朔夜に
赤衣の民は斃すべき杭としか見えぬ。


「ならぬ。
 いい子だ。」


神渡は言い聞かす。
言の葉は朔夜の額に口づけ、
胸に残る薄紅の花びらをなぞった。


〝いい子だ〟

蕩けるままに巫は聞いた。


「できるな?」


 デ・キ・ル………………。
 デキル………………………。
 




あえかな喘ぎが
その唇から零れる。
そのときのとき、
腕に抱いたは散り敷いた花びらかと紛うた香が、
濃厚に立ち上った。


神渡は
ようやく
その眸を巡らせた。


赤衣の男らは
その輪をじりじりと詰めようとしていた。
殺気は天を衝く赤い壁とも感じ取れた。


だが………あるべきものがない。
それが何であるのか
咄嗟には言葉とならなかった。




「殺めず終わらせるとな?」

睦言とも言えぬでもない
神渡の言葉に、
飄々と成り行きを眺める老人が
微かな笑いをもらした。



 それは
 何なのか。


いやあああああっ………!

必殺の気合いと共に殺到する赤き怪超に
日の長は悟る。



 命かけて
 己を見定めようとてか?


死骸の山を築くを
その見定めとした者共が
そこにいた。


神渡の長衣の袖が翻る。
腰にある剣は、
その鞘を出ることはなかった。


軽やかに地を蹴る朔夜が
婉然と口許に笑みを掃くが見えた。


 見事よの
 我が月よ


月光の煌めくが如く、
小刀が高く弧を描く。
天人飛翔し、
人その力を失う。


花が触れたとしか思えなかったであろう。
第二の輪を形作っていた男らの手は、
その獲物を絡め取られ、
痺れた腕と胸を塞き上げる息苦しさに
地べたに喘いだ。


第一の輪は、
それぞれに立ち上がろうとして、
一様に右の脚を引きずって
その場に倒れ伏した。

その太股に
小刀は深く突き立つ。


とんっ………と、
固き岩を下にした土に
朔夜が降り立つ。

そのかそけきほどな小さき肩を、
神渡の逞しき腕が労うように抱いた。



「見たか!?
 勾玉を守る民よ」

老人が
ずいっと進み出た。
その皺深い頬に
光るものが流れ落ちる。





囲む者共に、
それは、
ひどく
ゆっくりとした舞いとも見えた。


飛ばされる小刀にその下を舞う黒髪。
振り下ろされる手刀の下に、
自ら差し伸ばされたかに見える赤き下袴。


夢見るように
それは美しかった。
荒れ狂う波頭の先に思い描いた見果てぬ夢は、
今こそ目の前にあった。
いや、
夢以上であったろう。



呻き声をあげる同胞らは
生きていた。
どの一人もが生きていた。

死をもって得るはずであった証は得られた。


一同の目が
ただ二人、
そこに立つ姿に寄せられる。


神渡は
莞爾と笑い、
その場に宣した。


「この天が下、
 我を求むる者全て
 我が民なり!

 求むるか!?
 海越えて来たりし民よ」


朔夜は、
おずおずと神渡の胸にすがり、
その顔を仰ぐ。


幼き巫には
日の長の情を浴びてより、
世はわからぬことばかりであった。


イメージ画像はwithニャンコさんに
描いていただきました。
ありがとうございます。


 



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