この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。





客席の最上段、
出入り口近くに大きな影が一つ
仁王立ちに立っている。
その影に守られてほっそりとした影が二つ前にあr

「すごい‥‥‥‥綺麗‥‥‥‥‥‥‥‥。」

リンクには、
ふわりと白い布をひらめかせて
くるくると回っていた。
差し上げた手にから布は弧を描き、
しなやかに反る細身を守る白い翼のように見えた。



「誰かが
 瑞月さんを守ってるんですね。
 ‥‥‥‥‥‥‥お星様?」

綾周がポツンと呟く。


「お母さんが振り付けなさったそうだよ。
 でもね、
 もう亡くなられたんだ‥‥‥‥。」

伊東が
大きな体をそっと屈めて
囁いた。




オカアサン
オカアサン
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥。
キラキラ星のメロディーに子供たちが体を揺らしている。

 一人一人に脇についている女の人が
 オカサンなんだ。

綾周は
オカアサンというものを
身近に見た覚えがない。
本当に見ていないのか覚えていないだけなのか
それは朧だ。


 民が待っています。
 忘れてはいけませんよ。


民の言葉が浮かび
お弁当が浮かび
図書館の柔らかな敷物に座る民と
その膝に笑う自分が浮かんだ。



 待ってて
 民さん


そっと呟くと
胸がキュンと熱くなった。


綾周は
小さく体を揺らしてみた。
照れ臭くて
すぐ止めた。

そっと回りを見回すと
綾周に関係なく子供たちは夢中で見つめ
その体ごとキラキラしている。
だってキラキラ星なのだ。


作田が
そっと綾周に寄りその視線を誘うように指差した。


カーテンの向こうに
ルンッ ルンッとリズミカルに揺れる影が見える。
シルエットに描かれるくっきりとしたラインが美しい。
演技を待つスケーターたちだった。


衣装に散りばめられたスパンコールが光を弾き
しなやかな体が無数の星屑を纏って揺れる。
星々がリズムに乗る快感にさんざめいているかのようだ。


綾周の体が誘われる。
美しい夜だ。
優しい夜だ。
天に星ありて子供らに祝福を降り注ぐ夜だ。


作田は
ほっとしながら
柵に肘をついてくいっ‥‥‥くいっと
その頭を揺らす綾周を眺めた。


溶け込んでいく。
リンクを舞う瑞月を見つめて
そこは幸せな世界になっていた。
瑞月が幸せだよと跳び上がってクルクルッとすると
わーーーきれーーーーいと幸せは金粉のように振り撒かれる。


ほらね
ほらね
おかあさん
ぼく
しあわせだよ


そして
‥‥‥‥シュッ‥‥ザザッ
とエッジは氷上につつましい音を立てて
ふんわりと止まる瑞月を乗せて静まった。



余韻の1拍
そして
わっと上がる歓声がリンクを揺るがせた。



優しい夜空の余韻の中で
満面の笑顔の瑞月が
ぺこり ぺこりとお辞儀をする。




そして
鳴り止まない拍手の中、
ひらひらーと薄布を棚引かせて
可愛い流れ星はリンクの天空を横切っていく。
照明は天の川の揺らめきで瑞月を包み、
流れ星を追う観客はその棚引く尾が消えるまで
夜空の魔法の中にいた。


ほうっ
綾周が吐息を洩らす。



きれい

きれい

きれい

谺しては嘆声は続く。






「綺麗だったね」
作田が語りかけ
「は‥‥‥‥うん!」
綾周が答えた。

そして、
ちょっと固くなる。



その頭を作田が無造作に撫で、
ぎゅっと肩を抱いた。
綾周はまた固くなって、
そして、
そうっと力を抜いた。




「もう少し見ていたいな。」

8歳の自分が甘えたお巡りさんに
綾周は甘えてみた。

「いいとも。
 綺麗なものはいいもんだ。
 一緒に見よう。」



伊東が
そっとドアを抜け
そして戻ってきた。
作田に頷くと
また仁王さんに戻った。



突然
ピューーーーーと
空を渡る鳥の声が響いた。
リンクに一羽の白く輝く鳥が現れる。
見事なものだった。
子供たちの目を引き付けてぐるっと一周すると
さっとカーテンの奥へと消えていき
そして
オーケストラの奏でる調べが会場を包んだ。


「ぼくを 信じろ!」

お馴染みの言葉が
観客席の子供たちをわっとどよめかせる。


飛び出したアラジンは
空の青に
ターバン代わりに靡く金の布を閃かせて中央に立った。



さあ空を飛ぼう!
主旋律が始まった。
なんてスピードだろう。
作田は呆気にとられた。


リンクの一周が一瞬の内のようだ。
そして
振り返ってアラジンは飛んだ。



 凄い‥‥‥‥‥‥‥‥。

空を飛んだ。
作田は我が身までが空を行くような
心地よい眩暈を感じていた。



瑞月が天女の舞いのように飛ぶ空は
夢幻のようで
それは本当にお星様だった。


だが、
高遠は違う。
さあ!
おいで!と空に誘う青年がそこにいた。




アラジーーン!
素直な第一声が
響き渡り
アラジンが応えるように舞い上がった。


アラジーンはもう止まらない。

共に!
と誘う声が真っ直ぐに自分に飛び込んでくる。
回転する高遠の芯が天を指す。




そして、
観客席へと差し伸べる腕の
なんと力強いことか。
こどもの日の今日、
アラジンは恋人を置いて子どもたちを空へと誘いに来たようだ。


今度は
カーテンの向こうに飛び跳ねる可愛い影が見えた。
瑞月は高遠の滑りに夢中のようだ。
群像は手を振り回している。



「すごいぞーアラジン!」

突然
しぶい声が後ろから飛んだ。
伊東が腕を突き上げて叫んでいた。


綾周がクスッと笑い、
作田はその肩を叩く。


滑り終えた高遠に
会場は
さあ!楽しもうね!と沸き上がっていた。





「‥‥‥‥海斗さんは何と?」

作田が
そっと伊東に囁き、

「綾周の望むようにと。」

伊東は返した。




“もうすぐ始まるよ。
 少しだけ見ていかない?”

瑞月が
行っちゃうのー?
綾周を引っ張り、

“短いショーだよ。
 そしてね、
 とっても素敵だ。
 音楽をやるんだよね。
 きっと楽しいよ。”

結城が誘った。


少しだけが
すっかり虜となった綾周と共に
伊東と作田も
しばしの憩いを楽しむことにした。




海斗は瑞月の弾みに安らいでいた。
愛しい魂は今は胸の中にいつも共にあった。

 そうか
 楽しいか

 うん!
 たけちゃん最高だよ


ちりっと胸が痛むが
それを隠すのは
海斗には日常のことだ。
何でもない。


そして、
葦は眠っている。
その目覚めを思うのは瑞月の務めではない。


 綾周も
 楽しんでいる
 いいショーだ
 頑張れ


そっと胸に瞬くものに
囁きかける。

海斗は
瑞月に触れさせぬと決めたことは
扉の奥に秘すことに慣れていた。




「ありがとうございました。
 どうか
 皆様
 お時間あります限り
 お楽しみください。」

大名行列を終えて
海斗は一同に頭を下げる。



「総帥、
 ちょっと。」

武藤が声をかけ、
海斗は三枝に会釈して
首長の歓迎の任を離れた。

その締め括りは
政界のドンたる三枝憲正こそが相応しい。



「報告しろ」

「苦手なお務めから解放してあげたんです。
 これ以上、
 綾子お嬢様と一緒に動いちゃ
 色々まずいんです。」


海斗が黙って見返す。


「まずいんです。
 いいですね。」


武藤が念を押す。


「‥‥‥‥‥‥‥‥瑞月か?」

海斗が考えた末
答えを出した。


「そうです!
 まあそんなところ。
 それに色々備えなきゃですからね。
 政五郎さんが爆弾もって帰ってきます。
 さあ本部行きますよ。」


空を渡る日は
ゆるゆると進んでいく。


立ち並ぶテントの上には青空が広がる。
薄闇すらもそこに入る余地はないかに見えた。


画像はお借りしました。
ありがとうございます。



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