黒猫物語・奪還47 舅の悶々 | すずき古書店

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情報にはうとく、
綴る思いを店先に並べております。

大好きなアスリートに導かれ
こうして書いて参りました。
変わらず書いてまいります。


テーマ:
この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。




高遠が肩を落とし
何事か呟いてみせると
どっと笑いが巻き起こり
高遠がシーーーッと黙らせている。
スーッと何かを抱き止める仕草をして見せている。


結城が瑞月を抱き止めたと聞いていた。
それは
おそらく皆が見ていたのだろう。


笑顔が温かくなり
結城の生徒たちらしい一群は
先生の御機嫌が直ることを祈る可愛らしい遠巻きの円になった。

作田はこの高遠豪という男には
感心するばかりだった。



舞台は整った。



もう海斗はリンクの端、
スケーターたちの出入りするカーテンの前で
恋人の師にして父の男を待っていた。
そこから踏み込むことは
この男にはできない。



その前に
海斗を庇うように
小さな体がすっくとその足を優雅にクロスさせて
立っている。



綾周を連れて
そこまで降りていってよいか
迷うところだった。



結城からそこは
僅かに数メートルだ。
しかも客席を行くということは
結城の後ろを通ることになる。




「あの‥‥‥‥。」

綾周が作田を引っ張った。



前には結城だ。
その肩は落ちている。
背を柵にもたせて動かない。


ウワキが浮気ではないことは、
たぶんもうわかっているのだ。

それでも
自ら海斗の前へと動くために
その足を動かすことができずにいるのだろう。





海斗もここで止まって謝罪としてくれればよいのに、
通りすぎる際にきちっと頭を下げ
下までスタスタ進んでいってしまったのだ。


 まあ
 高いところから
 ってわけにはいかないよな

 ほんと
 要らないことまで
 気がつくようになっている


作田は
ここはまずこちらが先に
考えた。


「結城さん
 失礼します。

 鷲羽に厄介になっている作田と申します。
 この子は綾周といいます。
 私が預かっている子です。」

結城が
振り返る。
高いところからだが、
作田は精一杯頭を下げた。


「あ、
 アヤちゃんという‥‥‥‥。」

結城の声が
途切れる。

綾周は
やはり綺麗な子だった。


「この子は笛を吹きます。
 昨日は瑞月さんが笛に合わせて
 素敵な夕焼けを踊ってみせてくれました。

 頼りにする人が行方知れずとなり、
 海斗さんが鷲羽で保護してくださっているのです。

 行方不明の人が見つかり
 安心してお返しできるとわかるまで
 瑞月さんと一緒に過ごすことになりました。

 どうかご承知おきください。
 瑞月さんがここに誘ってくれました。
 感謝します。」


ここまで来て
作田は
謝ることは止めた。
ただ感謝した。



結城は静かに綾周を見つめた。
綾周が
見つめられるままに結城を見返す眸は真っ直ぐで素直だった。



浮気の一語への拘りが虚しく消えていく。
人間嘘をつくには、
それなりの社会的年齢が必要だし、
浮気となればなおのことだ。


ほうっ
結城がため息をついた。



作田が
そっと背に手をあて
綾周が口を開いた。


「あの、
 お邪魔してしまったみたいで、
 ごめんなさい。

 練習、
 とても素敵でした。
 ありがとうございます。」


作田がもう一度深く頭を下げると
綾周も続いた。

作田が
行くよと手を握り笑いかけると
綾周は素直に作田に続く。



「綾周君!」

結城が初めて口を開いた。
え?
綾周が振り向いた。
作田も驚いた。
思わず向かう先、
カーテンの前に立つ海斗を確かめた。



そこに海斗はいた。
そして、
今の声は背後から呼び止めるものだった。





「怒鳴ったりして
 申し訳なかった。

 君の大切な人が早く見つかるといいね。」


その声は
こうして落ち着いた中で聞くと
そっくりだった。

綾周を労る声は
海斗と同じトーンで
低く温かく綾周を包む。



綾周の頬が染まり
そして
ぺこりと頭が下げられた。



作田が手を離してやると、
最後の段差を
ぴょんと飛び降りる。
そこは
もう海斗の立つ出入り口のカーテン前だった。







そして、
結城がトンと
柵を突き放す。


氷を蹴ったとも素人には分からない。
魔法のように滑らかに
数メートルを結城は滑り寄ってきた。



エッジの氷を削る微かな音は僅かなぶれもない。
西原には手の届かぬ氷上で
結城は
瑞月を守っている。



技量で人は守れない。
守りたいと思うから技量が力をもつ。
結城は瑞月を深く愛しているのだ。
作田は改めて結城を見つめた。



皺は刻まれ
年輪は明らかだが
高い鼻梁と秀でた額はかつての美貌を窺わせる。
その頬骨あたりが刻む陰影が
どこか海斗に通じるものがある。



あまりの声の似通いに
そう思って見ると
どこか国籍を感じさせない造作も
二人は共通していた。


瑞月が
後ろに海斗を庇って
ちょこん
前に出た。


反省もしてるかもだが、
海斗を守らなくちゃ!が
ありありだ。


音羽コーチは
またお堅い眼鏡女史の風情に戻り、
ちんまりとカーテンの端に控えている。
結城は総監督、
音羽は一コーチといった役割らしい。

ちらちら時計を見上げているのは
練習時間の計算を始めているのだろうか。
作田も時間は気になっていた。
時計はいつしか九時に近くなっていた。



 物産展の始まりに
 間に合うのだろうか


瑞月が
しっかりと結城と向き合って
一生懸命その顔を見つめる。

結城は
穏やかな微笑みで
それを受けている。



何かの儀式のようだった。
これは何回か繰り返されてきた手順なのかな。

そう思わせるほどに
音羽を始め
もう警護の位置に控えている西原も
一群のスケーターの中に戻っている高遠も
もう結末の先に備えている。



天使の頬笑みで
瑞月が結城を慰める。


「先生
 すみませんでした!
 ぼくが変なこと言ったから
 いけないんです。

 それと、
 あの‥‥‥‥。
 たけちゃんが
 お父さんすごかったって。」


そこまで言って
瑞月が
ちょっと止まる。


おや?
音羽と西原が瑞月に目を戻す。
高遠は変わらなかった。


うふっ
瑞月が恥ずかしそうな笑い声を上げた。
いや
そりゃあもう可愛かった。

「お父さん!
 助けてくれてありがとう!
 まるでヒーローだって
 みんな言ってくれて嬉しかったよ」
 
両手は
嬉し恥ずかしの態できゅっと握られ、
言い終えるやくりんと振り向き
海斗に抱きつく。



高遠だな。
そう思いながら
作田は結城の顔が一瞬泣きそうになったのを
その目にとらえた。


 そりゃヒーローだよな
 父親ってのは、
 愛する娘
 いや子供にはいつだってヒーローでいたいのさ

 
海斗は抱きついてきた瑞月を優しく受け止め、
そっとその肩を抱き、
もう一度瑞月を結城に振り向かせる。

目を伏せているのが、
その結城の光るものを見てはならぬと弁えているのだろうか。
もしそうなら大した成長だ。



作田は
この舅と婿と花嫁のドタバタ劇の観客としては新人だ。
ベタな流れだが
出演が美形揃いであるところが悪くない。
やや食傷気味らしい他の日本語を解するメンバーの中で
作田はその情景を心から楽しんでいた。



結城は
もう光るものは収め
穏やかな微笑みを取り戻していた。



「今、
 私も
 綾周君には
 謝った。

 大声を出したりして
 私こそ恥ずかしいよ。

 そしてね、
 瑞月君
 どういたしまして。
 間に合ってよかった。
 元気になってほっとしたよ。

 さあ曲かけ練習をしてしまいなさい。
 ちょっと体を暖めてからだよ。

 音羽さん
 お願いします!」


儀式は終わりを告げた。


音羽は
瑞月に頷き
瑞月はリンクを回り始めた。
スーーーーっと
もう一つの影が続く。
高遠は
そのウォーミングアップに付き合うらしい。


「二人とも
 いいわよーーーーっ

そのテンションもまた
いつもの風景のようで
二人は笑いながらスピードを上げていく。


すっかり
リンクらしくなった体育館内は、
アイスショー直前の賑わいを取り戻した。


結城が
変わらず穏やかに
海斗を振り返った。



「海斗さん
 もう会場に戻られますね。
 ちょっと
 こちらのことをお話したい。

 私もリンクを上がります。
 少しお時間よろしいですか?
 5分もかかりません。」


海斗は頭を下げ、
西原を振り向いた。
何か囁く。
そして、
客席の階段を上がっていった。



結城はもう
奥に入りスケート靴を脱ぎ始めている。
西原が
にこにことやって来た。


「アヤちゃん
 海斗さんは少し御用事がある。
 ヒロおじさんと一緒に先に戻ってて。
 昨日の公園だ。

 海斗さんは
 すぐに行く。
 いい?」

もう
すっかり子守りの達人だ。
だが‥‥‥‥と作田は思う。


姿を消していた伊東が
するりと
カーテンから入ってきた。

準備万端だ。
運転は伊東がしてくれるのだろう。
海斗に警護は無用
そして綾周には必要だ。


「西原さんは?」

一生懸命笑顔を浮かべながらやってくる伊東に
綾周も察したようだ。
少し心細げだ。

伊東は若干顔が怖いのが
子守りには不向きとも言える。


「俺は
 瑞月と一緒にお昼を過ぎたら
 そっちに行くよ。

 今は
 このおじさんがアヤちゃんを守ってくれる。
 とっても強くて優しいんだ。
 赤鬼さんは
 優しい鬼さんだったろう?

 同じだよ。」


赤鬼さんとは
伊東には気の毒な気もするが、
子守りとはそうした試練も含むものだ。
西原も恥を捨てて歌のお兄さんに徹している。
仕方ないかもしれない。


そうだ。
もう準備はできて
流れ出している。
だが、
やはり作田は覚悟を決めた。


「西原さん
 私、
 ちょっと遅れます。
 伊東さん
 少しだけ待ってください。」


伊東が少し真顔になった。
作田は理由を言わなかったが
靴を履き替えた結城が客席を上がっていくのを目で示してみせた。


「‥‥‥‥お願いします。
 私には務まらないことですが、
 心配しているよと
 言ってあげられる人間が総帥には必要ですから。」


伊東が答え、
作田は綾周に笑いかけてから
階段を上っていった。


作田は上がりきって
僅かにその重いドアに隙間を作り
そこに止まった。


がすっ‥‥‥‥。


職業柄
聞き慣れた音が聞こえた。

ざざざざっ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥。


お決まりの流れだ。
本当に5分もかけるつもりはないのだろう。



「海斗さん
 瑞月は倒れた。
 氷上で突然意識を喪うことの恐ろしさを
 あなたは知っている。

 これは瑞月があなたといることが原因ですか?」

「そうです。」


よく似た声が
一人の少年を巡って
互いの思いを確かめ合っていた。




「あなたは
 それで平気なんですか。」

一つの声が震える。
その命の尽きる瞬間を恐れて震える。


「それでも離れないと誓いました。
 瑞月と共に生きていくことだけを考えています。」


もう’一つが応じる。
その魂を抱いて生きると決めた声が
それを受け止める。


「結城さん
 私は瑞月を手放すつもりでした。
 私は相応しくない。
 守って
 守って
 いつか手放すつもりでいました。

 でも
 それは間違いだと
 瑞月に教えられました。

 私は瑞月と共に生きます。
 ご心配をおかけすること、
 どうかお許しください。」


足音が
苛立たしげにガッと響き
そして止まった。



「綾周君に罪はない。
 おそらくあなたもそうなのでしょう。
 でも、
 責任はあなたにある。

 共に生きると決めたなら
 あの子を不安にさせる振る舞いは慎んでいただく!
 二度は許しません!!」

「気を付けます」



作田は
そっとドアから離れた。

結城が階段を降りていくのを
作田は
少し離れて見送った。



結城は振り返らず
リンクの奥に入り
また靴を履き替えるようだ。



「綾周をお願いします。
 私の方が少し先に着く。

 お待ちしています。」

いつの間に
思うのはもう慣れていた。

作田は下を見下ろす自分の脇に
長身の影を感じていた。
中学生の頃からやたら背の高い子だった。



「すまないね。
 気になった。」

「いえ。
 見ておいていただくことが、
 たぶん必要なのだと思っています。」

「君はよく頑張ってる。
 頑張ってるよ。」

「ありがとうございます。」


海斗は再びドアを抜けて行った。
作田は下に向かった。
どちらも
もう動き出す時間だった。



画像はお借りしました。
ありがとうございます。


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