この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。




未明の空に
高々と建てられた櫓がシルエットを刻む。
遊歩道を縁取る木々の影はその尖塔に続く回廊のようだ。
一夜城は刻々と明るむ公園に姿を現しつつあった。
MITINOKU GOLDと染め抜かれた背がコンテナからの積み降ろしに従事している。




仰ぐ櫓に溶け込んでいた影が
夜明けを待つ薄明の空に人の姿をくっきりと描いた。
そこに
いったいいつからいたのか。


鷲羽海斗は
会場全体を見下ろす高みで
その最後の日の夜明けを待っていた。



一望で
人の流れは読み取れる。
入ってくるコンテナ
そこから流れ出る影、影、影‥‥‥‥。


見える影は
すべて一様に流れの中にあり、
静かな躍動を形成している。


すべてが順調に見えた。
抱えた爆弾の時限装置はまだ作動しない。
読めない不自由が
その景色を揺らがせる。

 
 どう動くのか‥‥‥‥。


綾周を守る約定は既に固めた。
どうであれ
瑞月の祈りが指す先には光しかない。


ここまで来たなら
こちらも動きたい。


 葦を待っているのかもしれないな
 俺も‥‥‥‥。


滞りなく進む流れを見下ろしながら
海斗は苦笑した。




綾周が内包するものは、
まだ眠っている。
綾周自身も
そして
葦も動き出してはいない。
それは綾周自身が封じ込めたものだ。


今まさに動き出したこの祭りのエネルギーが
そこにどう作用するか。
辺りに満ちる気は、
闇にも光にも力となる。



ただ満ちて
その行く先を求めるエネルギーに
道を示すもの。
それが巫だ。



 俺の巫よ
 お前を羅針盤に
 俺は進む



瑞月は
リンクにいるだろう。
そのほっそりした姿がゆっくりと氷上に弧を描く姿が浮かぶ。


目覚めのとき
もう幼さの殻はするりと抜け落ちていた。
起き上がり海斗を見る眸には
深くどこまでも透き通る水のような静けさが湛えられ
海斗の口づけを待つ細い体には
不思議な威が備わっていた。



いつも戸惑い
そして魅せられる。



ここというとき、
聖堂の輝きにも似た光が差す。
その光に導かれて進む己を感じずにいられない。


交わした口づけも
共にとった軽い朝食も
静かなものだった。



「行ってきます」

「待っている」


ドアを開け
西原に託すとき、
その向こうに待つ高遠が
すっと顔を引き締めるのを感じた。


目を合わせ
そして
ドアを閉じた。


じっと
心を添わせると、
海を見た。
もう
海にいる母に
そこに微笑む幾多の魂に瑞月は抱かれている。



 待っている
 舞って
 そして
 戻っておいで




砦は
道の向こうで
静かに夜明けを待っていた。



砦に揺れる灯は
民が点している。

その灯りの輪は
今は
次の出陣を控えた一陣で賑わっているだろう。
夜を守った者たちは休息をとり
昼前には合流する。



今日あるとは限らない。
海斗は
その灯りに
まだ眠っているであろう綾周を思った。


夜には
瑞月と共に
鷲羽の屋敷を目指す。
そこだけは確かなことだった。





ふっ
櫓に続く空が傾ぎ
海斗は
その空を仰いでいる己に気づいた。


 何‥‥‥‥?

体勢を整えようと踏み出す足は
ゴツッと鉄板にぶつかる。


ゆらり………。

ついに空は直立し
海斗は膝をついた。



早朝の露に
微かな湿り気を帯びた鉄の匂いに
ぐっと集中する。
ここは櫓だ。


そして
鉄板についた掌に意識を集中した。
天は肩に
地は膝の下にあった。
勾玉が鈍く点滅する。



天に柱を!

海斗は
己の身を貫く柱を描いた。
それは白光に目を射る輝きをもって地から天へと突き上げる。

日の長が
鉄塔の上にゆっくりと立ち上がり
光の矢が一気に草地を嘗め木々を上り
道を綿って砦の壁面を輝かせた。



曙光が差していた。
みながその光に弾み
作業はますます流れるように進み始めた。



鉄塔の異変は
気づかれることなく
日の長は変わらずゆったりと下を見下ろす態に見えていた。





内に突如生じた空洞に
海斗は
胸を開いて光を満たす。


その光の中に
小さな翠の玉が浮かんだ。




深く
息を吐いた海斗のインカムに
切迫した西原の声が響く。




“総帥
 瑞月が倒れました。
 意識がありません。
 突然です。
 
 結城先生が抱き止めましたが
 身を庇う動作が
 まったくありませんでした。

 まるでスイッチが切れたみたいな‥‥‥‥。

 そちらは変わりありませんか!?”


やはり!
その声に応じる手間は省いた。



“伊東!
 綾周だ
 確認しろ”


砦の最上階をエレベーターに走る影を確認し
海斗は待った。
伊東に行かせるしかない。


作田の部屋のドアが開き、
そして
閉じた。



“姿が変わりました。
 葦ではありません。
 瑞月さんくらいです。
 ‥‥‥‥あの”

伊東の報告は途切れた。
代わって
やや嗄れた声が続けた。

“海斗君、
 葦はいない。
 ひどく弱っている。
 透き通りかけているんだ。
 来てくれ!”


トン!
海斗は鉄板を蹴る。
中央に残されたロープを握るや
影が鉄塔の柱を滑り降りていく。



“西原’
 瑞月の側を離れるな。
 目覚めても
 決して外に出すな。

 俺が行くまで
 待つんだ”



その気配を消した王は
守ると約定した闇の皇子のもとへと
整然と進む祭りの支度の賑わいの脇を急ぎ抜けていった。



画像はお借りしました。
ありがとうございます。



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