黒猫物語・龍昇る空8 天人飛翔 | すずき古書店

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情報にはうとく、
綴る思いを店先に並べております。

大好きなアスリートに導かれ
こうして書いて参りました。
変わらず書いてまいります。


テーマ:
この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。




そそり立つ土の塔に
瑞月は倒れ伏す。


それは、
その切り立った頂上に覗く小さな手に
窺い知れた。



海斗は
跳ね起きて
その塔をじっと見上げている。


秦は
見上げない。
ただ
海斗を見つめる。



引き締まった腹筋は装束を引き抜いて曝した太腿へと連なる。
海斗の筋肉の織り成す造形の美は
無造作に曝され
美より底知れぬ力を秘めて見るものを惹き付ける。



高遠は
その人間社会においては
不器用に過ぎる男に
圧倒されていた。



 長か…………。
 


何を競うとも
思ってはいまい。
秦を知らないのだ。


だが、
知っていたとして
この男は競うだろうか。


高遠は
魅せられたように
剥き出しの海斗を見詰めていた。


その眸が見詰めるのは
瑞月だけだ。
鷲羽を率いるとは
その魂から発する迷いなき決断を下すということかもしれない。


その理解が
ひしひしと高遠を満たしていく。




 いらないんだ……。
 しがらみは。


 決める。
 そのときにはいらない。


 そして必要なんだ。
 咲さんが
 拓也さんが
 伊東さんが……。


 そのしがらみを切り抜けるために。


 …………そして、
 おじいちゃん、
 俺もですか?

 俺は何のためにここにいるんだろう……。



高遠は
調光室に戻ったときの己を思う。
そこで、
自分がすべき単純なことを思っていた。



海斗は
必ず瑞月を連れ戻る。
それは
瑞月を信じることでもあった。



 お前は負けない
 閉じて守ってきたものが
 お前にはある。

 勝つんだ
 そうだよな


すうっと
海斗の視線が周囲を見回す。
そして、
ようやく視線は秦をとらえた。


ゆっくりと
秦が海斗を見返る。




長身の男二人が
互いを見つめて対峙した。


「やれ
 邪魔の多いことだ。

 ようやく二人になれそうです。
 われは参りますよ。」


秦は、
その髪を背に流して
塔の頂を仰いだ。



その顔に月光が降り注ぐ。
白々と浮かぶ顔は
凄みを帯びて美しい。


その口の端がくっと上がった。


背筋が凍る。
高遠は
音楽室に現れた仮面の下を見た。


足下に踏みつける華奢な肢体。
その悲痛な声に
その笑みは浮かぶ。


 楽しんでいる……。
 瑞月を辱しめることを
 舌舐めずりして楽しんでいるんだ。


そして、
それはもう
この男の手にある楽しみなのだ。




「久しぶりの逢瀬でしてね。
 思い人も待ち兼ねておりますので
 まずは枕を交わしてやらねば。

 良き音を鳴らす琴でしてな。
 そう一弦の琴です。
 その音色が楽しみです。

 どうなさる?
 ここでその音を楽しまれるか?」


海斗は答えない。
ただ
秦を見詰める。
その表情は変わらない。


ふふっと
赤い唇からクスクス笑いが洩れた。


「立ち退かれないか……。
 では、
 お楽しみあれ。

 良き音色で啜り泣く。
 ああ待ちきれぬ。
 では……。」

秦は
ひらりと
その袖を翻した。



「なぜ
 名を呼ばぬ?」

今まさに
地を蹴ろうとした秦の足が止まった。



海斗は
淡々と待つ。
だらりと下げた両手
地に置かれた足はぴたりと吸い付いたように
その長身を支えている。


眼差しは秦を縫い止めるように
揺らがない。



「御存知ないか?
 思う者の名は
 大事な秘め事。

 互いに情を交わした証を
 どうして他人に明かすものですか。」


「わかった。」


海斗は
振り仰ぐ。

もう秦は見ない。




逞しい肩は
真っ直ぐに塔に向かう。
その反らされた胸は二枚の鋼の盾のごとく
力強い。

剣を思わせる足が
力強く地に開かれた。




王が
その意志を示して
天を仰ぐ。



土の塔の頂きに
王は
望むものがあるのだ。




ぴくん
頂に見える指先が震える。


身を起こす瑞月が見えた。
不思議そうに空を見上げる小さな顔は
別の不思議に
囚われているように曇りがない。



シャラシャラと
幾千の小さな鈴が鳴るような響きが
微かに始まる。




 月が…………。


高遠は
呆然とその華厳に打たれる。



月が
まさに瑞月を包もうとするかのように
近々とあった。



その月を前に
瑞月がその細い手を上げる。





ぽうっ
その掌に翠が灯った。




そして、
月は
その光を
金銀砂子に変えて降り注ぐ。


荘厳な
煌めく光の滝が
見上げる海斗を押し包んだ。



月光は海斗の肩から
シャラシャラと流れ落ちる。




 ああやはり…………選ばれたのは
 あなただ



その光の玉が凝って
二枚の見事な盾の合わせ目に
一つの形を成していく。



二つの勾玉が
生まれようとしていた。





秦の顔が歪んだ。
なまじ美しいだけに
その周章狼狽ぶりは醜い。




カッ……。

眩いばかりの翠の光が
海斗の胸から放たれた。



同時に
秦の足が地を離れた。
そのまま
一文字に頂へと上がっていく。


追うように
その根元から
塔は光を含んで泡立っていく。



「俺は海斗だ!

朗々と
その声は響いた。



塔が揺れる。
瑞月が
海斗を見下ろした。



秦の肩が
塔に届く。



「お前の名を!


ぐわっ
その虚像の塔は
届いた光に弾けようとする。


それも
瑞月は目に入らないように
海斗を見詰める。



ただ二人見つめ合うその時を
崩れ落ちる塔も
惜しむかのようにゆらりと
最後の揺れに身を震わせた。




瑞月が
白装束を引いて
すっくと立ち上がる。



月はある。
降り注ぐ光と
沸き上がる光に月はある。


見下ろす眸に
力が満ちる。




「瑞月!
 ぼくは瑞月!」

凛と
その声は響いた。

己の名を告げるべき相手を
ひたと見詰めて告げる名乗り。





「瑞月!
 飛べ!!」

海斗は叫んだ。



たたらを踏むように
まだ宙にある足を泳がせて
秦の手が伸びる。



そして、
瑞月は飛んだ。


ひらひらと
その腕に白き布を棚引かせ
月光の光流れ落ちる中を
瑞月が舞い降りる。





翡翠に凝った輪が
ふわりと
その姿を包んだ。




画像はお借りしました。
ありがとうございます。



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