幻想・海斗 曙光6 告解 | すずき古書店

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綴る思いを店先に並べております。

大好きなアスリートに導かれ
こうして書いて参りました。
変わらず書いてまいります。


テーマ:
この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。





佐賀の趣味は
特に良くも悪くもない。
自身の服に黒が多いのはそれが楽だからだ。
シャツは白だ。
これが一番手に入りやすい。




瑞月は
白のハーフパンツに
濃紺のTシャツを着て
むっすりと現れ
ダイニングのテーブルに着いた。



佐賀は自身が選んだそれを
目の端に確かめて
鍋に向かった。


自然に振る舞う。
それは佐賀には容易い。
感情を表に出すことが苦手なことが
瑞月と向き合うには幸いしていた。



まだ着せていない中から
ただ選んだ。
数が少ない。
白ばかりだ。
自然にこうなる。



もっと違う色もないだろうか。
佐賀は思った。


似合わないわけではない。
いや似合う。
白い肌が濃紺に映えて透き通るようだ。

ただ
やや寂しい。
明るい色を着せてやりたい。
そう思い付いてしまったのだ。


そんな場合ではない。
瑞月はむすっとしている。
食事をさせられるかも覚束ないときに
ピンクならとか黄色ならとか
考えている場合ではない。
だが、
明日も何か着せなければならない。
数が足りなかった。


「午後、
 何か着替えを買いに出よう。
 夏だ。
 練習が始まれば
 すぐにも足りなくなる。」


佐賀は午後の予定を
そう決めた。
瑞月の機嫌に一喜一憂するくせに
佐賀はこういうことは迷わない。


瑞月は
むっすりとしたままだ。



もちろん
その沈黙に
佐賀は胸が痛む。



が、



予定変更は考えない。
着替えが足りなくなると思い付いた瞬間、
それは瑞月を守る業務に格上げされている。





鍋にはぐらぐらと湯が沸き
パスタは
パスタはフライパンにバターを溶かし
ホタテとブロッコリーを放り込み
味付けをする。


鍋からパスタを上げ
湯を切ると
フライパンに入れて
火力を強くし
手早く混ぜ合わせる。



皿に盛り
瑞月にはジュースを添えて
テーブルに置いた。




「いただきます」

すっかり無口になった瑞月は
それでも
挨拶を口にした。
フォークも手にしている。


佐賀の胸は痛みを増すが
それとは別に
ほっとすることもある。


少なくとも
嫌ってくれている。
完全に存在がないのとは違う。
リンクで瑞月を囲む不特定多数の人間に接するための基本はできた。
人は見えている。



佐賀は
自分の皿に向かう。
不味くはない。
レシピは完璧にこなしている。
当然だ。


 面白味はないな
 ……旨くはないかもしれない


瑞月の様子を窺う。


とろとろと動くフォーク
ちまちまと巻き取られる麺
そして、
機嫌が悪化すると口の開きは小さくなる。




佐賀はそれを知った。


大きく開けば汚れないというものでもないが、
ぽっちりと開けた口に
ほんの数本のパスタがちゅるちゅると上がっていく。
唇は濡れる。


佐賀の手が動いた。



子育ての経験はもちろんない。
かつ、
自身が育てられた記憶が
佐賀には著しく不足している。
さらに、
守ることは身に付いた習性だ。
とどめに、
瑞月は保護を必要とする特徴をこれでもかというほど備えている。


佐賀の手は動いた。



びくん!
瑞月が身を引き、
ティッシュをもった佐賀の手が宙に止まる。


そそくさと
自身でティッシュを取り
瑞月は口に当てた。


佐賀は心中
また失敗したと胸痛めながら
顔色も変えず手を引いた。


「あの……。」

瑞月がうつ向いたまま
口を開く。



「何だ?」

佐賀が応じる。


「ぼく…………。
 急に触られると
 ドキドキします。」

瑞月はうつむいたままだ。
もちろん手は止まっている。


「気をつけよう。」

佐賀が応じる。



瑞月の手がまた動き出し
チュルチュルチュルとパスタが口に入っていく。
唇はまた濡れる。


佐賀も粛々と皿に向かう。



チュルチュルチュルは
断続的に続き
ダイニングは静かだ。



佐賀は考えた。
橘瑞月に必要なことと
自身の守るという決意を考えた。



佐賀は
瑞月のチュルチュルチュルのペースに合わせ
ゆっくりゆっくり食べながら
一つの結論に達していた。


少な目に盛り付けた瑞月のパスタが
ようやく最後のチュルチュルチュルを終えた。
小さな手が急いでティッシュを取り
口を拭いている。


佐賀は
瑞月がコクコクとジュースを飲むのを待ち
静かに口を開いた。



「瑞月、
 俺は側にいる。
 お前には
 まだ誰かが側にいることが必要だ。
 だが…………俺が苦手なら
 誰か…………。」

「違います!」

佐賀が思い切って切り出した言葉に
瑞月の叫ぶような声が返った。



ふーふーと
肩が上がり
怒った仔猫が毛を逆立てている。
眸はキラキラと不穏な輝きを湛えて
佐賀を睨み付ける。


「……苦手かと思った。」

「苦手です!」

継いだ言葉は
また叩き返された。



佐賀は静かに瑞月を見つめた。
ここで目に揺らぎが出ないのは、
瑞月を驚かせない気遣いでもあり、
佐賀の習性でもある。


佐賀は自身の悲しみを封じることに
慣れきっていた。
それは
幼い頃から守るべきものを守ってきた狼の習性だった。


瑞月は
その佐賀の眸に
かっと燃え上がった。

「苦手です!
 だって
 佐賀さん
 なんでも分かってるみたいなのに
 鈍感なんだもの!!」

声は
クレッシェンドしていく。



「……すまない。」

狼は殊勝に応じる。
これだけ失敗するのだから鈍感なのだ。
それはズキズキ疼く胸に刻み付けられた。
もちろん顔には出ない。



ぶちギレた仔猫は、
ゆったりと構えたように見える大きな狼に向かって
威嚇の態勢だ。
見えない尻尾がブンブン振り立てられる。


きっ
睨む目が
危ないまでに美しい。


「でも
 佐賀さんじゃなきゃ嫌!
 他の人なんて
 絶対嫌です!!」


いやです

いやです

いやです

…………。



ダイニングからリビングまで
そのエコーが響き
余韻を残した。



「俺でいいのか?」

「佐賀さんは嫌なんですか!?」


静かに返す言葉は
今度こそ悲鳴に近い言葉に返された。

言ってしまってから
瑞月は小さな口を両手で覆い
怯えたように佐賀を見つめる。



佐賀は
その怯えはわかった。
胸は杭を打ち込まれたかと思うほどに
疼いた。




見つめる眸の奥が熱くなった。
瑞月の眸が
大きく見開かれた。


佐賀は
涙が流れるに任せ
口を開いた。


「嫌だと思うか?

    俺は
    瑞月を守る。
    守りたいと願っている。

    側にいられるなら
    嬉しい。
    俺は嬉しい。」


佐賀は
それだけを言い切った。
そして、
立ち上がる。



「2時になるな。
    出るのは2時半でいいか?」

佐賀は時計を確認し、
瑞月に伝えると
浴室に向かおうと動き出した。


涙は予定になかったが、
洗濯と自身のシャワーは予定にあった。
動かねばならなかった。


目を真っ直ぐに前へ向けるのは
久しぶりな感じがした。
胸に触れる手に
佐賀は止まる。


視線は落とさず
佐賀は
静かに待つ。


「佐賀さん!
 ぼくを見て」

胸の辺りから
甘く可愛い声がする。


佐賀は
ゆっくりと見下ろした。
最後の涙が
頬を流れ落ちるのを感じる。


小さな手が
ティッシュを握りしめ
小さな顔が
一生懸命佐賀の頬の辺りを見つめ
華奢な体が
精一杯背伸びしていた。


佐賀の肩に左手をかけ、
瑞月は佐賀の涙を拭き取った。



「佐賀さん、
 ぼくを好きですか?」

胸に両手を置かれ
見上げられて
佐賀は逃げ場がない。


 俺だって
 触れられると
 ドキドキする……。

佐賀は心中呟く。



「わからない。」

それは
本当だった。
好きかどうかなど考えてもいなかった。

それを即答するのが佐賀だ。



「嫌いですか?」

瑞月は微かに声を震わせたが、
その眸は揺らがなかった。
佐賀を見つめている。


「まさか!」

その問いにかぶるように
佐賀は打ち消した。


胸に置かれた小さな手が握りしめられる。



「じゃあ……。」

瑞月の声が明るむ。
佐賀を見上げる眸は情を湛えて潤んだ。


佐賀は
腹に力が籠るのを感じた。
言わねばならぬと思った。


「何より大切だ。
 大切に思っている。
 ……ほっとした。
 望んでくれて嬉しい。」


瑞月の両手から力が抜け
拳は開かれた。


佐賀は
そっと瑞月の手を取って離した。
時計を確認する態で視線を上げる。
さっき見たばかりの時計は
仕方ないなとカチッと長針を動かした。



「出るのは2時半だ。
 支度はいらない。
 待っていろ。」


佐賀は
急いで部屋を出た。
脱いだものを洗濯機に入れ
シャワーを浴び
支度しなければならない。


頬を流れ落ちるものは
その間に
何とかなるだろう。





瑞月の小さな手が
まだ頬にあるようだった。
その声は甘かった。

狼はシャワーへと急ぐ。
胸は疼く。
眸の奥は熱をもつ。



幸せで
あまりに幸せで
狼はそこにいたたまれなかった。


イメージ画はwithニャンコさんに
描いていただきました。



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