幻想・海斗 ガーディアン6 | すずき古書店

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情報にはうとく、
綴る思いを店先に並べております。

大好きなアスリートに導かれ
こうして書いて参りました。
変わらず書いてまいります。


テーマ:
この小説は純粋な創作です。
実在の人物・団体に関係はありません。




「……夜も雑炊ですか?」


最後の一匙を食べさせると、
深皿とスプーンはトレーに戻され、
佐賀はすっと身を引いていく。


少年の背は
手早く重ねられた枕に柔らかく沈められ
佐賀はもうベッドサイドに立ち
食器を乗せたトレーを手にしている。



少年は
佐賀の背に
小さく話しかけた。


佐賀は
トレーをもって振り返る。


「いや。
 だが、
 ベッドで食べられるものだ。
 スプーン一本で済ませる。


 何がいい?」


〝何がいい?〟の前には
少々の間が空いた。


佐賀は、
何かを決める際に
相手の考えを尋ねることに
慣れていなかった。


仕事のことは
調整の問題だ。
意見を聞くというより
佐賀にとっては
情報収集だ。
〝意見〟を求めているわけではない。

決めるのは佐賀だった。





そして、
プライベートは真逆だ。

〝狼さん
 こっち来て!

 ほら座って
 手を出すのよ〟

相手の為すままにする。
明るい未来を夢見た束の間を
佐賀は
そうして
過ごしていた。


さらに遡れば、
まだ十代となったばかりの佐賀は
誰を頼るでもなく
すべてを己の判断で決めることをしていた。

それは
守るためには必要なことだったから。
子どもが守るには重すぎるものだったが、
それが重いこととすら知らず、
佐賀は守り抜いていた。

今は
誰も何も守るものはなかったが、
佐賀に手を差し伸べようなどと思い付く者もいない。

佐賀は
誰かと相談などしない。
せずに過ごすのが日常だった。


つまり、


〝誰かと共にある〟
そのことにおいて
佐賀には経験が不足していた。




少年を見返す眸は
揺らがない。

少年は
枕に包まれて
ますます人形めいた姿で
わずかに眉を寄せる。


あまりに華奢なためだろうか。


深刻な問題でも考えるような
真面目な表情が
新聞を鹿爪らしく広げる幼児のようで
佐賀はまた胸がズキズキするのに
辟易する。




「…………オムライス。」

少年には、
実際のところ重大事のようだ。
スプーンで食べる
自分の食べられそうなメニューが
ようやく告げられるまで、
佐賀は数分を待った。



「わかった。」

短く応え、
佐賀は背を向ける。
いつまでも見ていられるものではない。


が、


その背では、
悩ましいまでに愛らしい表情が
また
なにやら深刻な問題に揺れる。






「佐賀さん……。」

トレーを手に
部屋を出ようとする佐賀に
少々切羽詰まった声が
かけられた。


佐賀は
静かに振り向く。



少年は、
枕から
ゴソゴソと身を起こし、
足を床に下ろしていた。



「あの……もう起きられます。」


少年は
そう告げた。




「立ってみろ」


佐賀は
またトレーを小卓に戻し、
少年から目を逸らしたまま
少年に応じる。



パジャマから覗く素足は
抜けるように白い。
4ヶ月の入院生活が少年を
どこまでも透き通った白に染め抜いてしまったのだろうか。


その足元に目を当てながら
佐賀は微かにそう思った。



少年は
無防備に立ち上がり、
そして崩れた。



いや
その膝が崩れると同時に
その体は
ふわりと抱き止められた。







少年は
また
狼の腕の中にいた。
今度は
抱き締められている。


頬はぴったりと
その胸に押し付けられていた。
目の前には
開いた胸元からその胸が見える。


 綺麗…………。


隆起する胸板は
盾を思わせる。

戦うために彫り上げられた人の体は
しんと静まる危険な美に
少年を圧倒した。


少年は
その胸に魅せられたように見入る。



その胸が
緩やかに波打ち
低い声が
直に少年の体に響く。



「動悸が激しい。
 まだ薬が抜けていないんだ。
 急に止めることもできないと医者は言った。
 明日まではベッドから出さない。」


心地よかった。


 なんて強い腕
 綺麗……綺麗な人
 でも…………。



はっと
少年は顔を上げる。
頬に血が上る。


忘れかけていた重大事が
より深刻に甦った。



「でも……」

言えなかった。
今やその欲求は身に迫って緊急性があったが、
それを口にすることが、
ひどく難しい。


少年は戸惑っていた。
それは事務的な言葉で済んできたものだからだ。


その前は…………。

〝あのね
 ぼく
 行きたいの〟

そうして
抱っこされる。
その安堵は遠く蜃気楼の彼方だ。



胸の動悸が
一段と増していく。


見上げる精悍な顔が
自分を見下ろしていることが
ますます頬を上気させていく。




「運ぶ」

え?
思ったときは、
もう足は床を離れ
少年は佐賀の腕の中にいた。




「入り口までだ。
 歩かせない。
 それだけだ。」


そして、
佐賀は歩き出す。



〝さあ
 行くよ

 瑞月は軽いから
 何でもない。〟


優しい声が
微かに聞こえてくるが
胸は高鳴るばかりだ。



「気にしないでくれ。

 今は必要だ。
 我慢してくれ。」


佐賀は
少年の固くなった体をほぐそうと
心を砕く。


一日は
少なくとも
ベッドに置くつもりの佐賀だった。




イメージ画はwithニャンコさんに
描いていただきました。



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