今朝、あることから私流の体幹トレーニングに近い考え方のメソッドが見つかった。それはピラティスというもの。


まだ先ほど知ったばかりで勉強不足だが、ストレッチともヨガとも少し近く、筋トレとは全く違うアプローチのもので、呼吸法などもあるようだが、概念としては私が独自に掘り下げてきたものに酷似している。


今晩帰宅してから動画などがっつり研究するつもりだが、これまでの孤独感から解放されそうな兆し。


情報を提供してくれた人もトライしているみたいなので情報交換などもできるとアプローチが深まりそう。


私自身はヨガは凄く合理的だとは感じていたが、ポーズを学ぶことに疑問を感じていた。太極拳も同じ。身体の状態はそれぞれに違うので、個々に合った方法を自身で深めていくのが最良だと思うので、私個人 は型から入るのが煩わしかった。


ピラティスもやってみると私の考えとの距離が生まれるかもしれないが、ヨガや太極拳よりは自身の身体との対話を重視してそうで、その辺りから学べそう。


仮に距離が出だしてもそれ自体が悪いわけで無く、違いを理解できることも学びになる。


とりあえずは新たな興味の的が現れた。当分はこれで楽しめそう。

先日従兄弟が一人亡くなった。葬儀を終えた後に連絡があった。もう数年間会っていなかったが、病気とは無縁と思われるような人だったのに、兄弟にも病を隠していたみたい。


 60才を越えたあたり。


儚い。


でも人生はそんなものだろう。病気も災害もいつ訪れるかわからない。思い残さずに毎日を送るしかない。


私は思い残すことはないだろうか?ずっと心の奥にしまっていたものが、ずっと開けずにいると誓った扉を開けずにいて良いのか?改めて心に問い返す。


暫くはこんな毎日が続くのだろう。この扉に向き合わせてくれた従兄弟の死。しっかり噛みしめないと。

震災報道をみていると心が熱くなることがある。瓦礫の下から幾つもの命が救われ、全国から多くの励ましの言葉と物資。一方でやはり準備が不十分と思える無念さも。


私自身が十分な準備ができきれていると言える自信はないが、それでも私なりに日々準備をしている。皆さんの参考になればとの思いで述べてみる。


私自身は準備には3種類あり、物、体、心がそれでないかと考えている。


一般的に災害への備えと言えば備蓄。水、食料、懐中電灯など。これは先の物の準備にあたる。私の場合はキャンプ道具がそれにあたる。可能ならテント、シュラフなどと共に避難所に行くつもり。


次に体の準備。災害時にはまず自身で 身の安全の確保が必要。そして場合によっては遠くまで物資調達に赴く必要もある。こんな時に最も頼りになるのが自身の体。特に 足の強さは必須。普段はスポーツを通して健康を培うことがいざという時の役に立つ。病気にもなりにくいし平常時も損はしない。


そして最後が心の準備。どんな時も折れない心が必要。これは普段のスポーツや極寒でのキャンプでの経験や、自転車でのツーリングなどの経験も活きてくる。


また、復旧までは様々なストレスに晒されるだろうが、そう言う意味では避難所を経験しておくのも 良策に思える。台風接近時など避難所が開設されることがあるが、さほど心配ない状況でも避難所を経験しておくと本当に困った際の支えになるだろう。心の準備は経験値がものを言う。余裕のあるときこそ経験しておくべきでないだろうか。


行政レベルでも様々な体験型の催しがある。私の近隣で 自衛隊信太山駐屯所でもサバイバルが体験できるイベントもあるそうだ。体験してみようと思っている。


夏は仕事柄水難救助の講習も受けている。 資格者のレベルにほど遠いが未経験者にできないことが多くある。


今月はAEDの講習会にも参加する。水面監視でも何度か経験しているが、今回は一層深く学ぼうと思っている。


しかし、どこまでやっても十分とは言えない。 すればするほど痛感する。


今回の地震を教訓に一歩深く準備を見直して見てはいかがでしょう?