昭和20年(1945年)1月22日 | 沖縄二高女看護隊 チーコの青春

沖縄二高女看護隊 チーコの青春

沖縄戦で犠牲になった沖縄県立第二高等女学校(白梅の塔)の生徒の物語です。


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昭和20年のお正月はB29の襲来で始まりました。被害はありませんでしたが、空襲警報が何度も鳴って、元旦を祝う事もできませんでした。

2日は何事もなくて安心していたら、3日、4日と敵機が襲撃して来て、飛行場と港が爆撃されました。近いうちに大きな空襲があるに違いないと疎開する人たちが増えました。

1月21日の日曜日、私は友達と一緒に大里村まで黒砂糖の買出しに出かけました。お昼頃、空襲警報が鳴って、私たちは南風原にできた陸軍病院の防空壕に避難しました。その日も飛行場と港が爆撃を受けました。

そして、次の日です。朝早くから空襲警報が鳴り響いて、敵機が襲撃して来ました。私は父と一緒に城岳(ぐすくだけ)の下にある県庁の防空壕に逃げました。

その日の空襲はしつこく、日が暮れるまで一日中続いて、敵は8回もやって来ました。十・十空襲の時に無事だった家々もやられてしまい、那覇の街は再び、メチャメチャになってしまいました。


昭和20年1月の出来事

1月1日、米誌『タイム』、日本製風船爆弾が太平洋を越えてモンタナ州に落下したと報じる。
1月3日、米艦載機、台湾・奄美・宮古・八重山・沖縄本島を攻撃する。
1月5日、米艦隊、小笠原および硫黄島を砲撃する。
1月7日、第32軍、士気昂揚大会を開催する。
1月9日、米軍、ルソン島に上陸する。
1月10日、第9師団、沖縄からの移動を終え第10方面軍の戦闘序列に編入される。
1月10日、第32軍司令部、安里の蚕種試験場から首里の沖縄男子師範学校付属国民学校に移転する。
1月12日、島田叡大阪府内政部長、沖縄県知事に任命される(泉知事は香川県へ転出)。
1月13日、東海地方に大地震(三河地震。死者1961人、全半壊17000戸)。
1月16日、宮古島駐留の第28師団の新師団長として納見敏郎中将が台湾から着任する。
1月18日、最高戦争指導会議、《今後採るべき戦争指導大綱》を決定する(本土決戦即応態勢の確立など)
1月20日、閣議、《沖縄県防衛強化実施要綱》を決定する。
1月21日、米機動部隊、台湾と南西諸島を襲撃する。
1月21日、米艦載機56機、宮古島を空襲し船舶・陸上施設に損害を与える。
1月22日、米艦載機延約900機、奄美・宮古・八重山・沖縄本島を攻撃する。
1月22日、大本営、第32軍に対し第84師団の編入を電報で内報する。
1月22日、空襲で女師・一高女の図書館・寮・校舎の一部が破壊され、生徒4名が生き埋めになる。
1月23日、大本営、海上輸送の危険と本土兵力の不足を理由に第84師団の沖縄派遣を中止する。
1月23日、女師・一高女、寄宿舎足りず、離島を除き、下級生は帰郷させ、通学可能の上級生は家から通わせる。
1月25日、最高戦争指導会議、《決戦非常措置要綱》を決定する(軍需生産の増強、生産防衛体制を強化)
1月25日、首里高女は石部隊(第62師団)の野戦病院に配属される事となり、学校で軍の教育を受ける。
1月26日、第32軍司令官、沖縄本島の配置変更を配下部隊に通達する。
1月26日、軍・公務要務者以外、京浜地区通過・着の乗車券発売を禁止。
1月27日、大本営、南方軍の任務を変更する(本土決戦が第一義、南方軍の作戦は第二義となる)。
1月27日、県庁の各部課を城岳および与儀周辺に分散移転する。
1月27日、野口雨情(62)没。
1月27日、B29、70機都心を爆撃。本土空襲本格化する。
1月31日、沖縄県の新知事島田叡が着任する。
1月31日、第32軍、第2次現地防衛招集を実施する(満17歳から45歳までの男子)。


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