昭和19年(1944年)3月 | 沖縄二高女看護隊 チーコの青春

沖縄二高女看護隊 チーコの青春

沖縄戦で犠牲になった沖縄県立第二高等女学校(白梅の塔)の生徒の物語です。


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昭和19年の3月の下旬だったと思います。

沖縄を守るために、沖縄守備軍(第32軍)が新設されて、司令官の渡辺中将様と参謀長の北川少将様が沖縄に赴任していらっしゃいました。

私たちブラスバンド部は那覇港まで行って、歓迎の演奏をしました。もしかしたら、小禄飛行場だったかもしれませんが、よく憶えていません。兵隊さんが来る度に、歓迎の演奏をしていました。その時が最初だったように思います。

4月に新学期が始まって、私は四年生になりました。新学期から制服の胸に住所、氏名、年齢、学校名、血液型を書いた名札を付けるようになりました。スカートは特別の日だけで、普段はモンペをはかなければなりません。防空ずきんと救急袋も常に持っていなければならなくなりました。


昭和19年前半の出来事

1月1日、沖縄県農業会が発足し、農業面の統制が強化される。
1月8日、閣議、《緊急学徒勤労動員方策要綱》を決定する。
1月13日、女師・一高女、心身鍛練のため17里行軍を実施。
1月14日、ソ連軍、レニングラード戦線で大攻勢を開始する。20日、独軍から解放。
1月18日、閣議、《緊急国民勤労動員方策要綱》を決定する。
1月24日、スイカ、メロンなど不急作物の作付け禁止。
1月26日、東京・名古屋に防空法による疎開命令(指定区域の建物の強制取り壊し)。各都市も続く。
1月27日、リベリア、日本に宣戦を布告する。
1月29日、『中央公論』『改造』などの編集者検挙(横浜事件)
1月、   八重山諸島の石垣島で郷土防衛のため第227特設警備隊(三木隊)、第226隊(又吉隊)が招集、編成される。
1月、   大本営、絶対国防圏を強化するため南西諸島および台湾の防備態勢を一段と強化することを決め、陸軍部第2(作戦)課長服部卓四郎大佐が神直道少佐に南西諸島の防衛について研究を命じる。
1月、   女教員総蹶起運動展開される。
2月1日、米軍、マーシャル群島に上陸。
2月4日、文部省、大学・高等専門学校の《軍事教育強化方針》を発表する(学徒に航空訓練・機甲訓練・軍事学・兵器学・軍事医学を教習させる)。
2月4日、米機動部隊、千島列島のパラムシロ島を砲撃する。
2月6日、マーシャル群島のクエゼリンとルオット両島の日本軍守備隊約6800人が玉砕する。
2月9日、文部省、《中等学校教育内容の戦時措置》を決定する(芸能科目を廃止して工作を課すほか高等女学校の実業科目を正課とする)。
2月10日、俳優座結成(青山杉作、千田是也他)。
2月16日、大本営陸軍部、《北東及び中部太平洋方面統帥組織及び兵備に関する件》を上奉する(第31軍の新設など北東方面と中部太平洋方面の兵備増強をはかる)。
2月16日、《国民学校令等戦時特例》が公布され、就学義務が満12歳まで引き下げられる。
2月17日、ミッチャー少将指揮下の米第58機動部隊、日本連合艦隊の太平洋における最大の基地トラック島を攻撃し無力化させる(日本軍は艦船43隻と航空機270機を失う)。
2月17日、青年学校教員養成所が廃止され、青年師範学校が設立される。
      文部省は軍人・官吏等を無試験で国民学校や中等学校の教員とし、徴兵による教員の不足を補う。
2月19日、大本営の陸海軍両統帥部、作戦指導の合同研究を行い、日本本土・南西諸島および台湾方面の防衛の緊急強化を決定する。
      東条内閣が改造され、蔵相に石渡荘太郎、農商相に内田信也が就任する。
2月21日、参謀総長の杉山元大将と軍令部総長の永野修身大将が辞任し、統帥と国務の統一をはかるとし て総理兼陸相の東条英機大将が参謀総長、海相の嶋田繁太郎が軍令部総長を兼任する。
2月23日、『毎日新聞』の「竹槍では間に合わぬ、飛行機だ」の記事に東条首相が激怒し、新聞差し押さえ、執筆記者の懲罰招集をめぐり陸・海軍当局が衝突する。
2月25日、政府、《決戦非常措置要綱》を決定する(高級料亭追放、劇場閉鎖など)。
      文部省、食糧増産に500万人の学徒動員を決定する。
      米潜水艦、沖大東島を砲撃する。
2月、   沖縄県県庁職員家族の本土引き揚げが始まる。
      昭和19年度国民貯蓄目標は360億円に決定され、沖縄県の目標割当は3500万円と発表される。
3月3日、国民学校学童給食、食糧増産への空地利用、疎開促進の3要綱発表。
3月4日、宝塚歌劇団休演、ファン整理対策に警官抜刀。
3月6日、全国の新聞の夕刊が廃止される。
3月7日、閣議、学徒勤労動員の通年実施を決定する。
3月8日、日本軍、インパール作戦開始。
3月9日、陸大教官八原博通大佐が南西諸島守備軍として新設予定の第32軍の参謀要員に任じられ、創設準備作業を始める。
3月15日、大本営陸軍部は南西諸島および台湾方面の防衛強化のため杉田一次大佐を班長とする現地偵察班を派遣する(同行者は椙山一郎中佐(通信)、神直道少佐(航空)、三岡健次郎少佐(船舶)、斎藤春義少佐(編成)などのほか、第32軍参謀長予定の北川潔水少将と作戦参謀予定の八原博通大佐)。
3月20日、沖縄家政女学校を積徳女学校と改称する。
3月22日、大本営直轄の第32軍(沖縄守備軍)が新設される。
      女師・一高女の校舎の3分の1が兵舎となる。
      大本営、第32軍および台湾軍の作戦準備の準拠として《10号作戦準備要綱》の参謀総長指示を発する。
3月24日、大本営、第85兵站警備隊を第32軍に編入し大東島の防衛強化を指示する(人員は将官2人、将校准仕官46人、下士官96人、兵163人、高等文官1人、判任文官16人、工員16人の計340人)。
3月27日、第32軍司令部、福岡市立第一高等女学校で編成を完了する。
3月29日、第32軍司令官渡辺正夫中将、参謀長北川潔水少将らと沖縄に赴任する。
3月29日、中学生の勤労動員大綱決定。
3月31日、連合艦隊指令長官古賀峯一大将はパラオからフィリピンのダバオに飛行中行方不明となる(4月5日、殉職発表)。
3月31日、松竹少女歌劇団解散、松竹芸能部女子挺身隊結成。
4月1日、沖縄県警察官・県庁職員から陸海軍の司政官に転出する者が多くなる。
      制服の胸に住所、氏名、血液型を書いた名札をつけ、もんぺと防空頭巾が義務づけられ、救急カバンを常時携帯となる。『四大節』だけはスカート着用と決まる。
4月1日、国鉄の一等車・寝台車等を撤廃。100キロ以上の旅行は警察の許可制に。
4月4日、閣議、国内警備警察を強化するため、13道府県に《非常警備隊設置》を決定する。
4月8日、ソ連に独ソ和平斡旋を申し入れ(12日、ソ連拒否)。
4月9日、第32軍司令部の残余兵員150人、那覇に到着する。
4月10日、佐世保鎮守府指令長官の要請で第4海上護衛隊と沖縄方面根拠地隊が編成される(沖縄方面根拠地隊司令官は第4海上護衛隊司令官新葉亭造海軍少将月兼務)。
4月12日、渡辺第32軍司令官、第19航空地区司令官青柳時香中佐に沖縄本島と伊江島の航空基地設定を、また第205飛行場大隊長には宮古島の航空基地設定を命じる。
      警視庁、《決戦非常措置令》に基づき興行刷新要綱を発令する(少女歌劇、ショーなど不許可になる)。
4月18日、沖大東島、米潜水艦の砲撃を受ける。
4月23日、渡辺第32軍司令官、軍司令部付松原大尉に石垣島に航空基地の設定を命じる。
4月24日、第85兵站警備隊、大東島に上陸する(途中、米潜水艦の攻撃を受け、隊長横田熊次郎中佐の乗船が沈没し、隊長以下18人が戦死)。
4月28日、中里介山(60)没。
4月、    海軍軍令部、頽勢挽回の決定兵器として9種類の特攻兵器の使用を海軍艦船本部等に提案する(それにより人間魚雷《回天》と合板製滑走艇《震洋》が実現)。
4月、   雑炊食堂開設。
5月1日、海軍大将豊田副武、連合艦隊指令長官に就任する。
5月2日、陸海軍両統帥部の御前研究が行われる。陸海軍両統帥部、南西諸島・台湾・伊豆諸島方面作戦に関する陸海軍中央協定を指示する。
5月3日、独立混成第44旅団(沖縄本島)・第45旅団(宮古・八重山)などが第32軍に編入される。
      陸軍病院を編成する。
      沖縄本島で南・東・中飛行場のほか伊江島飛行場・宮古西飛行場の建設が始まる(各飛行場の労務者は連日2000~3000人に及び老若男女の別なく小学生に至るまで徴用)。
5月5日、国民酒場開設。
5月8日、宮古島へ第205飛行場大隊が駐留し、陸軍飛行場の建設が始まる。
5月10日、第32軍、大本営直轄を離れ、皇土防衛軍(西部軍)に編入される(10号作戦準備)。
5月16日、西部軍司令官下村定中将、第32軍司令部をはじめ沖縄本島・伊江島・宮古島などを巡視する。
5月18~24日、米機動部隊、ウェーキ島・南鳥島・千島を攻撃する。
5月20日、宮古・八重山の先島守備隊長に独立混成第45旅団長宮崎武之少将が任じられる。
      渡辺第32軍司令官、独立混成21連隊長に徳之島の基地設定と防衛を命じ、宮崎少将に宮古島および石垣島の基地設定を命じる。
5月24日、防衛総司令官東久邇宮稔大将、沖縄本島第32軍司令部を視察する。
5月、   宮古島で陸軍の中・西飛行場の建設が始まる。
      西部軍司令官下村定中将、初の巡視のため宮古島を訪れる。
5月、   中学生・女学生ら陣地構築に駆り出され授業停止する。
6月4日、英米軍、ローマに入城。
6月6日、連合軍、ノルマンジーに上陸する。
6月10日、第8飛行師団、台湾軍の指揮下に編入される。
6月10日、大日本言論報国会総決起大会開催、ヒトラーへの激励電報を打つ。
6月11日、米機動部隊、マリアナ諸島に来襲し、日本軍のマリアナ地区基地航空部隊は甚大な被害を受ける。
6月15日、連合艦隊指令長官、《あ》号作戦を発動する。南西諸島全域に警戒警備報が発令される。
      独立混成第21連隊主力、徳之島に駐留する。
      渡辺第32軍司令官、第4海上護衛隊司令官及び沖縄方面根拠地隊司令官と《南西諸島作戦に関する現地協定》を結ぶ。
6月15日、米軍、サイパン島に上陸。日本軍3万人玉砕、住民1万人死亡。
6月16日、中国基地の米機B29、初めて九州に来襲する。
6月19日、日本海軍、マリアナ沖海戦で空母と航空機の大半を失い、米機動部隊が西太平洋の制海空権を握る。
6月22日、宮崎独立混成第45旅団長、宮古島に着任、旅団の駐留が始まる。
6月23日、北海道で昭和新山出現。
6月24日、第25飛行団長福沢丈夫中佐、沖縄本島北(読谷)飛行場に着任する。
6月25日、第32軍司令部、防衛軍総司令部に対し沖縄本島への軍備力結集の必要性を強調・要請するがが失敗する。
6月26日、第32軍、第9師団等を配下に編入する。
6月27日、米軍、グアム島へ艦砲射撃を行う。
6月29日、独立混成第44・第45旅団などの兵員を乗せた富山丸月沖縄へ向かう途中、徳之島東方海上で米潜水艦に撃沈され、約4600人の将兵中の3700~4000人が行方不明となる。
6月30日、第32軍、第28師団を配下に編入し宮古島へ配置を決める。
6月30日、閣議、国民学校初等科児童の集団疎開を決定する。
6月、   八重山の各町村で非戦闘員(老若男女)の台湾疎開を開始する。
       第128野戦飛行場設定隊(山田隊)、陸軍白保飛行場設営のため八重山に駐留する。


一番美しく 五人の突撃隊 遊撃戦 第1巻 史上最大の作戦 ザ・大菩薩峠


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