第三部   11.米須海岸 | 沖縄二高女看護隊 チーコの青春

沖縄二高女看護隊 チーコの青春

沖縄戦で犠牲になった沖縄県立第二高等女学校(白梅の塔)の生徒の物語です。


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 どこを向いても死体だらけで、どこを歩いても死臭がひどかった。

 お墓にいた人たちと一緒に米須(コメス)部落に着いた千恵子たちだったが、そこにも休める場所はなかった。

 家々はすべて破壊されて、どこも死人の山だった。

 生き残っている人々は部落を東西に貫く大通りに群れをなして動いていた。

 東から西へ向かう者たちもいれば、西から東へと向かう者たちもいる。

 皆、魂の抜け殻みたいに無表情で黙々と歩いていた。

 上空を飛び回っているグラマンは獲物(エモノ)を見つけた鷹(タカ)のように、低空飛行で避難民をめがけて突っ込んで来ては機銃を撃っていた。

 人々は悲鳴を上げながら逃げ散るが、何人かはやられてバタバタと倒れた。

 砲弾もあちこちから飛んで来ては炸裂した。

 人々は土煙と一緒にバラバラになって吹き飛んだ。

 大通りまで来ると今井兵長は、「約束だ。ここで別れる」と言い、小野上等兵、寺内一等兵を連れて、人込みの中に消えてしまった。

 あまりに突然の事だったので、千恵子たちは何も言えず、呆然として三人が消えて行くのを見ていた。

 兵隊たちがいなくなると、お墓から付いて来た人たちも、こんな所にいては危険だと思い思いの所へ散って行った。

「あたしたちも行くわよ」とトヨ子が言って、千恵子たちは人込みを抜けて、向こう側に出た。

 向こう側も家々は皆、破壊されていた。

 辛うじて残っている石垣を見つけ、そこに隠れて、今後の相談をした。

「あの人たちと一緒に動いたら危険よ」と初江が大通りを見ながら言った。

「そうね。狙い撃ちされるわ」と千恵子も同意した。

「今井兵長さんたちはどこに行ったのかしら」と朋美が言った。

「摩文仁(マブニ)を抜けて行くって相談してたわよ」と鈴代が言った。

「摩文仁は敵の攻撃が物凄いけど、そこを突破すれば、何とか国頭まで行けるだろうって言ってたわ」

「あたしたちが足手まといになるんで、三人だけで行ったのね」とトミが言った。

「きっと、初めから、そのつもりだったのよ」と由美が言った。

「あたしたちは真壁までの道案内に過ぎなかったのよ」

「過ぎた事は忘れましょ。これからどうするかよ」と初江が、どうするのという顔してトヨ子を見た。

「あたしたちも摩文仁を突破しましょ」とトヨ子は言った。

「もう戻れないし、先に進むしかないわ」

 皆もうなづいた。

 大通り以外にも摩文仁に向かう細い道があるに違いないと千恵子たちは部落内を通って南へと歩いた。

 まともな家は一軒もなく、死体があちこちに転がっている。

 ほとんどが民間人だった。

 この部落の住民たちはきっと避難壕に隠れているので、遠くから逃げて来た人たちに違いない。

 もしかしたら、自分たちの家族も道端で人知れずに死んでいるのではないかと不安にかられた。

 海が見えた。

 沖の方に敵の軍艦がずらりと並んで、絶え間なく艦砲を撃っていた。

 突然、トンボが飛んで来て、千恵子たちの頭上で旋回した。

「危ない!」と叫びながら、千恵子たちは近くの物陰に隠れた。

「キャー」と美代子が悲鳴を上げた。

 慌てて、身を伏せた所に死体があったらしい。

 近くに艦砲弾が次々に落ちて炸裂した。

 千恵子たちは悲鳴を上げながら逃げ惑った。

 まるで、艦砲弾が後を追いかけて来るようだった。

 土煙と硝煙で回りは何も見えなくなった。

 身を伏せては進み、伏せては進みで、どこに向かっているのか、まったくわからない。

 ただ、落伍者が出ないように、絶えず、人数を確認しながら逃げ回った。

 艦砲弾が落ちて来なくなったと安心する間もなく、今度はグラマンが襲って来た。

 低空で近づいて来たので、千恵子たちはパッと散って身を伏せた。

 畑の中で機銃を避ける物陰はなく、千恵子はやられる事を覚悟した。

 どうせなら、一思いに殺してほしい。

 足を怪我して置いて行かれるのも、おなかを怪我して苦しむのもいやだった。

 飛行機の爆音が近づいて来た。

 風を感じたが機銃の音が聞こえなかった。

 もしや、爆弾を落とすつもりかと千恵子は恐る恐る顔を上げた。

 すぐ側をグラマンが飛び過ぎて行った。

 操縦士の顔もはっきりと見えた。

 操縦士は笑いながら手を振っていた。

 一瞬、友軍機だったのかと思ったが、紛れもない敵機で、翼に星のマークが付いていた。

 千恵子はホッと溜め息をつくとその場に座り込んだ。

「死ぬかと思った」と初江がやって来た。

「今の何だったの」と悦子も来た。

「弾がなくなったんで、あたしたちをからかって行ったの」

「きっとそうだわ」とトヨ子も来た。

「あたしたちをからかったのよ。まったく腹が立つわね」

「また来たわよ」と朋美が叫んだ。

「あそこよ」とトヨ子が前方に見えるガジュマルを指さした。

 皆、一目さんに走り出した。

 ガジュマルの木陰には膨れた死体がいくつもあって死臭が激しく、いつまでもいられる場所ではなかった。

 敵機が飛び去るとすぐにその場を離れた。

 北の方からも砲弾が飛んで来た。

 真壁辺りから大砲を撃っているのかもしれない。

 炸裂する砲弾の中を逃げ惑い、いつの間にか部落の中に入っていた。

 米須に戻って来てしまったのかと思った。

 岩陰に壕を見つけたので近寄ってみると壕の入口に三人の死体が重なって倒れていた。

 狭い壕内には年寄りや子供がうずくまっていて、入り込む余地はなかった。

「ここはどこ」と朋美が聞いた。

「大渡(オオド)」と年寄りが答えた。

 大渡は米須の隣の部落だった。

 さらに東に行けば摩文仁だった。

 千恵子たちはその場を離れて、隠れられる場所を捜した。

 朝早くから、ずっと地獄の中をさまよい歩き、もうくたくただった。

 どこかで休まなければ倒れてしまう。

 しかし、休める場所はどこにもなかった。

 大通りに出ると避難民たちの行列はまだ続いていた。

 道にはいくつも死体が転がっていて、それを避けながら人々は歩いている。

 至近弾が落ちても、敵機の機銃に襲われても、もう身を伏せる力もないのか、恐怖心もなくなってしまったのか、ただ黙々と歩き続けていた。

 まるで、死の行進のようだ。

 千恵子たちは回れ右をして、大通りから離れた。

 東に見える摩文仁の丘は敵の猛攻を浴びていた。

 樹木は吹き飛び、あちこちに剥き出しになった白い岩が顔を出していた。

 燃えている樹木もあるらしく、所々に黒い煙が上がっていた。

 あんな所を生きて通り抜けられるのだろうかと不安になった。

 海からは艦砲、空からは機銃、陸からは迫撃砲(ハクゲキホウ)に追われながらさまよい歩き、夕方近くになって、やっと身を隠せる岩陰を見つけた。

 蛆がわいている腐った死体が二つあったので、みんなで棒を使って艦砲の穴の中に落とした。

 決して安全とは言えないが、もう逃げ回る力はどこにも残っていなかった。

 運を天に任せるしかないと、千恵子たちは身を縮めて岩陰に隠れた。

 喉が渇いていたけど、水筒の中の水は空っぽだった。

 大渡部落で井戸を捜して、水を入れてくればよかったと後悔した。

 敵の攻撃が激しすぎ、そこまで考える余裕なんて全然なかった。

 日が暮れると敵の攻撃がやんで静かになった。

 虫の鳴き声を聞きながら、疲れ切っていた千恵子たちは眠ってしまった。

 誰かの騒ぐ声で目を覚ますと、大雨が降っていて、モンペはびっしょりに濡れていた。

 照明弾が上がり、艦砲も撃ち上げられていたが、この辺りには落ちていなかった。

 千恵子たちは雨の中に出て、口の中を潤(ウルオ)し、顔を洗った。

「水筒に雨水を溜めた方がいいわ」と初江が言った。

 皆、賛成して、からの水筒を空に向けて差し出したが、口の小さい水筒に雨水はなかなか溜まらなかった。

「飯盒(ハンゴウ)に溜めるのよ」とトヨ子が言った。

「そうよ」と皆、飯盒を出して外に並べた。

 服が濡れてしまったけど、もう着替えはなかった。

 濡れたまま岩陰に隠れ、飯盒に溜まる雨水を見ていたら、また眠くなって来た。

 次に目を覚ましたら、夜が白々と明け始め、目の前に見知らぬ兵隊さんが一人立っていた。

 雨はやんでいて飯盒の中には雨水がいっぱい溜まっていた。

「君たち、摩文仁はどっちだか知らないか」と兵隊さんが聞いて来た。

 初江が首を振って、トヨ子を起こした。

 千恵子は岩陰から出て、回りを見回した。

 朝靄(モヤ)に煙っていて遠くまで見えなかった。

 大渡部落が見えれば、今いる場所がわかるのだが、逃げ回っているうちにかなり離れてしまったのかもしれない。

 どこにいるのかわからなかった。

 トヨ子も出て来て回りを見回したが、やはりわからないようだった。

 多分、こっちだろうと教え、水筒に雨水を詰めて、千恵子たちも一緒に行く事にした。

 球部隊の若い軍曹で頼りになりそうだった。

 畑の中の細い道を行くと部落が見えて来た。

 夜明け前の部落はシーンと静まり返り、雨に濡れて泥まみれの死体が散乱していた。

 生きている人間はもう誰もいなくなってしまったかのようだった。

 途中で二人連れの兵隊と出会った。

 その兵隊たちは摩文仁の方から逃げて来たという。

 摩文仁の先の具志頭(グシチャン)はもう敵に占領されている。

 摩文仁を突破したとしてもそれ以上は進めないと言った。

 千恵子たちは愕然となった。

 西にも敵は侵入して来ていると千恵子たちは言ったが、二人の兵隊はとにかく行ってみると西へ向かって行った。

「俺は本隊に戻って死ぬつもりだ。君たちは何としても生き残るんだぞ」

 そう言い残して、軍曹は摩文仁の方へと向かって行った。

 朝靄が流れて、辺りが明るくなって来た。

 敵の攻撃はまだ始まらず、不思議と静かだった。

 東に行っても具志頭は敵に占領されている。

 西に戻っても糸洲と波平(ハンジャ)には敵がいる。

 北に行っても真壁に敵がいる。

 もう逃げる場所は南しかなかった。

 でも、南には海があるだけで、海には敵の軍艦がずらりと囲んでいた。

「ねえ、あたしたち、どこに行くの」と悦子が気の抜けたような顔して言った。

「ねえ、海沿いに摩文仁を抜けられないかしら」と聡子が言った。

「海には軍艦がいるのよ」と朋美が言った。

「でも、軍艦は沖の方でしょ。軍艦は海辺まで近づいては来られないわ」

「軍艦には上陸用の小さな舟が付いてるんじゃないの。危険だわよ」と鈴代が言った。

「どこにいても危険よ」と千恵子は言った。

「安全な所なんて、もうどこにもないわ」

「とにかく、海の方に行ってみましょうよ」と初江が言った。

「どこかに隠れる所があるかもしれないわ」

「いつまでも、こんな所にいられないし、行くわよ」とトヨ子が言って、みんなで南へと向かった。

 空はすっかり明るくなっていた。

 敵の攻撃が始まる前に隠れる場所を捜そうと足を速めた。

 畑の中を抜けて行くと砂浜に出た。

 沖の方に敵の軍艦が静かに並んでいた。

 曇っているので海は輝いていなかったが、やはり、海を見るのは気持ちよかった。

 砂浜には人影はなく、波打ち際に死体が三つ、波に洗われていた。

 海を見ながら千恵子は思い切り深呼吸をした。

「わーい」と叫びながらトミと由美が波打ち際に走って行った。

 朋美と初江も後を追った。

 千恵子はトヨ子と顔を見合わせて笑うと波打ち際まで走った。

 キャーキャー言いながら、千恵子たちは水を掛け合ったりして遊んだ。

 西の方から突然、トンボが現れた。

 悲鳴を上げながら砂浜を駈け上がり、近くにあるアダンの葉陰に隠れた。

 トンボは攻撃する事なく、摩文仁の方に飛んで行った。

 無事だったのでホッとしたが、慌ててアダンの下に隠れたので、葉に付いているトゲであちこちをすりむいてしまった。

「いつまでもこんな所にいられないわよ」とトヨ子が言った。

 千恵子は時計を見た。

 もうすぐ六時だった。

 敵の攻撃が始まる時間だった。

 東の方を見ると絶壁が海に突き出ているのが見えた。

 あの絶壁の上が摩文仁の丘に違いない。

 海沿いに行くと言っても、あの絶壁の下を通れるのだろうかと心配になった。

「あそこに行くしかないわ」と朋美が言って、東の方を指さした。

 絶壁の手前に松林が見えた。

「みんな、走るわよ」とトヨ子が言って飛び出して行った。

「あたし、走れないわ」と美代子が行ったが、トヨ子と初江はすでに行ってしまった。

「大丈夫よ。頑張りましょ」と朋美が美代子の肩を支えた。

 由美が美代子の荷物を持った。

「いくわよ」と千恵子たちは美代子の足に合わせて走った。

 トヨ子と初江が立ち止まって待っていた。

 松林に行く途中に手頃な岩陰が見つかった。

 美代子の足が痛そうなので、そこで休む事にした。

 中は思ったよりも広く、誰もいないし、全員が隠れる事ができた。

 ただ、難点は海から丸見えだという事だった。

 朋美と由美に美代子の足の治療を頼み、他の者たちは入口を隠すために枝葉を集めた。

 やがて、敵の軍艦が艦砲を撃ち始めた。

 摩文仁の丘が集中的に狙われていた。

 完璧(カンペキ)ではないが、軍艦からは見えないだろうと千恵子たちは岩陰に隠れた。

 一安心したら急におなかが減って来た。

「ねえ、ご飯、炊きましょうよ」とトヨ子が言った。

「えっ、まだ、お米があったの」と朋美が聞いた。

 千恵子もお米なんて持っていなかった。

「留美のをもらって来たのよ」とトヨ子はリュックから靴下に入った玄米を出した。

「凄い」と皆、喜んだ。

 見た所、四合位ありそうだった。

 四合あれば、おにぎりが一つづつ食べられる。

 さっそく、飯盒の中に入れて、交替で棒切れで突っついて精米した。

 雨がザアーと降って来た。

 隠れ場所が見つかってよかったねとみんなで喜び合った。

 二十分位で雨はやみ、からりと晴れ渡った。

 海がキラキラと輝いて、急に暑くなって来た。

 敵の軍艦は絶えず艦砲を撃ち上げていたが、この砂浜には落ちて来なかった。

 敵機が時々、上空を通って北の方に飛んで行った。

「ねえ、どこでご飯を炊くの」とお米を突きながら悦子が聞いた。

「ここで炊いたら、煙が出て、敵に気づかれるわ」

「夜になるまで危険だわ」と初江が言った。

 初江の言う通りだけど、夜まで我慢できそうもなかった。

「アダンの中で炊いたらどう」と鈴代が言った。

 この岩陰の後ろはアダンの林になっていた。

 あの中で炊いても煙は立ち昇ってしまうだろう。

 トンボに見つかって、艦砲が飛んで来たら、こんな岩陰は一溜まりもなかった。

「乾パンで我慢しましょ」とご飯は諦めた。

 その乾パンも残り少なかった。

 ほんの少しを食べ、水も少し飲んで、枝葉の透き間から見える海を眺めながら、ぼんやりとした。

 岩がゴツゴツしていて体中が痛かった。

 目の前の砂浜の上で体を伸ばして寝たら、どんなに気持ちいいだろうと思った。

「小百合はどうしてるかしら」と悦子が言った。

「小百合が羨ましいわ」と初江が言った。

「こんな恐ろしい思いをして逃げ回るなら、自然壕の中にいた方が安全よ」

「でも、あそこも敵に馬乗りされたかもしれないわよ」と朋美が言った。

 千恵子たちがいた壕にも敵は近づいて来た。

 今頃、小百合のいる壕も敵に見つかって、馬乗りされたかもしれなかった。

 入口から爆弾を投げ込まれたかもしれなかった。

「小百合は大丈夫よ」と悦子は言っていた。

 千恵子もそう思っているけど、何も言わなかった。

 小百合も心配だが、姉の事が心配だった。

 ユタのおばあさんが姉に見えたのは、本当に姉が死んでしまった証拠なのだろうか。

 波平の井戸端であった姉の姿を思い出しながら、姉が生きている事を必死に祈った。

 ブーンという飛行機の音で千恵子は目を覚ました。

 砂浜に赤い紙切れがいっぱい落ちていた。

 敵がまたビラを撒いて行ったらしい。

 何人かが目を覚まして、ビラを見ていたが何も言わずに目を閉じた。

 千恵子も目を閉じた。

 体中が疲れていて、物を言うのも億劫(オックウ)だった。

 しばらくして、またブーンという音で目を覚ました。

 今度は飛行機ではなく、目の前の海を敵の小型艇がゆっくり走っていた。

 千恵子は自分の目を疑い、目をこすってから、もう一度見直した。

 現実だった。

 千恵子は寝ている者たちをそっと起こした。

「動いたら駄目よ」とトヨ子が小声で言った。

 小型艇は海上に止まって、砂浜を見ているようだった。

 もしかしたら、上陸するつもりなのかと冷や冷やしながら見守った。

 船の上にいるアメリカ兵が双眼鏡でこっちの方を見ていた。

 千恵子たちは少しづつ体をずらして奥の方へと移動した。

 見つかったら大砲を撃ちこまれて全滅だった。

 やがて、小型艇は東の方に動き出した。

 早く行ってしまえと思いながら、千恵子たちは息を殺していた。

 突然、海の方から言葉が聞こえて来た。

 紛れもない日本語だった。

「ヒナンミンハ、ミナトガワホウメンヘユキナサイ。ミナトガワニイケバ、ミズモショクリョウモアリマス」

「嘘よ。殺されるに決まってるわ」と初江が言った。

「そうよ。港川に集めて皆殺しにするのよ」とトミも言った。

 敵が上陸するのではなさそうなので、千恵子はホッとして首の汗を拭いた。

「あんな嘘にだまされる人がいると思ってるのかしら」と悦子が言った。

「いるわけないわよ」と千恵子は言った。

 小型艇のスピーカーからは何度も投降を呼び掛けていた。

「ハヤクデテコイ。オヨゲルモノハオヨイデコイ」とも言っていた。

「ヒルハアルイテモイイガ、ヨルハアルクナ」とも言っていた。

 呼び掛けの間に、音楽が流れる事もあった。

 小型艇は摩文仁の方へ行ったり来たりしながら、日が暮れるまで放送を続けていた。

 その間にも艦砲射撃は続いていたが、日本軍の陣地に集中しているようで、この砂浜には落ちて来なかった。

 小型艇が引き上げると同時に、千恵子たちは砂浜に落ちているビラを広い集めた。

 ビラには投降の仕方が書いてあった。

 ろくに読みもしないで、岩陰の中でそれを燃やしてご飯を炊いた。

 照明弾も時々、上がり、艦砲射撃も続いたが、昨夜よりは激しくなかった。

 おにぎりを食べて、腹ごしらえを済ますと千恵子たちは岩陰を後にした。

 明日には敵がこの砂浜から上陸して来るかもしれなかった。

 海沿いに摩文仁を越えようと東へ向かった。

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