第三部   6.空襲 | 沖縄二高女看護隊 チーコの青春

沖縄二高女看護隊 チーコの青春

沖縄戦で犠牲になった沖縄県立第二高等女学校(白梅の塔)の生徒の物語です。


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 一日置いて行った波平部落には負傷兵や避難民がかなり増えていた。

 千恵子たちは民家を回って負傷者の治療をして回った。

 傷口から蛆虫のわいている患者は消毒してやれば何とかなるが、破傷風やガス壊疽(エソ)を起こしている患者はどうする事もできないのが歯痒(ハガユ)かった。

 痛み止めも化膿止めの薬もなく、苦しんでいる人を助ける事ができないのが辛かった。

 人々を助けるんだと張り切って来たものの自分たちの無力さを思い知るばかりだった。

 途中で、上原婦長たちと一緒の浩子おばさんと出会った。

 浩子おばさんたちも負傷兵の治療を続けていた。

 浩子おばさんに、何もできない自分が情けないと言うと、

「仕方ないのよ。やるだけの事をやるしかないの。それとね、そんな顔して治療をしてちゃ駄目よ。たとえ薬はなくても、生きる勇気を与えるのも仕事のうちなのよ」と言って笑った。

 千恵子は負傷兵を治療している上原婦長を見た。

 優しさに溢れる笑顔で患者さんに接していた。

 その患者さんは両足がなかった。

 あの泥道を両手でここまで逃げて来たに違いなかった。

 傷だらけの手を治療してもらって、嬉しそうにお礼を言っていた。

「わかりました。頑張ります」と言って、千恵子は皆の後を追った。

「チーちゃん、衛生材料がなくなったら、第一外科にいらっしゃい。本部から持って来たから、いっぱいあるわ」

「ありがとう」

 千恵子は浩子おばさんに言われた事と上原婦長の様子を皆に話した。

 皆もよくわかってくれた。

「やれるだけの事を精一杯やるしかないさあ」とトヨ子が言った。

「天使の微笑(ホホエ)みを忘れずにね」と聡子が言った。

「うまい事、言うじゃない」と悦子が言って聡子の肩をたたいた。

「でも、天使の微笑みってどんな笑顔なの」

「天使の微笑みっていえば、あれよ、マリア様の微笑みじゃないの」と聡子が答えると、

「きっとミルク(弥勒菩薩)の微笑みよ」と初江が言った。

「ちょっと違うんじゃないの」と千恵子は首をかしげた。

「それじゃあ、シーサーの微笑みかな」と考えながら初江が言ったら、皆、吹き出して笑った。

 シーサー(魔よけの獅子像)の中にはとぼけた顔して笑っているのもいるけど、あんな顔で治療したら患者さんも腹を抱えて笑ってしまうだろう。

「初江ったら、もう笑わせないでよ」トヨ子は涙を溜めながら笑っていた。

 皆、笑顔に戻って治療を再開した。

 ある民家に行ったら、不思議な事に誰もいなかった。

「ここには兵隊さんたちがいたんじゃなかったかしら」と小百合が言った。

「そうよ。あたしたちをスパイだって言った海軍さんたちがいたのよ」とトヨ子が言った。

「あれは海軍さんだったの」と千恵子は聞いた。

「そうよ。帽子に錨(イカリ)が付いていたもの」

 海軍さんが陸に上がって何をしてたんだろうと千恵子は不思議に思った。

「夜のうちに移動したのかしら」と言いながら家の中に上がってみると、色々な物が散らかっていた。

「凄い。宝の山じゃない」と言って初江が転がっている水筒を拾った。

 千恵子も足元に落ちている水筒を素早く拾った。

 水筒が手に入ったのは嬉しかった。

 小百合とトヨ子は飯盒を手に入れて喜んでいた。

 悦子は脚絆(キャハン)を拾って、「これ、何かの役に立つかしら」と聞いた。

「何かの役に立つわよ」と初江が言いながら油紙に包まれた物を拾い、中を見て、「これ、包帯よ」と嬉しそうに言った。

「ねえ、みんな、来て」と聡子が部屋の隅にある箱を覗きながら言った。

「乾パンがいっぱいあるわよ」

 みんなが聡子の側に集まった。大きなブリキの箱の中に乾パンが詰まっていた。

「凄い。これで当分、朝御飯には困らないわね」と千恵子は言った。

 八重瀬岳で支給された乾パンも毎朝一袋づつ食べていたので、皆、あと一袋しか持っていなかった。

「おなかをすかした避難民たちにも配れるわ」と小百合は言った。

「そうだわ。避難民たちにもね」と千恵子も同意した。

「ねえ、みんな来て、凄いわよ」と初江が裏の部屋から呼んだ。

 行って見ると部屋中に手榴弾(テリュウダン)が転がっていて、毛布も何枚か散らかり、初江は雑嚢(ザツノウ)の中を見ていた。

「凄い。ねえ、これも回収するの」と聡子が手榴弾を手に取った。

「危ないからやめなさいよ」と小百合が言った。

「そうよね。これはいらないわ」と聡子はそっと手榴弾を床に置いた。

「危ないわ」と言いながら悦子が手榴弾を拾っては部屋の隅の方に集めた。

「これ、モルヒネじゃないの」と初江がアンプルに入った薬を見ていた。

 千恵子にはよくわからなかった。

 手術室勤務だったトヨ子と初江があれこれ言っていて、結局、モルヒネではなくてブドウ糖だという事になった。

 モルヒネだったら痛み止めとして使えたのに残念だったが、千恵子の下痢が治ったように、使い方によってはブドウ糖も立派な薬として使えるだろう。

 回収した物があまりにも多いので、一旦、小屋に帰ろうという事になった。

 乾パンをブリキの箱ごと持って行こうとしたけど重かったので、各自が救急袋の中に入れられるだけ入れて、残りは、そこにあった毛布でくるんでトヨ子と小百合がかついで持って行った。

 初江はブドウ糖の入った雑嚢を肩から掛け、千恵子は水筒二つを肩から掛け、包帯の入った紙包みを抱えた。

 悦子と聡子は毛布を抱えた。

 みんなが大喜びするだろうと期待して小屋に帰ったのに、小屋には誰もいなかった。

 留守番も置かないで、荷物を盗まれたらどうするのよと文句を言っていたら、裏の方から鈴代と留美が顔を出した。

 サツマイモを抱えた二人は、「あら、もう帰って来たの」と言った後、部屋の中にある物を見て驚いた。

 千恵子たちは鈴代たちに説明した後、「みんなは井戸に行ったの」と聞いた。

「高橋伍長さんたちと一緒に山に行ってるのよ」と留美が言った。

「あたしたちの陣地を作るんですって」

「へえ、そうなんだ」とトヨ子が言った。

 陣地作りと聞いて、千恵子はガジャンビラを思い出した。

 朋美たちは高橋伍長たちと一緒に穴を掘ったり、土運びをしているのだろうか。

 あたしたちも頑張らなくちゃと治療に戻った。

 民家の裏の家庭壕に避難している住民の怪我を治療している時、突然、近くで爆弾が炸裂した。

 空を見上げると敵機が低空で飛んでいた。

 ダダダダダと機銃の音も聞こえて来た。

「危ない」と悦子が叫んだ。

 住民の防空壕は狭く、潜り込む余裕はなかった。

 千恵子たちは石垣の陰に身を寄せた。

「早くして」と小百合が包帯を巻いているトヨ子に言いながら石垣の陰に身を隠した。

 敵機は次々に爆弾を落としていた。

 いよいよ、平和だった波平にも敵は迫って来た。

「終わったわ」とトヨ子が言って千恵子たちの方に駈け寄った。

 石垣の陰に隠れながら、どうしようかと大声で相談した。

 あの小屋に戻っても危険だった。

 陣地を作っているという岩山に行くには畑の中を通って行かなければならないので狙い撃ちにされる危険があった。

「向こうの方がいいかも」と初江が隅の方を指さした。

 千恵子たちは石垣の角に移動して身をすくめた。

 上から落ちて来る爆弾は防げないが、二方向から飛んで来る爆弾の破片は防ぐ事ができた。

 敵機はすぐにどこかに行ってしまうだろうと思っていたのに、長い十分が経っても爆撃は続いていた。

 いつまでも、こんな所にはいられなかった。

 近くの民家にも爆弾は次々に落ちて来た。

 地面が揺れ、黒い煙と土煙が舞い上がり、硝煙(ショウエン)の臭いが鼻をつき、人々の悲鳴も聞こえて来た。

 どこからか砂が勢いよく飛んで来て千恵子たちを襲った。キャーと聡子が悲鳴を上げた。

「破片じゃないわよね」とおろおろしながら立ち上がった。

「危ないじゃない」と小百合が聡子を座らせた。

 土煙で何も見えなくなってしまった。

 あたしたちもここで死ぬのかしらと救急袋を頭の上に乗せ、千恵子は震えていた。

 土煙が治まった後、民家の裏に積んである薪(タキギ)の束が目に入った。

「あれを回りに積みましょ」と千恵子は言った。

 皆、千恵子に同意して、行動に移すのは早かった。

 あっと言う間に、六人の回りは石垣と薪の束の囲まれた。

 至近弾が落ちれば仕方がないが、破片だけは防げそうだった。

 皆、ようやく人心地(ヒトゴコチ)がついて、ホッとした。

「チーコのおばさんたち大丈夫かしら」と初江が心配した。

「大丈夫よ」と千恵子は言った。

 そう願うよりほかなかった。

「あの小屋は大丈夫かしら」と悦子が言った。

 誰も何も言わなかった。

 あんな小屋は簡単に吹き飛ばされてしまうに違いない。

 せっかく集めた食料なども一瞬の内に消えてしまうに違いなかった。

 恐怖に包まれた時間がどれ位経っただろう。

 辺りが急に静かになった。

「今よ。早く、出ましょう」とトヨ子が言った。

「どこ行くの」と初江が聞いた。

「あの岩山しかないわよ」と小百合が言った。

「駄目よ。危ないわ。ここにいた方がいいんじゃない」と聡子が言った。

「途中で空襲にあったら隠れる所はもうないわよ」と悦子も言った。

「何となく、いやな予感がするのよ」とトヨ子が言った。

 千恵子もいやな予感がしていた。

「行こう」と千恵子は言った。

 聡子と悦子もうなづいた。

 トヨ子が薪の束をどかして、外に出た。

 皆も後に従った。

 身を屈めながら道に出た。

 破壊された民家から煙が立ち昇り、吹き飛ばされた死体がいくつか転がっていた。

 上空を見上げながら石垣に沿って北へと進んだ。

 何とか、部落の外れまで来た。

 畑の中の小屋はまだ残っていた。

 小屋の東の方にある岩山までは約百メートル。

 途中にサトウキビ畑があった。

 上空には敵機の姿はなかった。

「あそこまで走るわよ」とトヨ子がサトウキビ畑を指さしながら言った。

「ちょっと待って」と初江が言った。

「小屋の中に誰かがいるわ」

「鈴代と留美かしら」と悦子が言った。

「二人だけじゃないわ」と小百合が言った。

 確かに、四、五人いるように見えた。

「行ってみましょう」と皆で小屋を目指した。

 小屋の中にいたのは高橋伍長と西村上等兵、朋美、トミ、留美だった。

「おう、みんな無事だったか」と高橋伍長が嬉しそうに言った。

「空襲がやんだんで荷物を取りに来たんだ。ここはもう危ない。山に移動する」

 千恵子たちも荷物を背負った。

「凄い収穫だな」と西村上等兵が乾パンを抱えながら笑った。

「これだけあれば、当分、籠城(ロウジョウ)できる」

「忘れ物はないな。引き上げるぞ」と高橋伍長が言って、一人づつサトウキビ畑へと走った。

 サトウキビ畑を抜けて、次々に岩山へと向かった。

 千恵子が岩山へ走っている時、飛行機が飛んで来る音が聞こえて来た。

 撃たないでと祈りながら、そのまま走り続けた。

 無事にたどり着いて、岩山の木陰に隠れながら振り返ると、初江と聡子が畑の中に身を伏せていた。

 千恵子は空を見た。

 敵機が四機、波平の南の方から糸洲の方に飛んでいた。

「大丈夫よ」と千恵子は叫んだ。

 初江と聡子は空を見上げてから走って来た。

 高橋伍長と西村上等兵も二人の後から走って来た。

 ドカーンと爆発音が響き渡り、再び、空襲が始まった。

 千恵子たちは樹木の生い茂っている山へと登った。

 中腹辺りに岩穴があって、先に来た者たちが隠れていた。

「ちょっと狭いがここしかないんだ」と高橋伍長が言った。

 幅は四メートル程で奥行きは一メートル位しかなかった。

 それでも樹木が生い茂っているので、上空から見えないだろうと思い、安心した。

 樹木の透き間から波平部落が見えた。

 爆撃にやられ、あちこちから黒い煙が立ち昇っていた。 

 敵機が次々にやって来て、飛び回りながら民家に爆弾を落としていた。

 千恵子たちは岩陰に身を寄せて、じっとしていた。

 皆、リュックを足元に置いて足を守り、折り曲げた膝に顔を伏せて押し黙っていた。

 毛布を敷いてもお尻の下の岩がゴツゴツしていて座り心地が悪く、じっとしているのが辛かった。

 どうにも我慢できなくなって、千恵子はリュックをお尻の下に敷いた。

 すると、皆も同じ思いだったらしく真似をした。

「空襲がやんだら、民家から古畳でも持って来た方がよさそうだな」と高橋伍長が言った。

 十分位の静かな時を何度か挟み、空襲は午後一時過ぎまで続いた。

 およそ三時間の空襲だったが、半日以上も続いたように感じられた。

 岩穴から少し上に登って行くと眺めのいい場所に出た。

 緑に囲まれていた波平の部落は一瞬の内に廃墟のようになってしまった。

 樹木も民家も吹き飛ばされ、燃えている家もあった。

 糸洲部落もあちこちで煙が上がっていた。

 さらに、その向こうには何事もなかったかのように青々とした静かな海が見えた。

 沖には驚く程の敵の軍艦が当たり前の事のように並んで、絶え間なく艦砲を撃っていた。

「みんな、村に行くわよ」と岩陰の方でトヨ子が呼んだ。

 炊事班は水汲みと夕食の支度をし、治療班は高橋伍長と西村上等兵と一緒に波平部落に降りて行った。

 ひどい有り様だった。

 石垣は崩れ、その下に血だらけの人が埋まっていた。

 道路には飛び散った手足が落ちていて、破壊された民家の中は血だらけだった。

 硝煙の臭いと血の臭いが立ち込め、正視できない悲惨な地獄絵が目の前にあった。

 今朝、足の治療をしてやった女の子が首をもがれて死んでいた。

 側にいた母親は下半身しかなく、おばあさんのおなかからは内蔵がすべて飛び出していた。

 一緒にいた別の二家族も皆、悲惨な死に様で亡くなっていた。

 赤ん坊を連れていた母親は赤ん坊に覆いかぶさるようにして亡くなっている。

 赤ん坊は血だらけで、母親は片腕がもげ、顔も半分なくなっていた。

 まだ若く綺麗な顔をしていた母親だった。

 爆風で吹き飛ばされたのか裸同然の姿だった。

 千恵子たちは恐ろしさで動く事もできず、呆然と立ち尽くしていた。

 こういう悲惨な光景は以前も見た事はある。

 でも、それは兵隊たちだった。

 戦闘員ではない一般の人々、しかも、女の人や子供たちのあまりにも惨(ムゴ)い死に方を見て、千恵子たちは恐ろしさに震えた。

 どうして、女子供がこんなひどい目に会わなくてはならないのか、敵への憎しみが今まで以上に湧き上がって来た。

「しっかりしろ」と西村上等兵が怒鳴った。

「君たちは看護婦なんだろ」

 千恵子たちはうなづいて、家の中に上がった。

 一人一人確認したが、生きている者はいなかった。

 隣の民家もひどかったが生存者がいた。

 できるだけの治療をして、次へと回った。

 被害を受けていない民家もあり、あちこちから逃げて来た人たちが集まって、皆、気の抜けたような顔して思い思いの場所に座り込んでいた。

 浩子おばさんたちも師範女子の生徒たちを連れて治療して回っていた。

 お互いに無事だった事を喜び、ひどいわね、頑張りましょと言って別れた。

 怪我人よりも死亡者の方が圧倒的に多かった。

 せっかく生き残って治療をしてやっても先の事はわからなかった。

 このまま民家にいたら、またやられてしまう。

 でも、避難する壕はどこにもない。

 可哀想だけど、どうしようもなかった。

 千恵子たちが隠れていた石垣は粉々になっていた。

 あの後、誰かが隠れたとみえて、血だらけになり、あちこちに人間の肉が飛び散っていた。

「アキサミヨー」と聡子が叫んだ。

 あのまま、ここにいたら、千恵子たちが吹き飛んでいた。

 近くの壕にいた人たちが出て来て、「あれえ、あんたたち無事だったのか」と驚いた。

「この有り様を見て、あんたたちがやられたと思って悲しんでいたんだよ。よかったねえ」

「みんな大丈夫でしたか」と小百合が聞いた。

「防空壕にいた者たちは無事だったが、家の中はひどいもんだよ。遠くの方から避難して来て、こんな所でやられるなんて可哀想な事だ」

 千恵子たちは壊れた石垣を越えて隣の民家へと行った。

 そこもひどい有り様だった。

 避難民たちが折り重なるように死んでいた。

 全滅だと思って立ち去ろうとした時、「水を」という声が聞こえた。

 振り返ると辛うじて残っている壁の側に横になっている中年の女の人だった。

 血だらけの顔で微かに右手を動かしていた。

 体中に破片が刺さって、両足がもぎ取られていた。

 出血もひどく助かる見込みはなさそうだった。

 千恵子たちは顔を見合わせ、うなづくとトヨ子が水筒の口を開けて、女の人に近寄った。

 すでに水筒を持つ力もなく、トヨ子が水を飲ますと苦しそうに一口飲み、「ありがとう」と言って事切れた。

 千恵子たちは両手を合わせて冥福(メイフク)を祈った。

 丁度、千恵子たちの母親位の年齢だった。

 近くに二人の子供が死んでいた。

 十歳位の女の子と七歳位の男の子だった。

「写真だわ」と言って初江が女の子の手の下にある血だらけの紙切れを手に取った。

「ごめんね」と言って初江は紙切れの血を女の子のモンペで拭き取った。

 家族が揃っている写真だった。

 両親と祖母、中学生らしい男の子と女学生らしい女の子と今、ここにいる二人の子供が写っていた。

 父親は防衛隊に取られ、中学生は鉄血勤皇隊、女学生は看護婦になり、母親は下の二人の子供を連れて、ここまで逃げて来たに違いない。

 祖母の姿はここにはなく、途中ではぐれてしまったのか、死んでしまったのかもしれない。

 まるで、自分たちの家族の最期を見ているような気がした。

「もう、いやよ。耐えられない」と言って悦子はその場から逃げて行った。

「あたしも駄目」と泣きべそをかいて聡子が後を追った。

 初江は写真を女の子に返した。

 千恵子たちはもう一度、家族に両手を合わせて、その場を離れた。

 千恵子は急に首里にいたおばあちゃんの事を思い出した。

 陽子も幸子も看護婦になってしまい、たった一人きりで無事に首里から逃げられたのだろうか。

 皆、家族の事を思い、治療どころではなくなっていた。

 いつの間にか、海軍がいた空き家に来ていた。

 この家も半分以上が破壊されていたが、あの後も誰もいなかったとみえて死体はなかった。

 千恵子たちはフラフラと家に近づくと縁側に腰を下ろした。

 相変わらず、遠くの方では艦砲が炸裂していた。

 いつになったら、この戦争は終わるのだろうか。

 無敵の連合艦隊はいつ来るのだろう。

 日本軍の総攻撃はいつなんだろう。

 こんな状況に陥っても、千恵子たちは日本の勝利を疑ってはいなかった。

 表の通りに上原婦長たちが来て、家の方を見て、千恵子たちに手を振ると去って行った。

「くよくよ考えたって仕方ないさ」とトヨ子が言って立ち上がった。

「あたしたちも頑張りましょ」と千恵子もみんなを促した。

 みんなもうなづいて、「やるしかないさ」と治療を開始した。

 その日、千恵子たちは日が暮れるまで働き続け、くたくたになって岩山に帰った。

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