想起は一つの拡大していく未来という地平を背にして、一つの過去を創造する。この未来は開かれていて、それがこの過去の持つ意味のやむことのない再創造を約束する。
これに対して後悔と追憶は、恐れられたり願望されたりして、主題となる内容がだんだんと狭くなり、束縛されていく未来を背景にして、過去を生み出す。
①過去の出来事自体は過ぎ去ってしまってもその意味は変わりうる。
②私達の今下す決定はその過去を上に築き上げてるものであって、その過去を抹消したり、繰り返そうとするものではない。
③過去は、未来が拡張し続けていけるような視点を与えてくれる。
(「現象学的心理学」より)
まず、「過去」という存在は「想起(思い出すこと)」の中にしかない。過去というものそのもの、時間そのものはない。
だから、そして想起するあり方によって、希望するのか怯えるのか、によって過去のあり方が変化し、現在の「今」に影響する。
例えば、A店で買い物をしたとき、店員の対応が、自分にとってとても「嫌なものだった」と想起したとき、もし恐れの感情が強ければ、B店に行くように決断するかもしれない。
それはそれでも構わない。
けれど、A店にしか置いていない「天ぷら」がある。
A店の店員を恐れれば恐れるほど、「過去」を固定化してしまい、「天ぷら」を買いに行くことができない。それを繰り返せば、行く店自体が減ってしまう。
もう少しだけ過去を楽観的に考えることができるとする。
すると、過去は固定したものではないので、A店に行っても嫌な店員はいないかもしれない。あるいは、同じように嫌な思いをしないかもしれない。
また、A店の「嫌な店員」が居なければ、A店に入り、居ればB店に向かうという壮大なプロジェクトを考えることも出来る。
冗談はさておき、過去を固定化してしまうことは、未来を固定化してしいます。過去を養分として、未来に決断していきましょう。
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